437 巨星堕つ
太上皇の頼み事を引き受けたフィリップは、その足でフレドリクのいる執務室を訪ねた。ただ、今日は仕事が立て込んでるらしいのですぐには会えず。
3分ほどくれたら用件が済むことと、会える時間を教えて欲しいと執事に告げて庭園に移動した。そしてカイサに膝枕してもらってボーっとしていたら、オーセが声を掛ける。
「キャロリーナ様のこと、噂になってるよ?」
フィリップが全然喋らないから、気を遣ってゴシップネタを出したらしい。
「んん~? どんな噂??」
「プーくんはおばさん趣味で、近々結婚するから太上皇様に会わせようと連れて来たんだって。でも、反対されて意気消沈だって。ホント、貴族様って想像力豊よね~」
「だね」
「あ、あと、キャロリーナ様がプーくんの本当のお母さんで、不貞の子とも言われてたよ。太上皇様が浮気したとか」
「オーセ!」
フィリップが乗って来ないからオーセは噂話を足したが、カイサに止められた。
「それ言ったヤツ、名前を教えろ。ブッ殺してやる……」
フィリップが怒りの表情に変わっていたからだ。
「プーちゃん。顔、怖いよ? ちょっと落ち着こっか? オーセも謝る!」
「プーくん、ゴメ~ン。お母さんのこと、大好きだもんね。変なこと言ってゴメンなさい。許して~」
「私たちはそんなことまったく思ってないからね? いつものプーちゃんに戻ってほしかっただけなの」
カイサとオーセが必死に宥めることで、フィリップも怒り過ぎたと少しだけ溜飲を下げる。
「この噂を流しておいて。僕を不貞の子と言ったヤツを、皇族が血眼になって探していると。見付けしだい死罪だとも」
「「はいっ!」」
「フンッ」
2人は命令なのだからいい返事をしたが、フィリップが不機嫌そうにカイサの太股に顔を埋めてクンクンし出したから、「本当に怒っていたのかな?」と首を傾げるのであった。
それからしばらくして、ようやくフレドリクと会える時間が来たのでフィリップは執務室を訪ねて立ったまま会話する。
「例の件、さっき話をして来たよ」
「そうか……辛いことを任せて悪かったな」
「ううん」
劇薬の件は、フレドリクも承知のこと。どちらもフィリップが手に入れて来た同じ薬をポケットに忍ばせて、タイミングが合ったほうが話をしようと決めていたのだ。
フィリップは太上皇の頼み事以外の会話を簡潔に教えてあげたら、フレドリクは目頭を押さえた。悲しみと感動でいまにも涙が零れ落ちそうだからだ。
「まぁ薬を使わなくても、限界は近いと思う。その時が来たら、どんな仕事をしていても駆け付けてね?」
「ああ。他国の王であろうと、止める者がいたら切り捨てる」
「やりすぎ。フフフ」
「意気込みの話だ。フフフ」
フレドリクの冗談で笑ったところでキッカリ3分。ノックの音と同時に、フィリップは踵を返して執務室を後にするのであった。
それから毎日、フィリップは夜遊びもせずに太上皇の部屋を訪ねて看病している。痛みが酷い時にはそこを集中的に冷やして和らげてあげているのだ。
もうすでに太上皇は氷魔法のことを知っているので目の前でやっても問題ない。従者は何故、太上皇が優しく微笑んでフィリップの頭を撫でているのかはわからないみたいだ。
フィリップを不貞の子という噂は、カイサとオーセが「第二皇子、ブチギレ。皇帝と太上皇にチクってそちらもブチギレ」ってニュアンスの噂を流したから、一瞬で沈黙したとのこと。
そりゃ剣を5本も持って乗り込むクレイジーをキレさせたんだから、黙るしかない。皇帝と太上皇も怒らせる噂なんて口が裂けても言えないのだ。
フィリップが毎日看病しても太上皇の体調は良くならず、悪化の一途を辿る。太上皇は睡眠時間が増え、水を飲み込むことすら難しくなって来た。
そろそろ暖かくなってもいい頃、ついに太上皇の命が尽きようとしていた……
「父上! 父上! ……いつもの感じじゃない。そこのお前! お兄様を殴ってでも連れて来い! 急げ!!」
「はははは、はいっ!!」
緊急事態だ。近くにいた神官の男が焦っても仕方がない。皇帝を殴れと言われたらもっと焦るに決まってる。
その神官はバタバタとした足取りでドアから出て行き、騎士にフィリップの言葉をそのまま伝えた。走るのが速い人に任せるみたいだ。自分はその場に待機。フィリップに顔を見せると何を言われるかわからないからだ。
騎士は大声で「火急の知らせ! 道を開けろ!!」と怒鳴りながら廊下を全力疾走し、フレドリクのいる執務室に飛び込んだ。
フレドリクはその礼儀の欠片もない行為で全てを察し、騎士の言葉を最後まで聞かずに飛び出した。そして恐ろしい速度で廊下を走り、人とぶつかりそうになったら壁を駆け、太上皇の下へ辿り着いたのはフィリップが呼んでから6分ちょい。
「は、早かったね……」
「ハァハァ……久し振りにこんなに走った……ハァハァ」
「火事場の馬鹿力って凄い……」
フィリップは若干引き気味。確かに急げとは言ったけど、最低10分は掛かると思っていたからだ。
「父上! フレドリクが参りました!!」
「お兄様だよ? 聞こえる??」
そんなことを考えている場合ではない。2人で励ましの声を掛け続ける。そうしてルイーゼもやって来て、無駄だと思いつつも回復魔法や治癒魔法を使わせていたら、太上皇に目覚める兆しが現れた。
フィリップとフレドリクは大声で声を掛け続けると、ついに太上皇の意識が戻った……
「なんだ2人して……」
「「父上~~~」」
「そうか。迎えが来たか」
太上皇は天井を見たあとに、フレドリク、フィリップの順に顔を見る。
「フレドリク……帝国を頼んだぞ」
「はいっ! 必ずや帝国をより一層栄えさせてみせます!!」
「フィリップ……フレドリクの邪魔だけはするな」
「うっ……うん。ううぅぅ……」
フィリップはこないだと真逆のことを言われたから驚いたが、太上皇の優しい目を見て今回の言葉が嘘だと受け取った。
「ああ……ローゼマリー……見ろ。俺たちの息子はこんなに逞しく育ったぞ。俺ももう、何も思い残すことはない。一緒に空から見守ろう」
太上皇は天井に向けて両手を広げたあとに、力が抜けて腕を落とす。その腕を優しく受け止めたフィリップとフレドリクは涙が止まらなくなる。
「母上が迎えに来てくれたんだね。ううぅぅ……」
「ああ。優しく抱き締め合って、天に昇って行ったな。グズッ……」
これは太上皇が使っていた薬の副作用で見えた幻覚かもしれない。しかし2人にもその幻覚は見て取れたのか、太上皇の手を握ったまま天井のその先を見上げ続ける……
巨星堕つ。2人の息子に看取られた太上皇は、それはそれは清々しい顔で旅立ったのであった。




