291 静な怒り
「長かったな。何を話していたんだ?」
暗殺者の息子を脅したり言いくるめたりしたフィリップが応接室から出たら、外で待っていたボエルからの質問が来た。
「聞いてよ~。アイツら酷いんだよ~? 悪巧みの話じゃなくて、お兄様の近衛騎士に推薦してだってさ。僕に言うなら僕でしょ? 腹が立つから、思い付く限りの罵詈雑言で立ち直れなくしてやったの~」
「そ、そうか……」
ボエル、フィリップの答えにこれが限界。フィリップの騎士よりフレドリクの騎士になりたいに決まっていると、口から出そうだもん。
リネーアたちも同じことを思ったのか、だんまり。帰り道ではフィリップがどんな罵詈雑言を吐いたのかとヒソヒソやるのであった……
その夜、フィリップは黒ずくめの服装に着替えたら、バルコニーから飛び下り屋根を飛び交い、貴族街にある大きな屋敷に忍び込んだ。
「ねえねえ~? 早く起きて~??」
「なんだこんな夜中に……ヒッ!?」
そして寝室で寝ていた、掘りの深い中年男性を甘えた声で起こし、首元にナイフを突き付けた。
「フィ……フィリップ、殿下??」
「そうだよ~? 僕だよ~??」
「な、何故……動けない!?」
「大声出したら殺す。わかった?」
「……はい」
氷魔法で手足と胴体を固定されて身動きが取れない中年男性は大声出し掛けたので、フィリップはナイフをチラつかせて止めた。
「何故も何も、どうして僕がここにいるかなんてわかるでしょ?」
「わ、わかりません……」
「刺客は全部ゲロッたんだから、無駄なやり取りはやめてくんない?」
「刺客……まさか、殿下があの者たちを全員……」
この中年男性はフィリップ暗殺未遂の黒幕、マクシミリアン・レンネンカンプ侯爵。ここ数日、フィリップはレンネンカンプ侯爵の家を調べて寝室まで突き止めていたのだ。
「うん。殺した~。ニヒヒ」
フィリップが笑顔を見せても、レンネンカンプ侯爵は笑えない。いまだに放った刺客の足取りはダンジョンで途切れたとしか知らなかったからだ。
「んで、今日来た目的なんだけど、答え合わせしたくってね」
「答え合わせですか?」
「うん。僕の名前を使ってお兄様を殺すフリをした? その大義名分で僕を殺そうとした??」
「そ、それは……」
「言えよ。嘘をついたら殺す。真実を話すなら考えてやる。皇太子派閥の長なら、いくらでも使いようがあるからね~」
レンネンカンプ侯爵はすでに答えを言われてしまったので言い淀んだ。そこにフィリップが悪い顔で笑ったモノだから、フレドリクを蹴落とすことに協力させられると思った。
しかし、レンネンカンプ侯爵はフレドリクに並々ならぬ期待を持っている。そんな者を裏切れない。だが、これを蹴ると命はない。ならば最善の手は……
「わかりました。全てお話します」
フレドリクよりも自分の命。全て喋ってフィリップに付くしかないのであった……
「やっぱりね~。それしかないと思ってたんだよね~。でも、一度目はどうやって逃げ切ったの?」
「伯爵の口が堅かっただけです」
「忠誠心が凄いんだ~。ふ~ん」
レンネンカンプ侯爵の狙いは、フィリップがいると帝国が乱れる可能性があるから、先に処理してしまうこと。冤罪で貶めて大義名分を得るまで、全てフィリップの予想通り。
ただ、皇族暗殺を企んだ黒幕がこんなに慕われていることは信じられないみたいだ。
「てか、お兄様は僕が死ぬと悲しむよ? それでも僕を消したかったの? バレたら極刑は免れないよ??」
「未来に何が起こるかなんて誰もわかりません。それならば後顧の憂いは先に取り除いてしまったほうが確実だと考えた所存です。それでバレたとしても本望。フレドリク殿下が、この帝国をよりいっそう栄えさせてくれるはず…でした」
「わ~お。狂信的だな~。でも、自分の命惜しさに裏切るなんて、ただのコウモリ野郎か。プププ」
「ちっ……仰る通りです……」
フィリップに馬鹿にされて笑われた瞬間、レンネンカンプ侯爵は反抗的な目をしたが、それは一瞬で怒りは飲み込んだ。
「その目は、やっぱり今だけ僕に付いて、あとで裏切ろうとしてたんだね~。さすがはコウモリ君」
「ち、違います……」
「ま、どっちでもいいよ。どうせ死ぬんだから」
「はい? 喋ったら生かしてくれるのでは……」
フィリップは少し距離を開けると、怒っているような悲しんでいるような顔になった。
「んなワケないじゃん。善良な騎士が何人死んだと思ってるんだよ? お前の思い込みで、16人だ。そいつらには子供がいるんだよ。子供まで巻き込みやがって……
僕、その子供になんて言ったと思う? 嘘しか言えなかったんだよ? 目の前にして、嘘だ。僕のこの気持ちわかる? わかんないよね? 僕が殺したんだよ。
お前が、何もしなければ、いまも親子共に仲良くやっていたんだ。こんな事態が起こらないように、馬鹿を演じていたのに、最悪だ……」
フィリップが目に涙を溜めて捲し立てると、その意外な一面に、レンネンカンプ侯爵に罪悪感が生まれる。だが、レンネンカンプ侯爵も引くに引けない。
「大儀のためには必要な犠牲です……」
「大儀? 便利な言葉だね。じゃあお前も、お前の派閥全員、子供も女房も父も母も、親戚も赤ちゃんも犬も猫も全部僕が殺してやるよ。大儀のためだ。僕が皇帝になるためには必要な犠牲だもんね」
「そ、そこまでは! やりすぎです!!」
「16人を殺しておいてどの口が言うんだよ。本当ならこの数十倍、お前は殺していたんだ。皇族殺しの意味もわからず、大儀? バカすぎる……」
「バ、バカなのは! ムグッ……」
「もう黙れ」
レンネンカンプ侯爵は声が大きくなっていたので、フィリップは氷魔法で口を塞いで冷たい目で見る。
「お前の次は親族縁者だ。その後、お兄様と派閥に関わるヤツを皆殺しにしてやる。僕が皇帝になって帝国をめちゃくちゃにしてやるよ。お前が馬鹿なマネをしなきゃ、僕は皇帝になる気はなかったのにね~……地獄から後悔しながら見てなよ。その前に、苦しんで死ね」
フィリップはレンネンカンプ侯爵の右胸に手を置くと部分的に凍らせる。するとレンネンカンプ侯爵の肺が凍り付き、呼吸困難に陥った。
動くことも声を出すこともできないレンネンカンプ侯爵は、ただただ苦しみながら後悔し、1時間後に息絶えたのであった……




