196 初めての式典
「カールスタード学院では、お体は大丈夫でしたか? いまもお熱があるのではないですか??」
「やだな~。元気元気。たまに熱は出るけどね」
「やっぱり……」
一通り再会を祝したエイラは、メイドだった頃より心配症。フィリップがいくら大丈夫と言おうと心配するので、ムリヤリ話題を変える。
「旦那さん、いい人だと聞いてるよ」
「はい。私にはもったいないお方で。毎日求めてくれるのですよ」
「それは聞きたくなかったかも~?」
この話題は、ちょっと失敗。初めての人のノロケ話は、フィリップもダメージが入るらしい。なので家族構成を聞いて話題を再び変えた。
エイラが嫁いだグリューニング伯爵家は、成人した子供もいれば小さな子供もいて子沢山とのこと。その小さな子供が産まれて間もなく母親が旅立ったので、エイラのような女性は凄く助かってるんだとか。
ちなみに小さな男の子がいるからフィリップはまさかと思って質問したら、それはナシ。夫との話に戻ったので、聞きたくないからまたまた話題を変えていた。
「あの……もう夕方ですけど、護衛の者はお迎えに来ないのでしょうか?」
話が弾み過ぎた上に、グリューニング伯爵家の小さな子供と遊び出したフィリップが帰る素振りを見せないものだから、エイラも心配になって来た。
「あ、もうそんな時間なんだ。そろそろ帰ろっかな~」
「でしたら、従者を走らせて馬車を呼びますので、どこでお待ちになっているか教えてください。殿下を1人で歩かせるワケにはなりませんので」
「お忍びだからそんなのいいよ。エイラも僕のこと、誰にも言わないでね?」
「はあ……」
「時間が合えば、また遊びに来るよ。バイバ~イ」
「「おにいちゃん、バイバ~イ」」
また噓を重ねたフィリップは、子供たちに別れの挨拶をして、エイラと共に玄関に向かうのであった。
フィリップが屋敷から出て行ったあと、1人で歩かせるのはやはり心配だと思ったエイラは身軽な護衛の男に跡を追わせていた。
「遅かったですね。彼は無事、馬車に乗り込みましたか?」
その護衛が息を切らして戻って来たら、心配で仕方ないエイラは早口で問い質した。
「それが……」
「何かあったのですか!?」
「いえ、角を曲がったところで、消えました……」
「消えた? ゆ、誘拐……」
エイラはヨロヨロとよろけて壁に手を突いた。
「いえ、本当に消えたのです。跡形もなく。辺りに何もない場所でですよ? 私も誘拐を疑って近場は捜してみましたが、馬車はいないし馬が駆ける音もしなかったのです」
「さ、捜さないと!?」
「先に親御さんに報告したほうがいいのでは? もしかしたら帰っているかもしれません」
「そ、そうですね……あっ! 聞けない……」
「聞けない? いったい彼は何者なのですか??」
「言えません……」
第二皇子が本当に攫われたなら、お家の恥。ひいてはグリューニング伯爵家に迷惑が掛かるどころかお取り潰しもありえる。
エイラは悩んだ末、メイド長に「フィリップ殿下はお元気ですか?」と当たり障りない手紙を出すことしかできなかった。そして夫にはパーティーに主席したいとお願いして、眠れない夜を過ごすのであった。
ところ変わってフィリップの部屋……
「パートナーは見付かったのか?」
「成果なし……たはは」
「普通、皇子が声を掛けたら喜んで引き受けるもんだろ?」
「だって、好みの子が見付からなかったんだも~ん」
「時間がないのに選り好みするなよ~~~」
追跡者を撒いて帰って来たフィリップは、ボエルにグチグチ言われて笑ってたけど……
翌日は、帝都城に続々と馬車が連なる。この馬車に乗っている者は高貴なるお方ばかり。そう、帝国にいる領主、貴族、準貴族の当主が揃って登城しているのだ。
今日の催しは、城の野外観覧場で行われる皇帝への忠義を確認する式典。貴族たちは格領主の後ろに並び、一糸乱れぬ行進で持ち場に整列している。
「うわ~。こんなにいたんだ~~」
皇族は2階のテラス席で入場を見守る係なので、フィリップも出席して興奮気味。これほど迫力あるイベントならば、今まで欠席するんじゃなかったと少し後悔してる。
「どうだ。凄いだろ? 全て、父上の配下だぞ」
隣に座るフレドリクはフィリップが喜んでいるように見えたのか、皇帝を称えるように自慢した。
「うん。凄い! これって何人いるの?」
「総勢21,273人。いまで約半数が入場したところだ」
「貴族、多っ……」
「帝国は広く歴史の長い国だからどうしてもな。これでも父上の代になってから、2割は減らしたんだぞ」
「もっといたんだ……てか、そんなにいたら、もっと領地がほしいって、戦争したいとか言う人いないの?」
「昔気質の者は、そんな勝ち気な者ばかりで父上も苦労しているらしい。そうだ。フィリップも興味を持ったみたいだから、少し話をしておこうか」
「いや、そこまで興味ないよ? 歴史の授業、やめてよ~~~」
フィリップ、失言。あまりにも人が多いから踏み込みすぎて、フレドリクに火がついた。こうしてフレドリクは、入場する貴族を指差しながら歴史の授業みたいな成り立ちを説明し続けるのであった。
フレドリクの授業にフィリップがげんなりしていたら、ようやく最後の1人が行進からのストップ。それを上から見ていた騎士団長が大声で「気を付け~!」と言うと、貴族たちはザザザッと一斉に背筋を正した。
「皇帝陛下に敬礼!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
そして皇帝が玉座から立ち上がって前に出ると、一斉に胸に左拳を当てた。
「よい。楽にしろ」
「休め~~~!」
「「「「「はは~」」」」」
皇帝は普通の声で伝えると、騎士団長が代わって叫び、貴族たちは足を肩幅まで広げ、手は後ろに組んで話を聞く。
皇帝が大きな声で喋り出すと、フィリップはつまらなそうにこんなことを考えていた。
(オッサンたち、いつこんな練習してたんだろ? 元の世界の北にある国みたい。でも、あのマスゲームみたいなのは、全員軍人がやるのにな。あ、貴族はいちおう軍人か。
毎年年末になったら、領主のところに集まって練習してるのかな~? ご苦労なこって。お父さんの話が終わったから、終了……宰相、お前も喋るんか~い)
このあと宰相の「無駄遣いすんな!」的な長い説教が続き、騎士団長も「たるんどる!」的な長い説教をしてようやくスピーチは終了。
「皇帝陛下~……バンザ~イ!」
「「「「「皇帝陛下、バンザ~イ! バンザ~イ!!」」」」」
ラストは皇帝を称える万歳を延々とするので、フィリップは「いつまでするねん」と、不機嫌に終わるのを待つのであった。
万歳が終わるとフィリップは「やっと帰れる」と腰を浮かしたけど、フレドリクに肩を掴まれてステイ。退場も最後まで見ないといけないんだとか。
しかし皇帝は途中で退場して行ったので、フィリップはブーブー言ってフレドリクに「仕事だから」と宥められる。
「えぇ~。まだあるの~?」
「パーティーだから、フィリップは立ってるだけでいいから。な?」
「座っていちゃダメ?」
「ダメだ」
「ええぇぇ~」
オッサンだらけの立食パーティーまで参加しないといけないと聞かされて、やっぱり仮病を使えばよかったと死ぬほど後悔したフィリップであったとさ。




