186 一歩前進
「はぁ~……ヒヤヒヤした~~~」
フィリップと言い争っていたフレドリクが急に折れて部屋から出て行くと、ボエルがため息と共に胸を撫で下ろした。
何やら考え込んでいたフィリップは、その声に反応して顔を上げたけど、ボエルに先を越された。
「フレドリク殿下とケンカするなんて、急にどうしたんだよ。仲良かっただろ?」
「んん~? あんなのケンカじゃないよ。意見の相違をぶつけ合っただけ。てか、聞くことそれ??」
「それ? あぁ~……殿下って、意外と国民想いなんだな。知らなかったよ」
「気付いてないんだ……」
「あん?」
「なんでもない。国のためを想ったらお兄様のやり方は正しいけど、僕ぐらいしか逆のことを言えないだろうから、ちょっと試しただけだよ」
「確かに……」
フィリップとしては、ルイーゼの名前を出したらフレドリクが急に折れたことが気になっていたのだが、ボエルが気付いていないのなら話を合わせて煙に巻く。
ただし、フィリップは喋りながらもこんなことを考えていた。
(あの違和感に気付かないのは、これも強制力か? ま、聖女ちゃんを使えば、兄貴を操れる可能性があると知れたのは儲けもんだな。今回のはやりすぎたからな~……兄貴に揉み消してもらおっと)
そう。フィリップは完全犯罪を捨ててアードルフ侯爵家の男を血みどろにしたから、他の人に罪が行かないか心配していたのだ。だからこそフレドリクを説得していたけど上手く行かなかったから、ルイーゼにはちょっと感謝してる。
それからボエルには本当に自首するつもりだったのかと聞かれたので、フィリップは軽く相手する。
「最悪の場合はね。揉めてた僕なら、皇家の裁きだと落とし所に使えるでしょ?」
「んん~? どういうことだ??」
「だから、暗殺者が見付からなかったら被害者の知人を片っ端から捕まえて拷問する必要があるんだけど、僕が裁いたことにすれば犯人を探す必要なくなるの。それに僕なら、数ヶ月の軟禁ぐらいの軽い罰で済むんじゃないかな~?」
「本当だ! 一番血が流れない方法だ!!」
ボエルがわかってくれたのはいいことだが、このままでは賢すぎるので、フィリップはフレドリクを使う。
「ま、お兄様もそのことはわかってたけど、僕の名前を貶めたくないとか考えて折れてくれなかったんだろうね~……」
「そりゃ兄弟だもんな。弟にそんな謂れのない罪は着せたくないってもんだろ」
「僕の名前なんて、すでに地に落ちてるのにね」
「うん……今回の件は、自首したほうがみんな感心するかも?」
ボエル、納得。醜聞の酷いフィリップが善行をしたとなれば、誰もが評価を上げると思っているらしい。
「そこまでは落ちてないと思うけど……」
ただし、フィリップは自分で言っておいて、そんなに評価が低いのかとちょっぴり悲しくなるのであった。
尻拭いを全てフレドリクに丸投げしたその夜、フィリップは夕食の席でリネーアに話を振る。
「なにはともあれ、リネーア嬢に暴力を振るっていた3人は帝都学院からいなくなった。家に圧力を掛けかねない父親たちも消えた。これで安心して授業に出られない?」
「え……」
フィリップが今後のことを口にしたら、リネーアは下を向いた。
「怖いのはわかるよ。でも、このままずっと僕の部屋にいるってワケにはいかないでしょ?」
「はい……」
「何もすぐ出て行けなんて言わないからね。ゆっくりと慣れていこう。ね?」
「わかりました……」
リネーアから許可を得た次の日、さっそくフィリップとリネーアは制服に着替えて校舎に向かう。
「……」
しかし、リネーアは玄関のところで一歩も動かなくなってしまった。
「深呼吸しよ? 自分のタイミングで出たらいいだけだよ」
なのでフィリップは優しく声を掛けて、急かすことはしない。
「頑張れ! あと一歩だ! その一歩さえ出たら、あとは余裕だから頑張るんだ!!」
ボエルもリネーアを力強く応援しているが、フィリップは黙ってボエルの手を取ってドアから離れた。
「頑張れは禁止」
「なんだよ。応援してるだけだろ」
「それが重荷になるの。いま、リネーア嬢は必死に頑張ってるよ。なのにそれより頑張れなんて言ったら、どうしたらいいかわからなくなるでしょ」
「そ、そんなモノなのか?」
「そんなモノなの。ホント、ボエルはガサツだな~」
「うっ……親兄弟がガサツだから……」
ボエルは言い訳するが、フィリップは信じてない目。その目に負けたボエルは助言を求めてた。
「笑顔で見守り、できてもできなくても、よくやったと褒めてあげるだけでいいんだよ。絶対にプレッシャーを与えるようなことを言ったらダメだからね」
「それだけか……でも、言葉のチョイスで失敗しそうだな……」
「もう黙ってて。その緊張した笑顔も禁止。リネーア嬢の視界に入らないで」
「そんなに酷いのか!?」
ボエル、戦力外通告。口からどんな言葉が出るかわからないし、笑顔も引き攣っているのでは、フィリップも無情な決断をするしかなかった。
「今日はこんなもんにしよっか。よく頑張ったね。あとはゆっくり休んで」
結局この日は、リネーアはその場から動けなかったが、フィリップはニッコリ微笑んで優しく中止を告げるのであった。




