513 フィリップの旅立ち其の1
フィリップは寝室に戻ると、カイサたちに護衛騎士の給料アップを指示したけど、名前がわからないので上げようがない。
今日の門番の人と言ったらわかってくれたけど、理由が適当すぎるので、そんな上げ方はどうなのかと意見されてしまった。
「まだ家計に余裕があるから1人ぐらい、いいんじゃない? いや、1人だけ上げるとわだかまりがあるか……この際、全員、金貨1枚上げようか? もう5年も僕のこと支えてくれてるし、当然の権利でしょ」
「「そ、それって……」」
「うん。カイサとオーセもだよ」
「「やった~~~!」」
しかし、2人もいきなり給料アップしたから万歳。理由はどうでもよくなった。
「こんな頼りない僕に尽くしてくれて、いつもありがとね。こんなこと言って信じてくれるかどうかわからないけど……2人とも、大好きだよ」
さらにいきなりフィリップから感謝と愛の告白をされたカイサとオーセは、気まずそうな顔になる。
「お金を貰っている手前、私もこんなこと言うのどうかと思うけど……プーちゃんのこと大好き。いつも楽しい気持ちにしてくれてありがとう」
「私も! 私も大好き! 皇子様じゃなかったら結婚してほしかった。プーくんと一緒にいるの、すっごく楽しい。私もありがとう!」
主人と従者の関係だからだ。しかし、それを飛び越えた絆はここにある。
「そう言ってくれて、僕は救われた。ゴメンね。こんな浮気者で。これからもいっぱい浮気するけど、ずっと好きでいてね」
「「それはちょっと……」」
「えぇ~~~」
「ウソウソ」
「ずっと大好きだよ」
「カイサ……オーセ……」
「「プーちゃん……」」
だってやることやってるもん。この日のフィリップたちはまだ日が高いのに、大いに盛り上がったんだとか……
「ホント、ゴメンね。しばらくのさよならだ」
その日の夜遅く、眠るカイサとオーセの頭を撫でたフィリップは、こっそりと根城から出て行ったのであった……
ところ変わって奴隷館。オーナーの私室では、今日もフィリップが夜になっても現れなかったから、キャロリーナもそろそろ寝ようかとベッドに入ったところであった。
「風? なんの音……」
目を瞑ってしばらくすると、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。キャロリーナは最初は無視していたが、しつこく鳴り続けるので確認しようと窓に近付いた。
「キャッ!?」
するとそこには人陰。それなりの修羅場を潜って来たキャロリーナでも、3階の窓に人陰があるのだから飛び退いて震えている。
「ボクボク。生きてるから入れて~」
「……で、殿下……??」
そこに聞き覚えのある声。フィリップだ。フィリップは幽霊だと思われていそうだとおちゃらけて声を掛けた。
キャロリーナはそんなことがあるのかと恐る恐る窓に近付き、フィリップのスケベ顔を見て「あ、これ本物だ」と顔認証。窓の鍵を外して開けたらフィリップは勢いよく入って来た。
「ゴメン。驚かせちゃったね~」
フィリップはすぐに謝ったが、キャロリーナはプンプンだ。
「どこから来てるのよぉ~。死ぬほど驚いたんだからねぇ~」
「アハハ。ゴメンゴメン。急ぎだったから」
「……本当にどこから来てるの? ここ、登れる場所ないわよ??」
ただ、窓から下を見たらキャロリーナは冷静に。防犯のために登れないような設計になっているのだから。
「それはまぁ、チョチョイとね」
「はぁ~……その件はあとで聞くわぁ。で~……急ぎってぇ~?」
「あ、それそれ。兄貴がさ~。奴隷制度を廃止するとか言い出して、僕が動かざるを得なくなったんだよね~」
「……へ??」
フィリップがあまりにも軽く爆弾発言をするので、キャロリーナもとぼけた声が出てしまった。
「アレ? キャロちゃんは初耳? 城では2日前に発表があったんだけど」
「嘘……嘘よね? そんな情報、ひとつも流れてないわよ」
「ううん。本当。僕の家にも貴族が千人ぐらい来て、大騒ぎだったんだよ~」
「そんな騒ぎなら……ああ!?」
キャロリーナが思い出したことは、この2日間の出来事。クラブで酒を煽っていた貴族が荒れに荒れていたから、キャロリーナも宥めに走り回っていたのだ。
「てっきり殿下が何かしたのかと思っていたわぁ……」
「ボク?」
「みんなぁ、馬鹿皇子が馬鹿皇子がって怒っていたものぉ」
「おお~い。失敗したのはみんな一緒なんだから、僕に当たるなよ~。言うなら兄貴だろ~」
貴族の酔っ払いたち、フレドリクが怖いからって隠語で喋っていたみたい。どこに耳があるかわからないからって、皇帝と皇子を入れ替えていたからフィリップはいい迷惑だ。
「え? じゃあ、奴隷制度廃止って本当のことなの??」
「だからそう言ってるじゃん。説得に失敗したから、キャロちゃんを頼りに来たの」
「ええ!? ウチは? ウチはどうなるの!?」
キャロリーナ、やっと事態を飲み込んで大慌て。奴隷館の商品は奴隷だからだ。
なのでフィリップは農奴のことだと説明して、これから起こる出来事をキャロリーナに伝える。
「……本当にそんなことになるの??」
ただ、フィリップの未来予測はすんなり頭に入って来ない。馬鹿皇子の言葉なんだもの。
「なるよ。だから僕は、最悪のケースを止めるために動く。キャロちゃんにもやってもらいたいことがあるの」
「殿下が動いたところで……」
「まぁ信用ないよね。とりあえずキャロちゃんに頼むことは、これから帝都は大恐慌に陥るからその対策ね」
「殿下の言ったことが事実なら、大変なことになるのはわかるけど……大恐慌なんて、あたし1人では止められないわよぉ」
「キャロちゃんは夜の街だけ支えてくれたらいいの。3年を予定しているから……白金貨千枚もあったら足りるかな?」
「……は? ……はあ~~~??」
数を聞いてビックリ。それがどこからともなく出て来て山積みにされたからには、キャロリーナも口をあんぐり開けて固まっちゃうのであったとさ。




