428 太上皇の思い出
フィリップが車椅子を贈ってから1週間。太上皇は外に出るのも苦にならなくなったから毎日外に出ている。フィリップも贈った甲斐があったと嬉しそうだ。
ただ、今日はいつもの面会日ではなく、太上皇から呼び出されたので、少しビクビク。久し振りの呼び出しだから怖いんだって。
面会場所は、太上皇の私室。人払いをしたら、フィリップは太上皇の膝に登らされたから話をしにくい。
「フレドリクが車椅子を売りたいそうだ」
どうやら今回の呼び出しは商談。フィリップは「その程度か」とホッとして応える。
「好きにしたらいいんじゃない? お兄様なら上手くやるでしょ」
「もうそのように言ってあるが、いちおうフィリップの耳に入れておこうと思ってな。ちなみにだが、フィリップならどう売る?」
「僕なら~……貴族に10台ほど売って、そいつに必要な人に貸し出しをさせるかな? しっかりした職人が作ればそうそう壊れる物じゃないし。値段を安く設定しても元は取れるでしょ」
「ふむ……フレドリクと同じ考えか」
「ああ~。僕のこと試したね~?」
フィリップはしてやられたと頬を膨らませたら、太上皇は謝りながら頭を撫でる。それも迷惑にしていたフィリップは、ビクッと体を揺らした。
「やっぱ、貸し出しは禁止で」
「なんだ急に……」
「貴族だったら、下々のことなんて考えないよ。絶対にぼったくる」
「確かにそれはあるな」
「そうだ。よく考えたら、これ、道が整備されてないと乗れないじゃ~ん。外で使えるの、帝都ぐらいじゃない?」
「帝都でも厳しいかもしれない。これは少しばかり性急すぎたな」
「だね。屋敷の中か城限定で、それでも欲しいって言う貴族に売ることしかできないね」
せっかくいい物があっても、使えないのでは仕方がない。車椅子レンタル事業は廃案と決まるが、太上皇からお使いを頼まれたフィリップは、トボトボ部屋を出るのであった。
「お兄様~。忙しいとこゴメンね~」
お使いとは、フレドリクへの言伝。全部フィリップの意見だけど、太上皇が言ったふうに伝えてる。
「そうか。私も地面のことが頭から抜け落ちていた。そうなるとルイーゼの願いを叶えるのは時間が掛かりそうだな……」
どうやらこの事業、ルイーゼが一枚噛んでいたみたい。足の悪い人に使ってほしいと呟いたのだろう。フィリップは「聖女ちゃんのせいかよ」とか思ってる。
「わかった。白紙に戻すと父上に伝えておいてくれ」
「うん。ところでいまって、すんごい忙しい?」
「ああ。まだ慣れていない仕事も多くてな。ま、すぐに慣れるから心配は無用だ」
「そりゃそうか。無理だけはしないでね。父上みたいに倒れられたらお姉様が悲しむからね」
「ああ。そんな顔はさせられないな」
貴族への売買案は、フレドリクの前に書類が山積みだから一旦保留。とりあえずルイーゼを出しておいたから、フレドリクも無茶はしないだろうとフィリップはさっさと撤退して行った。
その時コンラード宰相は「お前も手伝え!」って睨んでいたけど、フィリップは1回も顔を見ないままだったから気付かなかった。というか、何か言われそうだから見なかったんだけどね。
その後、太上皇の部屋に顔を出したフィリップは、フレドリクの仕事が減った頃にもう一度話をすると告げて根城に帰ったのであった。
それからもフィリップは週に2日は太上皇の喋り相手になりに行き、仮病を使いつつ頑張って夜遊びを続けていたら春が来て、あっという間に夏となった。
この頃の太上皇はガンが進行しており、夏前から使い出した一番強い痛み止め薬の副作用も相俟って、歩行もままならなくなっていた。
今日もフィリップは喋り相手になりに来たけど、太上皇は時折暗い顔をしていたから、できるだけ明るい話題を振っていた。だいたいカイサたちが集めて来た噂話だけど。
「もう雪は拝めそうにないな……」
それでも太上皇は窓から庭園を物悲しそうに見ながら弱々しい声で呟いた。
「雪? 父上って雪が好きだったの??」
「雪が好きというより、その思い出がだ。妃を初めて見た時に、ちょうど雪がパラパラと降っていてな。その雪がキラキラと光って、妃がとても綺麗に映ったのだ」
「へ~。それで一目惚れしたんだ~」
「……いまのは忘れてくれ。変なことを口走った」
「ふ~ん……雪ね~……」
フィリップはイタズラっ子みたいな顔で窓側に移動したから、太上皇は止めようと口にしようとしたその時……
「な、なんだ……室内に……雪だと??」
急にフィリップの頭上から雪がパラパラと降って来た。
「外でやるとバレちゃうから、このことシーッだよ~?」
フィリップのアレンジ氷魔法だ。太上皇が弱気になっていたから、サービスしてあげたのだ。
「これは、フィリップがやったのか?」
「うん。隠しててゴメンね。僕、氷魔法が使えるの」
「氷魔法の中にこんな魔法があるのか……しかし、適性検査を擦り抜けられるなんて聞いたこともない。フレドリクが見ていたのだから、気付かないワケがないはずだ」
「そこは創意工夫でね。試してみたら、水晶を騙せたの」
太上皇が雪よりも氷魔法に食い付いてしまったから、フィリップは7歳から使えたから1人で遊んでいたと正直に説明していた。
「そんな方法があったのだな……」
「それより雪見てよ~。綺麗じゃな~い?」
「あ、ああ……亡き妃と出会った頃のように綺麗だ……」
これ以上は余計なことを喋ってしまいそうなので、太上皇に雪を集中させて見させるフィリップ。その光景に、太上皇の目には涙が浮かぶのであった……




