402 フィリップが焦った理由
皇帝付きの近衛騎士から受け取った手紙を読んだフィリップは、とんでもなく焦って飛び出したので誰も追い付けず。黒馬の毛を掴んで走り、中央館の馬小屋に着いたら早口で預けて入口に走った。
館内も道を開けるように怒鳴りながら走り、手紙で指定されていた物々しい警備をしている部屋の前に立った。
ドアの前にも近衛騎士が守っていたが、フィリップの顔を覚えているしすぐに入れるように言われていたのか、挨拶程度だけでドアを開けてくれる。
そうして中に入ると、もうひとつあるドアにフィリップは苛立ちながら勢いよく開いた。
「お兄様! 父上は大丈夫なの!?」
火急の知らせとは、皇帝が倒れたこと。だからフィリップはこんなに焦ってやって来たのだ。
「正直、予断を許さない状態だ……」
「父上!?」
ベッドで眠る皇帝の傍にいたフレドリクは、フィリップの質問に首を横に振って答えた。その答えと同時にフィリップは皇帝の傍に寄って手を取った。
「何があったの? お姉様の魔法は? 治るよね??」
「フィリップ。落ち着け。毒などは受けていない。おそらくは病……」
フィリップが矢継ぎ早に質問すると、フレドリクは簡潔に答える。
今日の皇帝は式典の準備を家臣に指示し、その合間に領主や他国の者と面会していた。朝の時点でフレドリクには皇帝の体調が優れないように見えたから、自分が対応すると進言したが、皇帝は頑として断ったそうだ。
そのまま夕方まで仕事を続け、最後の面会者が部屋から出たところで血を吐いて倒れた。同席していたコンラード宰相が箝口令を敷き、すぐにフレドリクを呼んだ。
フレドリクはルイーゼを呼び寄せるように指示してから駆け付けると、神官が回復魔法を使って治そうとしていたが、皇帝はかなり苦しそうにしていたとのこと。
ルイーゼが到着したらすぐに回復魔法や状態回復魔法を使ったが、皇帝は目覚める素振りを見せないそうだ。
「倒れる前、どこか押さえてなかった?」
「そういえばここ最近、ずっと腹辺りを気にしているように見えた」
「辺りってどのへん? こっち? ここ??」
「だいたいこの辺りだ。それがどうしたのだ?」
「いや、何か悪い物でも食べたのかと……」
「それならばルイーゼの魔法で治るはずだ。命に関わるような病では難しいが……」
フレドリクが諦めるような発言をするので、フィリップは困った顔をする。
「そんなこと言わないでよ。父上なら絶対大丈夫だって」
「ああ……そうだな。私が弱気になってどうするのだ」
「それにいざとなったら、お姉様の杖があるんでしょ? 僕、知ってるよ」
フィリップが蘇生効果のある聖女専用の杖を話題に出すと、フレドリクの顔が険しくなった。
「それは……父上から使用を禁じられている」
「そんなのいいじゃん。僕たちは若いんだから、子供なんていくらでも作れる。そもそも死ぬとも決まってない。僕たちの父親は1人しかいないんだよ? もしもの時は、いまが使い時だよ」
「言いたいことはわかる。しかし大病の場合は、生き返らせても病は残る可能性があるのだ。二度も苦しむ父上を見たいか?」
「ゴ、ゴメン……その考えに至らなかった」
「いや、何も謝ることではない。私もフィリップも少し頭に血が上っていたようだな」
実父が目覚めないのだから、フィリップだけでなく沈着冷静に見えたフレドリクにも焦りがあったらしい。ここからは2人とも声を発さず、皇帝が目覚めることを祈る。
その時間が30分を過ぎた頃、フィリップは席を外した。部屋の外にはフィリップの護衛騎士が待機していたので理由は告げず、今日はここに泊まる旨と戸締まりを任せること、その他を指示して根城に帰す。
