第94話 進み続ける
「そう焦るなよ、少年」
シエラの軽い言葉が、古びた魔道具店の静寂を切り裂いた。
薄暗い店内に立ち込める魔法煙草の匂いが、重苦しい空気をより一層濃密なものにしていた。
フェンは答えることもできず、ただ沈黙を返すだけだった。
革のソファに向かい合って座る二人の間で、時間だけが緩やかに流れていく。
煙管から立ち昇る煙を優雅に操りながら、椅子に深く腰掛けるシエラ。
それとは対照的に、フェンは背筋を硬く張り、視線を床に落としていた。
小刻みに震える膝が、内なる焦燥を如実に物語っていた。
「まだ一回負けただけでしょうが」
シエラは煙管を吹かしながら、紫煙を幾重にも重ねて空中に輪を描いた。
細く長い指で煙管を軽やかに転がしながら、彼女は温かな眼差しでフェンを見つめている。
しかし、その言葉とは裏腹に、フェンの心は重い鉛のような現実に押しつぶされそうになっていた。
完全に負けた。
自分の全てを出し切って、その上であっけなく負けた。
単純に火力で負けたとか、作戦で負けたとか、そういう次元ではない。
魔法使いとしての素質の全てにおいて、フェンは圧倒的に負けていたのだ。
魔力も、戦術的思考も、実戦経験も————どれを取っても自分はセラフィリアに及ばない。
伝説の魔女という揺るぎない壁の前で、自分の無力さを痛感せずにはいられなかった。
希望の光が消え、沈んだ表情のフェンに対し、シエラはふと思い出したように微笑んで口を開いた。
「It ain't about how hard you hit. It's about how hard you can get hit and keep moving forward」
「?」
突然の格言に、フェンは首を傾げた。
「シルベスター・スタローンの名セリフさ。失敗したって次があるんだ」
シエラは煙管を置くと、ゆっくりとソファから立ち上がった。
年季の入った床板が軋む音を響かせながら、フェンの隣まで歩み寄る。
そっと差し出された彼女の手が、まるで子を諭すような優しさで、沈んでいるフェンの肩に触れた。
「未来なんてどうなってるかわからないけど、結果を得るためには進み続けるしかないだろ?」
その言葉に、フェンは徐々に視線を上げる。
そうだ。
カナを救うと、僕は心に誓ったのだ。
たかが一回負けたからなんだ。
何度負けたって、僕は挑み続けなければならない。
どんなことをしてでも、『ロード・オブ・ウィザード』に辿り着かなければならないんだ。
フェンは決意に満ちた表情で拳を握りしめ、心の中で自分を奮い立たせた。
敵わないなどという言葉は、ただの逃げ道に過ぎない。
今回は壁の大きさを知れただけでも収穫だ。
何度だって挑戦してやる。
自分の中にある弱さと向き合いながらも、それを乗り越えようとする強さが芽生えていた。
「シエラ、お願いだ。魔法煙草の量を増やしてくれ」
フェンが真摯な眼差しで懇願すると、シエラは意味ありげな笑みを浮かべた。
「そう言うと思って、仕入れておいたよ」
シエラが取り出したのは30個の魔法煙草だった。
その数を目にして、フェンは一瞬逡巡する。
これだけ必要なのは分かっているが、今の僕にこれを買う余裕はあるのか?
だが、そんな不安もすぐに解消される。
「料金はいいさ」
「え?」
シエラが軽やかに手を振って支払いを拒否したのだ。
フェンは唖然とする。
「あんたは宣言通り結果を出した。『ロード・オブ・ウィザード』に手が届くところまで来ている」
シエラは再び煙管を吸った後、唇の端を釣り上げる。
子供扱いされていた数週間前とは違う。
フェンを上客として扱ってくれているのだ。
「だからこれは投資さ。あんたに期待してんだよ」
「……すまないな」
「いいってことよ。悲願を遂げた暁には出世払いで頼むよ」
フェンは深々とシエラに頭を下げ、30個の魔法煙草を受け取ると静かに店を後にした。
その背中には、以前とは比べものにならないほどの強い覚悟が刻まれていた。
シエラは薄暗い店の奥から、若き魔法使いの背中が闇に溶けていくのを見つめていた。
その姿が完全に視界から消えると、静寂の中で意味深な微笑みを浮かべる。
「————ロッキーはそう言ったけど、ボディブローってのはジワジワ効いてくるものよね……」
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