512 帝国の未来
「あ~あ。やりたくないな~……」
奴隷解放を止めるにはもう皇帝夫婦を殺すしかないと、夜中にフレドリク邸の屋根までやって来たフィリップであったが、兄殺しに躊躇してなかなか踏ん切りがつかない。
ならば他の方法をと考えてみたが、フレドリクとルイーゼを生かしたままではフィリップが皇帝をやっても内戦になるという未来しか想像できなかった。
「いまの兄貴と聖女ちゃん、平民に人気あり過ぎるもんな~……」
そう。貴族に厳しい政策を取って来たから、2人が生きていたら平民が反乱を起こしてしまうのだ。
「やっぱりやるしかない……お父さんとお婆ちゃんの願いでもある……よしっ!」
フィリップは亡き太上皇とアガータの最後の言葉を思い出し、重荷を少し下ろして立ち上がる。そして頬を叩き、気合いを入れてバルコニーに音もなく着地した。
誰も気付いてないシメシメと窓に近付いたフィリップは、氷魔法で無理矢理カギを開けたところで小さく「あれ?」と呟き、慌てて施錠して屋根に戻った。
「ダメじゃん……殺しても民が怒って内戦じゃん……」
どうやらフレドリクたちを殺した場合の未来を想像し忘れていたみたい。2人を誰にも気付かれずに殺したとしても、犯人は1人しかいない。
それは継承権上位に位置して、次の皇帝に即位した者……フィリップだ。
フィリップはフレドリクの子供を即位させるかと一瞬考えたが、皇家の血が流れていないから除外しなくてはならない。
それによって、フィリップが皇帝になりたいからって息子を継がせなかったと民がもっと怒るに決まっている。どうやっても内戦は避けられない。
「え? は? これ……詰んでない??」
八方塞がり。生かしてもダメ、殺してもダメでは、フィリップは手を出せない。せめて自分にそれなりの功績がないと民は認めてくれないのだ。
「僕の馬鹿~。なんでもっと皇子らしい振る舞いしてなかったんだ~~~」
こうしてフィリップは、日頃の行いの悪さを悔いながら根城に帰るのであったとさ。
翌昼……
「昨日あんなことがあったのに、よく寝てられるわね……」
「もう忘れてるんじゃない?」
フィリップが全然起きないので、カイサとオーセは呆れてる。あの地下室での密談も、ペトロネラたちに仕事を押し付けてるところを自分たちに見せないためだったのじゃないかと疑い出した。
しばらくフィリップを眺めていた2人だが、あまりにも幸せそうにグウスカ寝ているから自分の仕事に戻った。
「ふぁ~あ。寝足りな~い」
その10分後ぐらいにフィリップはあくびをしながら寝室から出て来た。
「寝足りない? プーくん。起きてすぐの人は眠たいって言うんだよ??」
「オーセ。相手にしちゃダメよ。プーちゃんはまだ夢の中にいるのよ」
フィリップが変な起き方をしたせいで、オーセには馬鹿にされ、カイサには冷たくされちゃった。
「あ、おはよう。ごはんってある?」
「冷めたのならあるよ。温めよっか?」
「うん。それでお願い。カイサ~?」
「えぇ~。起きてすぐするの~?」
オーセがお昼ごはんの準備をしてくれるので、フィリップはカイサに抱きついて暇潰し。カイサも仕事だから付き合うが、フィリップが甘々モードだからちょっとかわいく思ってる。
ひとまずフィリップたちはソファーでマッサージ……ではなく膝枕&頭撫で撫でコンボ。フィリップはカイサの胸をマッサージしてるけどね。
料理が温まるとフィリップはアーンと催促。ヒナ鳥みたいだなと思いながら、フィリップの口にスプーンを突っ込むオーセ。
「ところでプーちゃん。昨日、地下室で何を話してたの?」
昨日フィリップは何も教えてくれなかったから、今日なら忘れてるだろうと、気になっていたことをカイサは質問してみた。
「ゴメンね。国に関わることだから言えないの」
「覚えてたんだ……」
「え? 僕、そんなに馬鹿だと思われてたの??」
「そんなことないよ~? ちなみにペトロネラ様たちに仕事を押し付けたりしてないよね?」
「話逸らしたね……押し付けたと言えば押し付けたけど……」
「「やっぱり~」」
カイサたちはこれだけ聞けたらよかったみたい。説教するネタになるもん。
「ごちそうさま。軽くマッサージする?」
「「もう~」」
説教はイヤだから、フィリップは食後のマッサージ。軽くとか言いながら激しくマッサージをしたフィリップは、2人が疲れて休むと寝室を出た。
2人にはトイレに行くと言ったのに、フィリップはコートを羽織って外に。玄関から真っ直ぐ歩き、門の近くの椅子に座って見張っている護衛騎士の背後から近付いた。
「お疲れ様」
「ん? 殿下!?」
「楽に楽に。座ってていいから」
「はっ!」
フィリップがこんな所まで来るとはこれっぽっちも思っていなかった護衛騎士は飛び跳ねて気を付けをしたが、座れと言われたのだから素直に従う。
おそらく、上を向くのはフィリップがしんどいとでも思っているのだろう……
「例えばだけど、僕が急にいなくなったらどうする?」
「どこか行かれるのですか?」
「例えばって言ってるじゃん。例え話だよ。この中に誰か1人でも残ってくれるヤツはいるかな~? いないか。僕、人望ないもんね」
フィリップが自虐的に自己完結すると、護衛騎士は意外な返しをする。
「自分は残りますよ?」
「は? なんで??」
「自分、殿下に感謝してますんで。あまり騎士扱いしてくれないのはどうかと思いますけど……でも、それを含めて気楽に働けるこの場所は、けっこう気に入ってるんです」
「ふ~ん……」
護衛騎士は本心を語ったが、フィリップが考える仕草をしたから失言したのかと怖くなる。
「フフフ。こんな近くに忠臣がいたとはね。嬉しいこと言ってくれるじゃな~い。そんなお前は月給、金貨1枚アップだ」
「いいんですか!? やった……」
「そのかわり、絶対残れよ? たとえ1人になっても、この屋敷とカイサたちを守れ。もしさっきの言葉が嘘だったら、処刑するからね?」
「は、はい……」
一瞬天国が見えた護衛騎士、次の瞬間には地獄行き。第二皇子が処刑をチラつかせたら、そりゃイエスしか言えないよ。
「ま、みんな友達だから、お前を助けてくれるかな? 例え話は終わり。今まで通り、ゆる~く頑張ってくれたまえ」
「はっ! 頑張ります!!」
これはあくまでも例え話。護衛騎士はホッとして、フィリップの背中に向けて敬礼するのであった……




