509 大騒動の理由
根城にいつもと桁の違う人数が押し寄せているのだから、フィリップも何事かと鉄格子作りの門を見る。その隙間からどんな人が集まっているのかと凝視していると、門番が開けやがったのでフィリップはビックリ。
「あの野郎……アイツ、名前、なんて言うの?」
「プーちゃん、名前も覚えてないのに怒らないであげて。入って来たの、ペトロネラ様だよ」
「あのカッコイイ男の人はラーシュ様じゃない?」
フィリップは護衛騎士が裏切ったと思ったけど、カイサとオーセが言う通り2人だけ入って来てその他は入って来ないから、怒りより疑問が強くなった。
そのペトロネラたちはバルコニーにフィリップがいることに気付いたのか、その場で立ち止まりバルコニーに向けて深々と頭を下げた。
「なんだかよくわからないけど、カイサ。2人にその場で待機って言って来て。外に出る。オーセは着替え手伝って」
「「はい!」」
いつも先を読んで行動するフィリップでもわからないことはある。会って話を聞かないことには話にならないので、急いで身支度を始めるフィリップであった……
「ネラさ~ん。おはよ~。ついでにラーシュも」
「こんにちは……」
「なんでついでなんですか……」
外に出たフィリップは気さくに声を掛けたけど、ペトロネラもラーシュも微妙な顔。この大変な事態に、昼過ぎまで寝ていたのかと文句を言いたいみたい。ラーシュは言っちゃってるけど。
鉄格子の向こう側にいる人も、何やら頭を抱えている。
「てか、これはなんの騒ぎ?」
フィリップが質問すると、2人はこんなことしている場合ではないと背筋を正した。
「本日は、殿下に嘆願の儀がありまして集まったしだいです」
「嘆願? それは外の人の総意ってこと??」
「「はっ」」
ここでフィリップも、ルイーゼが何かとんでもないことをしでかしたんじゃないかと気付いた。
「わかった。聞くだけ聞く」
「「有り難き幸せ」」
2人は大袈裟に頭を下げると、ペトロネラから話し始める。
「本日、陛下から発表があると、城の要職に就く者、帝都在住の貴族家当主、領主の使いが全て集められました。そして先程、陛下からの発表を聞いて、皆、驚いたしだいです」
「もったいぶらず、早く内容言っちゃって」
「はっ。失礼しました」
ペトロネラは軽く頭を下げてから続ける。
「その内容とは、奴隷制度の廃止。陛下は全ての奴隷を解放すると仰ったのです」
フィリップがポカンとした顔をすると、ラーシュの顔が少し険しくなった。
「言ってる意味、わかりましたか?」
「あ……うん。え? 全てって、どこからどこまで?」
「陛下はハッキリと申しませんでしたが、おそらく農奴のことかと」
「そ、そりゃそうか。農奴だよね~……ゲッ」
「どうしました??」
フィリップはあることに気付いたけど、頭を振って蹴散らした。
「農奴って、帝国に三千万人以上いたよね?」
「は、はあ……よく知ってますね……」
「そんなの一気に解放したら、財政傾くよね?」
「は、はあ……なんでわかるんですか?」
「茶化すな。んで、猶予は? いつやるとは言ってた??」
「できるだけ早期にと、我々に協力を求めたしだいです」
「急ぐつもりか……」
フィリップは少し考えてから、ペトロネラに視線を移した。
「ちなみにこれって誰の発案?」
「皇帝陛下だと仰っていましたが、おそらく皇后陛下かと。農奴の現状を見て涙したと仰っていましたので」
「チッ……あの女、この国を滅ぼしたいのか……」
「「あの女??」」
「なんでもない」
フィリップが口悪く失言したのを拾われてしまったが、そのことには答えない。
「お兄様が発表した時、みんなは反対しなかったの?」
「いまの食糧供給がままならない事態となり兼ねませんので、大多数で反対しました。しかし、反対するなら家を潰すと脅されましたので、誰も何も言えなくなりまして……」
「だから僕に会いに来たと」
「はい。親交のある私たちなら話を聞いてくれるだろうと頼まれました」
「ペトロネラ様も私も、皆と同じ気持ちです」
2人は覚悟の目でフィリップを見た。
「わかったわかった。お兄様を説得したらいいんでしょ」
「「はっ! 帝国のために、宜しくお願い致します!!」」
「「「「「お願い致します!!」」」」」
ペトロネラとラーシュが急に大声を出すと、外に集まる貴族たちまで続き、その声は津波のように広がるのであった……
貴族の声がうるさいので、フィリップは「うるさいから止めて来い!」とラーシュを蹴飛ばして、追い払う策を考える。
考えはまとまったけど、まだうるさいので静かになってからフィリップは門から出た。そしてラーシュの肩車どころか肩の上に器用に立つと、できるだけ大きな声で語り掛ける。
「え~。君たちの願い、聞いたよ。皇帝陛下を説得する努力はする。まだ喋るな! ……努力だけだからね? 失敗したら、ゴメ~ンちゃい」
フィリップが努力すると言った時には、貴族たちは期待に胸を膨らませたが、謝った時は全員ズッコケかけた。ふざけた言い方だもん。
「だから喋るなって! お前ら全員で反対して無理だったんだろ! なのに僕ができると思ってんの!? お前ら、散々僕のこと出来損ないとか悪口言ってたじゃん! 本当にできると思ってんの!?」
フィリップの言い分は、至極真っ当。貴族たちは落胆してため息が溢れた。
「もう一度言う! 努力はする! 失敗する可能性が高い! その時は、お兄様の命令を必ず遂行しろ! 話はこれでおしまい! 解散! 散れっ!!」
これにてフィリップの演説は終了。貴族が肩を落として帰って行くなか、フィリップはヨジヨジとラーシュから降りるのであった……




