コレクター 10
『自分ではコントロールできないって言ってたのにな…、無理して力使ってるんじゃないだろうか? 俺が追い付くまで、悪いが夏鈴のことをお前に任せるぞ。恵鈴を見つけられるのは、夏鈴とお前にしか出来ないことだろうから』
語尾が微かに掠れていた。親父も大分、動揺しているんだ。
そりゃそうだよな。
娘が、突然消えたんだから……。
『あと、お前。いじいじと自分の責任追及してないだろうな? そんなことしてる暇あったら、恵鈴が送ってくる合図でも感じ取ってくれ。お前ら、特別な双子なんだから』
「……特別な?」
そういえば、そうだった。俺と恵鈴は、親父の先輩でほんの少しだけ特別な関係になった田丸燿平の魂の生まれ変わりだと、お袋に教えられた。夢の中で何度も「生まれ変わるなら、晴馬と夏鈴の子供になりたい」とわがまま坊主みたいに訴えられたそうで。そんな都合良い話あるかよって半分疑ってたけど、恵鈴の絵の才能は田丸燿平の生き写しのようにとても良く似ている。
天才画家と呼ばれ、二十四歳という若さで死んだ男の生まれ変わり。彼を意識すると、俺は無償に「たった一人の女と生涯愛し合う人生を送りたい」と意識してしまう。そして、その相手があろうことか血を分けた双子の妹。俺達は二人でひとつの魂だった…。
『恵鈴のことだ。きっとお前にしか感じ取れないテレパシーでも送ってるに違いない。俺にはない不思議な力で、夏鈴と協力して恵鈴を一秒でも早く見つけてやろう。恵鈴を見つけ救い出すまで、弱気なことなんか考えるなよ? いいな?』
「……わかった」
『よし。じゃ、夏鈴には手が空いたら折り返し電話くれって伝えてくれ。こっちの仕事、とりあえず片付けたから明日の朝便でそっちにいく。今夜は眠れそうにないから、いつでも電話くれって言っといて』
親父はお袋のおやすみのキスがないとうまく寝れないって、大分前に言っていたのを思い出した。
絵に描いたようにお似合いの男女、夫婦仲、それにどっちもすごい才能に溢れている。俺もそんな大人になりたい。恵鈴と二人で……。
電話を切る頃には、お袋の似顔絵はほぼ完成していた。今、丁寧に描き込んでいるのは目だ。白目と黒い瞳の部分をくっきりはっきりと塗りつぶしている。
まるで写真みたいな仕上がりに驚いた。
「お袋もこんなに絵が上手いの、知らなかった!!」
「私は平面的な絵なら結構自信あるのよね。パパや恵鈴みたいな立体的な絵は苦手なんだけど」
そう言いながら、スケッチブックをイーゼルに乗せて首を傾げながら眺めていた。
「この男の人、ずっと恵鈴を見つめていたんじゃないかな?」
「え?」
「恵鈴の才能に強い関心があることが、伝わってくる気がして……。画商みたいね。この人のアートギャラリーに連れて行かれているとか?」
名刺を引っ繰り返すと、英文のサインみたいな読みにくい文字が書いてあった。癖がかなりある字だけど、数字が並んでいる気がする。
「これ、携帯の番号じゃないか?」
「どれどれ?」と、お袋は名刺の裏をじっくりと見つめた。そして、俺の手から自分の携帯端末を取り上げておもむろに番号を押し始めた。
―――お客様がおかけになった番号は……
すぐに切って、また番号を押し直してコールボタンを押す。
―――現在、使われておりません。
また、切っては番号を押し直してコールした。
―――トゥルルルル……、トゥルルルル……、
「プツン」と、突然切断された音が響く。それからいくらかけても電源を切られているというアナウンスが流れるだけだった。
「この番号で正しいみたいね」と、私立探偵みたいな鋭い目つきになったお袋がつぶやいた。
そして、また手を金属探知機みたいにかざしながらまだ調べてない部屋の中を、さっきより早いペースで回ると、パイプ椅子を広げて腰を下ろして、描きかけの絵に向かって考え始めた。後姿だけなら、恵鈴と間違えそうなほど本当に似すぎている母娘だと改めて感じていると、お袋は何か閃いたように目を大きく開けた。
「………」
言葉にならないとでも言いたげに、小さなうめき声をあげた時。コートのポケットにしまったばかりの携帯端末のメロディーが流れた。さっきとは違う音だ。
お袋は無言でポケットから引き抜いて画面をのぞき込む。そして、ゴクンと唾を飲み下した。
ショートメールで、すべてカタカナで、名無しさんからの伝言。
【 ムスメヲカエシテホシケレバ、ハトザキノムスメ、オマエヒトリデコイ 】
「なにこれ!!」
俺が驚いて叫ぶと、お袋は眉間に深い皺を寄せて目を閉じた。
「……嗚呼、そんな。そんな、まさか……」
「お袋? どうした? …こんなことする奴に心当たりあるの?」
お袋は首をゆっくりと横に振ってから、目を開けた。
「私は知らないけど、向こうは何年も私達のことを知っている人みたい」
「恨まれてるとか?」
「……ある意味そういうことかもしれない」
そう言ったお袋は突然不安になったのか、俺の肩に手を乗せて引き寄せられた。抱きしめてくる感触も匂いも懐かしい。すぐ耳の近くで「恵鈴ごめんね、ようちゃんごめんね」と悲痛な声でつぶやいた。




