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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第1章
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コレクター 11

「なんでお袋が謝ってるの? お袋は全然悪くないだろ?」


 俺は慌てつつも、お袋の細い体を抱きしめた。


 俺達を生み育ててくれた人、どんな時も味方でいてくれる人。そんな偉大な人が泣いてるのを見ると、色々な気持ちになる。ずっと守れていたけど、俺達はもう守られてばかりの子供じゃない年齢だと思うけど、今はこれ以上何も言い出せない。言ったら余計にお袋が思い詰めてしまう気がして…。


「うん、ありがとう。いつも優しいようちゃんに、毎度救われてきたんだよ。こうして、大きくなっても私から離れて行かないでくれて、それが何よりの救いだと思う」


「……ねぇ。お願いだから、俺でもわかるように教えてよ?」


 お袋は涙目を拭きながら、離れた。恵鈴とは違う頬骨の輪郭に、お袋の本当の年齢以上の心労を俺なりに感じた。


「そうね。どこから話せば良いのかな。でも、今は少しでも早く恵鈴を……」


 そう言いながら二の腕の服を引っ張られて、俺達はアトリエを飛び出すうに歩き出した。どこへ向かっているのか、お袋は迷いなく廊下を進んで行く。来た道とは明らかにちがう廊下だった。


「どこ行くの?」


「昔、ようちゃんが山で遭難しかけた時のこと、覚えてる?」


 それは俺が小学一年生の時だ。あの時、お袋が追いついて来てくれたから俺と友達は助かったんだ。その時もかなり不思議だった。


「覚えてるよ! 忘れるわけがない、あんな体験二度とないって思ってる」


 歩きながらお袋は俺を一瞬見てふわりと微笑んだ。


「ありがとう。私ね、なぜかわかっちゃうの。特にあなたたちは我が子だから余計に感じる。今、どんなところでどんな気持ちでいるのか、わかる気がする。その直感に従って行くと、ちゃんと間に合ってきた。今までは…」


「良くも悪くも成長して自分の判断で人生を歩き出したあなた達と、前のように繋がることはできないんだって感じてね。こんな時なのに、それが一番ショックだなって…。でも、わからなくなったとしても話をすることができれば良いだけなのよね。何も失ってなんかないんだよね…」


 お袋は寂しそうな声色で、そう言った。でも、それを言うなら俺だって。


「俺だって、小さい頃のように恵鈴を感じることができなくなっていって、すごく怖いと感じていた時期があるから、わかるよ。今みたいな時にこそ、あいつの居場所をすぐにわかることが出来れば良いのに…」


「そうだね。でも、諦めないで。私達よりもずっと恵鈴のほうが怖い思いをしている筈だわ。あの子の送って来る信号を少しでも感じられるように、余計な葛藤は要らない。今は恵鈴の気配を探すの。恵鈴を狙っていた犯人の痕跡を見つけるの。力を合わせましょう」


「おう!!」


 お袋は廊下を迷いなく進み、何枚かあるドアの前に足を止めた。


「さっき、アトリエで感じた男の人の影がこのドアの向こうに入っていくのが視えたわ。白鷺という男の人とはまた別の人…」


 お袋はそう言って、さっき俺が渡したメモを鞄から取り出してタロットカードを扱うような手つきで何かぶつぶつと唱えながら一枚ずつ目を通し始めた。


「この人。梅田原さん、彼は学生じゃない、大人みたいね。二十五歳ぐらい、やせ型で、背はようちゃんぐらい。私、なんとなくこの人の目元に見覚えがある。いいえ、はっきりと知ってると言えるぐらい、懐かしいわ。でも、心は重くなる…。よっぽどの因縁があるみたい」


 と、文字情報を見ながら言った。俺は携帯端末から呉さんが添付してくれた静止画の画像をお袋に見せると、「この人よ」と指さした。それは間違いなく、呉さんが教えてくれた梅田原という男だ。


「三回生って言ってたけど」


「……そうなの? でも、たぶん普通の学生というだけじゃないと思うわ。職員のように大学内の学生の個人情報に接触しているみたいなビジョンが視えた。


 よく考えたらね。なぜ東京駅のホームで連れ去られたの? 計画的な気がするわよね」


「…言われてみれば……」


 お袋はまるで人が変わったような冷たい表情を浮かべて、ドアを眺めていた。


 暗い廊下には最低限の電気しか灯っていないせいで、薄暗くてかなり不気味だ。創立百年を超える国立の芸術大学は雰囲気が違い過ぎる。


 俺の通う大学は校舎は近代的でかなり明るい雰囲気だけど、ここは年月が長く経ち過ぎた打ちっぱなしのコンクリート壁とか、滑り止めが半分剥がれた階段とか、醸し出されている雰囲気の重厚で濃密な独特の空間になっていて、呼吸して肺を満たす空気さえも重たい。普段使わない体力をかなり消耗されていくような感覚がして、もうすぐ俺のリミットは警報を知らせるのは目に見えている。


「ようちゃん、辛そうね。もう、行きましょうか」と、お袋は俺の腕を引っ張った。


 守衛室で丁寧にあいさつをしてから大学を出てから、すぐにお袋は親父に電話をかけた。


 やっと解放されたような安堵感に包まれつつも、恵鈴を見つけ出す手掛かりを手に入れられた気がしないまま、俺達は歩いていた。


「もしもし」と、俺のすぐ横で電話の向こうの親父と話し始めるお袋の声は、普段通りの可愛らしい声だった。でも、すぐに低い声に変わる。


「恵鈴を連れ去った人が大体わかったわ。私達はこれから信州に行かなくちゃいけない」


 驚いて俺はお袋を見た。無人の夜道を真っすぐ見つめながら、お袋は毅然としていた。


「恵鈴を待たせられないわ。明日、東京着いたらすぐに追いかけてきて。お願い。……うん、そうね。私も、愛してる、じゃ、あなたも気を付けてね」


 それだけ言って、お袋は電話を切った。

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