091 夜遊び友達
「派手に遊んでるらしいな」
フィリップが娼館のチケットを手に入れてから3週間。今日は行き付けの酒場に顔を出し、カウンターでジュースを頼んだら、そう言いながらマッツがコップを差し出した。
「まぁね~……」
「なんか暗いな。クラブや娼館で女を独占して好きなだけ遊んでおいて、何が不満なんだよ。羨ましい。俺も誘ってくれよ。お願いします」
「心の声が漏れすぎ。奥さんこっち見てるよ?」
フィリップが左の方向を指差すと、おでこに怒りマークを浮かべている奥さんが手招きしている。マッツは恐る恐る謝りに行き、大きなタンコブを作って戻って来た。
「んで……なんか悩み事か?」
「まぁ……もう遊ぶところ無くなっちゃったの」
「はあ? なんて贅沢なこと言ってんだ」
「いや、贅沢とかじゃないし。ここ、遊ぶところが少なすぎるんだよ。病気持ちもいるって断られることも多いし。結局は、素人の子をお持ち帰りしてんだからね」
「うん。贅沢以外の何物でもないな。俺にもお裾分けしてくれ~」
「どうしたもんかな~……」
フィリップが悩んでいると、奥さんがやって来てマッツを殴って連れて行った。浮気の話をしてないで働けとのことらしい。でも、しばらくしたら痛そうにしながら戻って来た。
「遊ぶところが少ないって、どこと比べてんだ?」
「帝国の首都だよ」
「んなデカイ国と比べるなよ。てか、あんたは帝国人なのか?」
「ただのハタチの旅人だって紹介したでしょ。う~ん……そろそろ中町攻めてみるかな~」
「中町行くのか? あそこ、庶民でも入れるようになったけど、行ったことのある連れにどうだったかと聞いたら、恐ろしく高いから逃げ帰ったと言ってたぞ」
「誰に物を言ってんの。僕に値段なんて関係ナッシング!」
「カ、カッケー……アニキって呼んでいいッスか?」
「イヤだよ。連れて行ってほしいだけでしょ」
フィリップが決めセリフを言ったのに、マッツが茶々入れるのでいまいち決まらず。角刈りのオッサンでは、10歳の子供の弟にはなれないもん。マッツは土下座する勢いで拝み倒しているけど……
「たまにはいっか。いつ休みなの?」
「神……」
「拝んでないで早く言いなよ。奥さん来ちゃうよ」
お掃除団を押し付けた件もあるのでフィリップも折れてあげたけど、マッツは神のように崇めている最中なので、奥さんに危うくバレそうになるのであったとさ。
今日は酒場の休み。マッツは昼頃からソワソワし、夕方にはフィリップと待ち合わせしていた中町の門で仁王立ちして待っていた。
「お待た~……顔、怖いよ? リラックスリラックス」
「お、おう……」
「ロボットみたいな歩き方だな……後ろからついてきな」
夜になってフィリップが後ろから現れたけど、マッツは仁王像みたいな顔。さらにガシャンガシャンと鳴りそうな動き方なので、フィリップは並んで歩くのは恥ずかしいから先々歩いて行った。
「たっか……」
「なんじゃこりゃ……」
ひとまずマッツの緊張を解こうと高級クラブにやって来たけど、座ったらボッタクリ価格。マッツの店のうん十倍もあるので、フィリップも引いている。
「やっぱりお子様には高かった?」
「女王様の知り合いでも、安くできないからゴメンね~」
入店でもフィリップたちの格好がみすぼらしいとひと悶着あったけど、クリスティーネの紹介状で無理矢理座ったから、綺麗な女性たちも貧乏人だと思って馬鹿にしているのだ。
「帝国でもここまで高くなかったのにと思っただけたよ」
「ふ~ん。帝国ってのも、たいしたことないのね~」
「別に帝国を馬鹿にするのはいいんだけど、このままじゃ、お姉さんたちは職を失うけど大丈夫?」
「うちは高級店だから余裕よ~」
「客が僕たちしかいないのに? 貴族の数も減ってるのに? 他国からの客も減ってるのに?」
「そ、それは……なんとかなると……オーナーも言ってたし……」
フィリップが言ったことは全て事実。なので自信満々だった女性たちも不安な顔になった。
「先も読めないオーナーじゃ、お姉さんたちもかわいそうだね……今日だけサービスしてやるよ。これでジャンジャン開けちゃって」
「これって……白金貨!?」
「すぐ出るから、残りはお姉さんたちのチップね~」
「「「「「さっきは馬鹿にしてゴメ~~~ン!!」」」」」
現金、強し。今頃フィリップがとんでもない資産家だと気付いた女性たちは、謝罪して大サービスするのであった。ついでにマッツも巻き込まれて、天に昇って行ったとさ。
「て、天使……」
「まだ夢見てんの? さっさと歩け!」
30分しか滞在していないクラブだけで気絶し掛けたマッツの尻を蹴って連れて来た場所は、高級娼館。マッツはまだ戻って来ていないな……
「さっきのは、天国の入口。ここからが天国だよ。置いてくよ~?」
「ヒヒーン!」
「なにそれ? 駄馬??」
でも、豪華な娼館の佇まいを見てやっと戻って来たと思ったら、何か違う生物になった。マッツ的には、ユニコーンのつもりだったらしい。ある部分が尖っているから……
そんな興奮するマッツを連れているのだから入口でやっぱり揉めたけど、フィリップは紹介状を「控えおろう!」として強引に突破した。
「ここも高いな~……商売やる気あるのかどうか疑うよ」
「うっ……1番下の子でよろしくお願いします」
「さっきまでの勢いはどこに行った?」
マッツは料金表を見て、もう萎えちゃった。それほどここは高いのだ。
「とりあえず、僕はナンバー1と2……3まで行っとこうかな? マスターも2人まで、好きな子選びなよ」
「い、いいんですか? まさか、俺は今日、死ぬのでは……」
「死ぬなら抱いてから死にな」
「それもそうだな……天使ちゃ~ん!」
マッツが死を覚悟して突撃すると、高級娼婦は蜘蛛の子を散らすように。その中をフィリップは抜けて、明らかにオーラの違うドロテーアというロングヘアーの女性に近付いた。
「僕の見立てなら、君がナンバー1だよね?」
「そうだけど……本当に買うの? 高いわよ??」
「あ、先払い? はいは~い。マスターの分もこれで足りるでしょ? 余ったらチップにしてくれていいから、女の子たちに逃げないように言って来てくれない??」
「はあ……え? なんで子供がこんなに持ってるの!?」
「いいからいいから」
「子供がこんなところに来るのはよくないんだけどな~……」
いまさらだけど、フィリップの見た目が引っ掛かってお金を受け取っていいのかと悩み出したドロテーアであった……




