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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第1章
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コレクター 12

 表通りに出ると、お袋は手を挙げてタクシーを止めた。すかさず乗り込むと、「まだ営業してるレンタカー屋さんご存じないですか?」と運転手さんに聞くと、親切に案内してくれた。


「ようちゃん、まだ免許取ってないものね」


「うん」


「じゃ、私が運転するからナビゲーターお願いね」


「わかってるよ」


 お袋はタクシーの後部席に沈むように座ると、コートのポケットから携帯端末を出して、さっきの不審なショートメールを眺め始めた。


「これ送ってきた人は白鷺さんという人だと思うんだけど、恵鈴を誘拐して本当はなにがしたかったのかな?」と、俺に聞いてきた。


「そんなの、知らねぇよ」


「想像してみて。あなたは百貨店の物産展のバイヤーだとしてよ。全国のまだ世に知られていない素晴らしい洋菓子店があったら、その商品を是非出店しませんかって営業に行くとするじゃない?」


 始まった。お袋のたられば物語。


 お袋は幼児相手の先生という仕事がらか、相手のレベルに合わせたたとえ話をして考えを誘導する。用意した答えのない「あなたはどう思う?」「あなたはどう考える?」「あなたはその中のどの選択肢を取る?」と、聞いてくる。お蔭でこっちは考えを整理するという習慣が鍛えられていた。そういうことを教育できるって、やっぱりお袋はすごい人なんだと思う。


「その時、断られてもすぐには諦めないでしょう? じゃあ、どうするか?」


「俺が営業マンなら、物産展に出せば販路が拡大してより多くの売り上げになる。知名度を上げて全国から注文が来るようになるきっかけ作りになる、とかなんとか言うけど」


「そうね、そうやってメリットを教えるわよね。でも、相手は品質管理に徹底しているから、一日に生産できる数は限られているので今より注文が増えるのは不可能、と断ってしまうの。でも、本当はチャンスかもしれないって半分ぐらいは考えてるのよ。


 人は大きな変化を嫌う生き物よ。急激な状況の変化で対応するのって、物凄くエネルギーを使うわ」


 そこまで言うと、お袋ははぁと大きくため息を吐いた。


「恵鈴は案外、そのストレスに強い子なのよね。野心があれば、画商の勧誘を無碍にはしないんじゃないかな。だけど、信頼関係が築ける相手かどうかを見る子だから、恵鈴の目にはどう映っていたのかしら?

 学校での話はしてた?」


「俺には余計な不安材料与えたくないみたいで、あんま教えてくれなかった。ざっくり、今日は嬉しいことがあったとか、友達ができたとか、そんな簡略化された報告しか……」


 言いながら、俺は後悔していた。近くにいるようで、別々の世界にいる今の俺達は互いの新しい環境を知る余裕もなく、家ではプライベートな時間だけを最優先していた。おかげで何も知らない。そんなことであいつを守っている気になっていた自分が酷く滑稽だ。


「…あの子、私にも同じだったわ。そう落ち込まないで」と、俺の髪を一瞬だけ撫でて、お袋は夜の東京の街を窓越しに眺め始めた。


「私は、あの子の感情の残像を拾っているんだと思う。大学では、やっぱり北海道とあまりにも違う環境にとても戸惑っていたみたい。その分、絵を描くことで自分を整えていた…。絵を描いている時は無防備になるのは、皆同じよ。心は別の世界にいるんだもの…」


 お袋はまた、ため息を吐いて言った。


「……今のところ無事でいるわ。それだけはわかる。何かあるとしても、あの子はああ見えてとても強いじゃない。パパよりもようちゃんよりも、恵鈴は物事を動かす力が強い。それが、あの子の武器よ。一番知ってるでしょ?」


 そうだ。恵鈴は怪力だ。


 あいつは否定していたが、俺はこの身で何度も体験している。


 照明をつけるとき、小さな脚立から俺がバランスを崩して落ちかけたとき、自分より身長も体重もある俺をあいつはキャッチした。王子様がお姫様にお姫様抱っこされて、そして可愛い顔して「だいじょうぶ?」ときた。あの時はマジで驚いた。


「敵は恵鈴の怪力を知らないからな。油断しているうちに恵鈴が機転を利かせて逃げ出してくれたら良いんだけど」


 午後九時を過ぎた東京も街にはまだまだ信じられない数の人々が出歩いていた。老若男女問わず、主要な駅前にもなると群衆のボリュームが半端ない。俺が生まれ育った町は人口八千人を下回り、日が暮れた途端で歩く人の数はまばらだ。同じ日本だとは信じがたい光景をぼんやりと見つめながら、今恵鈴がどんな気持ちでいるのか知りたくて、秒針が刻むリズムが加速するように感じながら手をこまねいている。


 レンタカー屋に着くと、案外客でにぎわっていた。


 お袋は免許証を提示して書類に素早くサインしていく。その横顔が一番、恵鈴に似ている気がした。


 借りた車は中型車で、最新モデルの一世代前の車種だ。燃費が良くて小回りが利く。色は白で、車内はまだうっすら新車の匂いがした。


「ようちゃん。パパに今から東京を出発するとメールしておいて」


「らじゃ!」


 ナビゲーションシステムを起動したお袋は、信州の有名な神社の名前を音声入力し目的地をセットした。その根拠がよくわからず、俺は不思議に思っていると「私には強力な水先案内人がいるのよ」と謎の説明。


 初めての信号待ちで、お袋は横断歩道の人の流れを見ながら言った。


「私、二人に言わないでいたことがあるの。先祖代々続くしがらみなんて、あなたたちには関係ないと思って黙ってたんだけど、こうなってしまったなら話すしかないわ。


 恵鈴を誘拐までして私に来いという相手に心当たりがあるとしたら、それしか思いつかない…」


 そんな意味深な出だしから始まったお袋の話は、およそ現代の常識とはかけ離れたおとぎ話の世界みたいだと思った。


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