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チョコレート  作者: 森 彗子
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以心伝心

「今、なんて言った?」


「バカたれって、言っただろ。お前」



頭が真っ白になった。



「バカたれなんて言ってない!」



と、私は意地になって否定したが、



「いや、言ったよ。聞こえたんだよ。この耳ではっきり聞いたから」



と平蔵は引き下がろうとしない。



私は廊下で向き合っていること事態が気に入らず、踵を返して背中を向けてやった。



「言いがかりはよしてよね。私からあんたに話しかけたことなんて、今まであった?」



「なかった。だから、気になったんだよ」



「とにかく!私は声に出してなんかないの!もう、話しかけないでよね!」



私はイライラを抑えることが出来ず、つい声を荒げながらとっとと教室に飛び込んだ。

あいつはまた無表情になって、後ろのドアから教室に入ると自分の席に大人しく沈み込んだ。



私の心臓はドキドキと早鐘を打っている。

急ぎ足のせいでふくらはぎが吊りそうだ。



イライラが収まらない。

教室には他に生徒が40人近くもいるというのに、

あいつの、平蔵の声だけがなぜか耳に入ってくる始末だ。



私はどうしちゃったんだろう。



忌々しい!!



国語の時間だというのに、

あいつが隣の雨宮とひそひそ声で喋っていることまでもが耳に届いた。



席は離れているのに、まるですぐ背後で喋っているかのように近くに聞こえるのだ。



なんだこれは!



(なんだこれは!

これじゃ、まるであいつのことが大好きなストーカーみたいじゃないか!)と、

心の中で叫んだときだった。



ガタン!!



と椅子が倒れる音がしたので、反射的にそちらを振り向くと、

平蔵が驚いた顔をして突っ立っている。

しかも視線がなぜか私にまっすぐ突き刺してくる。



(なんで、あいつ。私を見てやがるんだ!


こっちを見るなぁぁぁ!!)



「おい、奥田。なんで立ったんだ?座りなさい」



と、国語の先生が生徒を静かにたしなめた。

それなのに、奴といったらマネキン人形のように動かないまま硬直している。



(なんなのよ? あれ。どうしちゃったの? どっか悪いの?)



私は気になって、仕方なく平蔵を見ると。

平蔵は顔を赤くしてやっと座ったところだった。



耳まで赤い。

隣の雨宮が「あ!」と言って、平蔵の顔を指さした。



「血が!」



「高校生が鼻血を出しただけで授業が崩壊か?落ち着いて座りなさい」



先生は皮肉ぶっているが、教室中の生徒たちが普段とは様子が違う人気者の鼻血ですっかり落ち着きを失っていた。



平蔵は斜め上を見上げながら、周囲から差し出されたポケットティッシュでハナセンを作ってもらったものを、鼻の穴に突っ込んだ。



私はそれを見て

(…クックック、ざまぁない)とほくそ笑んだとき。



再びあいつは、私の視線に絡みついて来た。



目と目がしっかりと合ったとたん、不思議なことが起きた。



頭の中で平蔵の声がした。



【おまえ、丸聞こえだよ】



私はまた頭が真っ白になった。




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