360 お手伝い
三角ベースの件で皇帝に呼び出されたフィリップは、今日の撫で回しの刑が妙に長いのでなんとか止めたい。何か話題はないかと部屋を見渡したら、皇帝の仕事机に目が止まった。
「なんかいつもより書類多くない?」
いつも書類は積み上がっているが、今日は倍以上あるからフィリップでも気になったらしい。
「フレドリクが旅行に出たからな。その分が来ただけだ」
「あ、そうか。でも、こんなに1人で大変じゃない??」
「まぁな。だが、これぐらいは一時期毎日やっていたから問題ない。深夜には終わらせる」
「そんな時間まで……」
フィリップは皇帝の顔を見ると、少し痩せているように見えた。なので、これもルイーゼのせいかとため息が出てしまう。
「はぁ~……ちょっと手伝うよ」
「フィリップが手伝うだと?」
「うん。人事関係はわからないけど、お金関係なら僕でも手伝えると思う。計算はわりと得意なのテストで知ってるでしょ?」
「うむ……少し回してみるか……」
「あ、僕の仕事スペースだけ作らせてね~」
皇帝はフィリップがどこまで出来るかを試すために許可を出す。そのフィリップは外にいる執事に2人掛けのソファーとローテーブル、パーテーションを持って来るように命令。
なる早でと命令したので、男手を多く使ってあっという間に、皇帝の後ろの一角にフィリップの仕事場が完成するのであった。
「これは何事ですか?」
フィリップの仕事場が完成したと同時ぐらいに、皇帝と同年代ぐらいの細身の男が執務室に入って来た。この男は、帝国のナンバー2である宰相、コンラード・シュティークリッツ侯爵だ。
「フィリップに財務をやらせることにした」
「フィ、フィリップ、殿下に??」
「やっほ~」
コンラード宰相は「馬鹿に? 馬鹿はどこだ?」と思った矢先、フィリップがパーテーションから顔を出して手を振った。
「ほ、本気ですか?」
「ああ。文官程度には使えるはずだ。簡単な物を回して説明してやってくれ」
「承知しました……」
あきらかにコンラード宰相は不満な顔をしているが、言われた通り動く。皇帝の仕事机から財務に関わる書類を一握り抜き出すと、フィリップの前まで持って来た。
「本当にやるのですか?」
「やるやる。任せて任せて」
「その言い方が……はぁ~」
フィリップの言い方が軽すぎるので、ため息が出てしまうコンラード宰相。いちおうフィリップに仕事のやり方を見せて、もう一度確認する。
「わかりましたか?」
「うんうん。わかったわかった」
「本当に??」
「昨年のと比べて印章押すだけでしょ~。余裕余裕」
「では、任せましたからね?」
フィリップはいちおう話は聞いていたみたいなので、コンラード宰相は立ち去ろうとしたけど止められた。
「ちなみにだけど、お兄様はこの量をどれぐらいの時間で終わらせるの?」
「皇太子殿下なら2時間も掛からないですね」
「普通の人だったら?」
「およそ倍……殿下なら今日中に終わればいいですよ」
「僕のことは聞いてないんだけど~??」
フィリップが聞きたかったことは2個だけ。なのにコンラード宰相はできる人なので、フィリップの予想時間を告げて自分の仕事机に向かうのであった。
フィリップが仕事を始めると、コンラード宰相はチラチラとそちらを見ている。パーテーションの向こう側で何をしているのか気になるらしい。
多少は音が聞こえるので、書類を捲っているのはわかる。その音のおかげで「なんだ。真面目にやるんだ」と感心して自分の仕事に集中するコンラード宰相。
それから2時間が過ぎて、そろそろお昼休憩の時間が近付いて来た頃に不思議な音が聞こえて来た。
「スピ~……スピ~……」
フィリップの寝息だ。あまりにもかわいらしい音なので、皇帝は笑いそうなのを我慢してる。もちろんコンラード宰相は呆気に取られているよ。
「これ、寝てません?」
「だろうな。フッ……」
「陛下。前々から思っていましたが、フィリップ殿下がかわいいからって甘過ぎます。たまにはガツンと叱らないから調子に乗るのですよ」
「何度か叱ろうとはしたのだがな……フィリップはその都度面白い返しをするから、叱るに叱れないのだ」
「面白い? どんな言い訳をしたのですか?」
「それは秘密だ。自分で体験しろ」
「はあ……」
皇帝が仕事を再開してしまったので、コンラード宰相は不満な顔のまま仕事に戻る。その10数分後にはキリがいいところで終わったので、まだ仕事をしている皇帝を横目に見つつフィリップの下へ向かった。
「こ、これは……殿下! 起きてください!」
ローテーブルには書類が散らかっている惨状。コンラード宰相は怒りに任せて、フィリップを揺すって起こした。
「んん~? ごはん??」
「ごはん? じゃありません……ひとつも印章を押してないじゃないですか。どういうことですか??」
「あぁ~……わからないことがあったから聞いてからやろうと思ったの。お昼が近かったから、そのあと聞こうと思って~」
「それにしては遅過ぎます。やる気あるのですか?」
「あるある。やる気満々。でも、お腹がすいて力が出ないよ~」
「待っ……まだ話は終わっていません」
フィリップが立ち上がるとコンラード宰相が通せんぼ。それでもフィリップはランチに行こうとフェイントを掛けまくる。
「宰相。昼だ。説教は俺がやっておく」
「えぇ~……」
そこに皇帝から助け船があったけど、説教とセットではフィリップも怖い。
「必ずしてくださいね? そうでないと、私は手を出します」
「殴るの? スパルタ過ぎるよ~」
「フィリップ。来い」
コンラード宰相はあまり怒鳴らないからわからなかったけど、武闘派だったのでフィリップはもっと怖い。
しかしそれよりもっともっと怖い皇帝が呼んでいるので、フィリップは書類を一部手に持つと急いで追いかけるのであった。




