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第45話

「レイガ、このままで居るのも時間の無駄」

「そう言うなよ……」


 ハクアの言葉にレイガは疲れた様子で応える。

 衛兵に囲まれて、早10分。荒事に慣れていない詩音たちは、自分を死に至らしめることのできる武器を向けられ、緊張状態になっている。

 ここまで来ると、さすがにレイガも穏便にという訳にはいかない。これから冒険者として活動してもらうから慣れてほしいとは思うが、この世界に来てまだ数日の彼女たちにそれは酷な話だろう。


「武器を捨てろっ!」


 未だに高圧的な態度を取り、レイガたちを囲む衛兵たちの長が声を荒げる。だが、その声音には若干の戸惑いが含まれていることにレイガは気付いている。

 それでも、武器を下ろさないのであれば……レイガはあることを決断する。


「ハクア」

「なに?」

「せっかくだから力の一端を見せておこうと思うんだよね」

「いいんじゃない……」


 レイガはそう言うと、周囲に……気絶しない程度の殺気を撒き散らす。

 それは、凡そ人の出せるレベルのものではなく、龍の……絶望を体現する存在のものだ。


 気絶しない程度とは言っても、小さな殺気というものではない。

 生物の本能に、直接的に働きかけ、気絶したら死ぬと思わせることでさせないようにしているだけで、その重圧はある意味死ぬよりも恐ろしいかも知れない。


「こういうのはキャラじゃないんだけどな……武器を捨てろ」


 小さく呟いてから、レイガは威圧的に衛兵たちに告げる。

 絶対なる王のその言葉は、何者にも逆らうことはできない。それは、たとえレイガが言霊を使わなくても同じだ。


 金属音を響かせながら、剣が地面へと落ちる。


「な、なにをやってるんですか!その人達は罪人です!早く捕まえなさい!」


 受付嬢が、その様子を見て喚くが、衛兵たちは動かない。

 それはそうだ。もし、これ以上敵対行動でも取ろうものなら、自分たちは死ぬ──それも、自分が気付くことなく──と本能的に察しているのだから。


「キーキー喚くな、耳障りだ」


 静かな、それでいて冷たい声音でレイガは受付嬢を黙らせる。

 そして、グルリと周りを見渡して受付嬢の中でも最も地位の高そうな者を見つけると、このギルドの最高責任者を呼ぶように伝えた。

 このギルドの最高責任者、つまりは商業ギルド帝国本部長それ即ち商業ギルドの幹部である。







 ◇◆◇◆◇


 レイガが本部長を呼ぶように伝え、およそ5分が過ぎた。

 現在、レイガの目の前にはエルフの男が座っている。


 そのエルフの男こそが、商業ギルド帝国本部長アルベール・ラトラスである。

 209歳とエルフの中ではまだ若いほうの彼ではあるが、その商人としての才覚はかなり高く、自信に満ち溢れている。


 だが、そんな彼の表情は現在、青いを通り越して白色である。

 顔面蒼白ではなく、顔面純白とでも言えそうなほどに白い。

 それは何故か。そんなのは簡単である。


「商業ギルドは、自分が知らないからといって冒険者ギルド帝国本部長からの紹介状を持った身分のハッキリとしている人間を罪人に仕立て上げて、武器を向けるのを容認してるわけ?」


 目の前に、龍が居るからだ。

 しかも、クレーマーというわけではなく、完全な被害者。

 さらには、最近SSSランクへなった新進気鋭の新人で、さらに龍人。

 こんな関わり方は嫌だったとアルベールは叫びたかった。



「いえ、そんなことは……」

「へぇ、じゃあさっきのはなんなんだろうね?」

「あれは、あの娘の独断と言いますか……」

「帝国本部長の娘の独断ねぇ……それってさ、人によっては本部長の教育が原因って考える人も居るんじゃない?」


 レイガは、本部長室の片隅でぶーたれている受付嬢を見ながら言った。

 少し尖った耳(彼女はハーフエルフだ)に、金糸の様な髪、サファイアの様に透き通った碧眼に、エルフの特徴とでも言うべき整った顔立ち。さらには商業ギルドの帝国本部長のひとり娘。

 なるほど、整った容姿で富豪。親に媚を売る人間達から褒めそやされて来ただろうから、傲慢になるのも致し方なさそうだ。

 そうは思いはするが、途中で諌めることをしなかった本部長も悪いとレイガは結論を出す。


「『醜い女は我慢できるが高慢な女は辛抱できない』とはよく言ったものだな」


 レイガは呟いた。

 確かに、高慢な女は関わりたいとは思えない。


「言葉もありません」

「あー、もういいからさ。本題に入らせてよ。

 アナタが謝ったところで、俺達に得は無いし、そこの反省の欠片もない女から謝罪を受けるとしても時間の無駄だから」

「は、はい」

「俺達は家を探してるんだよね。

 最悪、土地だけでもいい。広さはなるべく広いほうがいいかな、使い方はいくらでもあるし。

 場所は治安が良ければどこでもいい。金額に関しても気にする必要はない」

「な、なるほど。

 その条件ですと……一ヶ所だけ該当する場所がありますが……」

「なにか問題が?」

「場所が問題でして……帝都中心街のオルレア区。富豪の集まる場所なんですが……その」


 口を濁しながらアルベールはチラリと詩音達を見る。


「なに?」

「そちらのお嬢様方に危害を加えようとするものが居ないとも限らないんです。

 危害……といっても、直接的なものではなく、何かしらの契約を無理矢理結ばせてといったものや、地位を使ってというものです」

「なるほど」

「シノミヤ様はSSSランク冒険者ですので、貴族でも余程の者しか手は出せませんが、そちらの方々は……」

「平民の冒険者。好色な馬鹿貴族からすれば良い獲物か」


 レイガはアルベールが言うまいとしていたことをオブラートに包むことなく口にする。


「ええ。

 はっきり言って皆様の美しさは異常ですので……」

「そうか……一応聞いておくけど、そこは土地だけ?」

「いえ、そういうわけではありませんが……かなり老朽化が進んでいまして」

「建てたほうがいいと」

「はい」



 その答えを聞き、レイガは少し考える。

 愚か者たちからの危害であればそれに対処する方法は幾らでもある。土地に忍び込んだらどこぞの森に放り込む、ゴーレムを土地に放つ、記憶を消すなどなど。

 家を建てるのも簡単だ。自分でできる。まあ……他に考えていることもあるが。


「じゃあ、そこ買わせてもらうかな。いくら?」

「3億5千万CRです」

「それって高い方?」

「帝都の中で言えば……高いです。

 これより上は、公爵家などの家くらいですし」

「なるほど。……宝石貨で払わないほうがいい?」

「できれば細かいほうがいいです。というより、現金で払われるので?」

「ん、ああ」


 レイガはインベントリからパンパンに膨らんだ袋を取り出し、机に置いた。

 その様子を見て、受付嬢は目を剥く。

 普通、高額な買い物というのは現金を使うことはない。それに、ローンを組んで払うのが普通だ。

 第一、3億5千万CR……日本円にして35億円もの大金を現金で持っているのがおかしい。

 一応、大富豪であるところのラトラス家でも、それだけのものを持つことは早々無い。


「ああ、それと……」


「良い建設業者を紹介してくれ」



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