そして皇帝の眠る部屋に戻ったら、フレドリクの肩に手を乗せた。
「お兄様。僕が看てるから休んで」
「しかし……」
「お兄様も疲れてるでしょ? それに父上の代わりができるのはお兄様だけだ。お兄様まで倒れたら誰がやるの? 僕は自信ないな~……だからちゃんと休んで」
「フッ……そうだな。父上の代わりは皇太子の務めだ。父上のことは頼んだ」
「うん!」
フィリップの冗談まじりのお願いに、フレドリクの顔に少し笑顔が戻る。そのフレドリクは皇帝に声を掛け、フィリップの頭を軽く撫でてから部屋を出て行くのであった。
それからのフィリップは、ベッドの傍の椅子に座って皇帝の看病に精を出す。額に汗が浮かべば拭い、手に冷気を纏って少し冷やす。苦痛に顔を歪めた時には、患部だと思われる場所を強めに冷やして痛みを和らげる。
たまに励ます声を掛けたり思い出話をしていたら、この場にいる神官やメイドはフィリップの氷魔法にまったく気付かずに、こんな一面があるのだと見直していた。
フィリップが献身的に看病をしていたら、外が明るくなって来た。徐々に人々が動き出し、午前7時を過ぎた頃にフレドリクが入って来た。
「フィリップ……寝てないと聞いたが大丈夫なのか?」
「あ、お兄様。おはよう。これぐらい大丈夫大丈夫」
「フィリップは体が弱いのだから無理はするな。アガータも駆け付けてくれたから少しは休め」
「お婆ちゃんが? それなら安心だね。もう少し様子を見たら休むよ」
「必ず休むのだぞ?」
「うん。わかってるよ~」
フレドリクはフィリップのことも心配してくれているので無碍にはできない。フィリップが休むことを約束したら、フレドリクは皇帝の手を取って言葉を掛けてから仕事に向かう。
フィリップはアガータに氷は多く用意するようにと引き継ぎをしてから、皇帝の私室から出て行った。
「あ、カイサ、オーセ。おはよう」
「「おはようございます」」
「皇太子殿下から、殿下が出て来たら部屋に案内するように仰せ付かっております」
「こちらです」
「オッケ~」
カイサとオーセは聞きたいことがあるけど、多くの目があるから我慢して敬語で対応。フィリップが思ったより軽いから、昨日のあの焦りようは幻だったのではないかと思いながら先を歩く。
そうして豪華な客室に入ったら、2人は質問の嵐だ。
「昨日のアレはなんだったの?」
「寝ないで何してたの?」
「みんなすっごく怖い顔してたよ?」
「プーくんが何かしたの?」
「落ち着いて。服脱ぎたいから手伝って。そのあと説明するから」
2人の質問は遮り、フィリップはバスローブに着替えるとベッドに飛び込んで横になった。
「さっきの反応だと、まだ発表はないみたいだね。いまからする話はトップシークレットだから、絶対に外に漏らしちゃダメだよ? 怖いなら聞かないほうがいい」
「「……大丈夫。誰にも喋らない」」
カイサとオーセは困惑しながらも決意した。
「父上がね。倒れたの」
「「え……」」
「仕事し過ぎなんだよね~。倒れたのにまだ働こうとするから、僕がずっと見張っていただけ」
「本当にそれだけなの?」
「プーくんよくウソつくし……」
「ホントホント。もう限界だから寝させて。昼に起こしてね~……あっ! 昼からお忍びで街に出るから、僕の騎士に言っておいて。おやすみ~」
「「はあ……」」
皇帝が倒れたと聞いた瞬間、最悪の事態を想像した2人であったが、フィリップが軽いのでたいしたことが無かったと騙された気分になる。
実際問題、フィリップは嘘をついてやり込めたのだが、フィリップとしてはこの嘘が本当になればいいのにと祈りながら目を閉じるのであった……




