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第89話 勝利の表と裏

 いつもの通学路から、魔法学校へと続く転移門へと入る。

 碧色の光が満ちる空間を進み、次元の狭間を潜り抜けていく。

 その先には、いつもの陰鬱な森の一本道と、朝靄に包まれた静寂が待っているはずだった。


 だが————いつもの通学路は、それとは真反対の途轍もなく騒がしいものになっていた。



「————おい、来たぞ! 生徒序列第三位、『幻影の新星(ミラージュ・ルーキー)』だ!」


「あれが『幻影の新星(ミラージュ・ルーキー)』————フェン・ニルヴァータか……!?」


「きゃああっ! フェン様よ〜〜!!」



 通学路は、まるで祝祭のような熱気に包まれていた。

 道の両脇には、まるで王族の行幸を見るかのように、生徒達が整然と列を作っている。


 まるで、スターを迎えるかのような賑わい。

 それが、魔法学校の正門まで途切れることなく続いているのだ。

 歓声と共に、興奮した視線が一斉にフェンへと注がれた。


 サルヴァトールを打ち倒し、生徒序列第三位という栄誉を手にしたことで、フェンの名は瞬く間に学校中を駆け巡った。

 そして、誰が呼んだかは知らないが、『幻影の新星(ミラージュ・ルーキー)』などという恥ずかしい異名までつけられている。


 沸き立つ歓声の渦の中心で、フェンは否応なしに注目の的となっていた。


 恥ずかしい……

 こんなの見せしめだ。

 今すぐに転移門を引き返して帰りたい。


 顔が一瞬にして熱くなる。

 頬から首筋にかけて、熱が広がっていくのを感じる。

 もてはやされること自体は悪い気はしないものの、元々目立ちたがらない性格の持ち主に、この騒ぎは心臓に悪い。


 だが、このまま立ち止まっていても、この恥辱が永遠に続くだけだ。


 フェンは我慢できず、魔法学校までの道を全速力で走り切った。


「はあ……はあ……!」


 やっとの思いで、校内の人気の少ない廊下まで辿り着いた。

 しつこく追いすがってくる生徒も何人かいたが、死に物狂いで逃げ切った。

 無駄な体力を使い果たし、壁に寄りかかって深い溜め息をつく。


 息を整えて、Aクラスの教室の方へ向かおうと足を進める。


 だがその時、廊下の曲がり角で誰かにぶつかりそうになった。

 いや————待ち伏せされていたのか?



「待っていたぞニルヴァータ! 頼む! 魔法煙草を売ってくれ!」


「次の試験は絶対に赤点を回避したいんだ! 俺にも頼む!」


「俺も彼女にいい格好を見せたい! 10個くらい売ってくれ!」



 蜂の群れのように、生徒達がフェンの周囲に押し寄せる。

 あまりの押しの強さに、フェンの表情は引き攣り、冷や汗が額を伝った。


 ジャイアントキリングの噂と共に、魔法煙草の噂も拡散していた。

 学校側に発覚していないのが不思議なほど、その噂は校内で公然の秘密となっていた。


 Cクラスの落ちこぼれだった生徒が、魔法煙草のおかげでたった数週間で第三位にまで上り詰めたのだ。

 その衝撃的な事実の前で、もはや誰もこの魔道具の効力を疑う者はいない。


 その結果、フェンは毎日、かなりの量の魔法煙草を売り捌くことになっていた。


 フェンが順位を上げることで、いい宣伝になる。

 あの奇妙な魔女商人の思惑通り————というわけか。


 フェンにとっても魔法煙草を売ることは、新たな煙草の調達のために必要だ。

 しかし今は、売ろうにも在庫が底を突いている状態だった。


「すまん————また今度な」


「え~~!」


 失望の声が背中を追いかけるのを振り切るように、フェンは足早にその場を立ち去った。

 フェンはまたもや息を切らして走ることになり、気づけば誰もいない校舎裏に逃げ込んでいた。


 休まるところがない。

 これが嬉しい悲鳴ってやつなのか……?


 生徒序列上位層はいつもこんな生活をしているというのか。

 気がおかしくならないのか? 僕と同じく魔法煙草で首席に昇りつめたあの男は。


 強くなるということ、周りに認められるということ————それは、こういうことなのか……

『ロード・オブ・ウィザード』になった時には、どうなってしまうんだろう……


 ふとそんな思いが、頭の中をよぎる。

 フェンの胸の内には、ほんの僅かばかりの高揚感が残っていた。

 知らぬ間に、浮かれていたのだ。



 フェンはそのまま、授業の時間になるまでこの場所でやり過ごそうとしていると————突然、怒鳴り声が響いてきた。


「なんだ?」


 怒号が壁を震わせるように響き渡っていた。

 生徒たちの騒々しい声とは明らかに違う荒々しい怒声。


 こんな朝っぱらから喧嘩だろうか?

 それとも、タチの悪い生徒が誰かに難癖をつけているのか。


 なんとなくの好奇心で、フェンは音のする方へと足を向けた。

 すると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。


 揉めているのはBクラスの上位生徒と————


「————ショーイ!?」


 血に染まった拳を振り上げ、Bクラスの生徒を打ちのめしているのは、紛れもなく親友のショーイだった。

 彼の拳に吹き飛ばされ、殴られた生徒達は涙を浮かべて地面にうずくまる。


 ショーイは以前から、ゆすりのような暴力行為を繰り返していたことは知っていた。

 フェンがそれに加担したこともある。


 だが、そこにいるショーイの様子は、いつもと何かが違う気がした。


「おらあっ! ムカつくんだよ、てめえの顔が! へへっ————Bクラスなんてこんなもんかよ!」


 ショーイは時に怒り、時に楽しむように、相手を執拗に痛めつけていた。

 その目は異様な昂揚感に輝き、唇は歪な笑みを浮かべている。

 憎しみと歓喜が交錯するように、ショーイは暴行を続け、床には小さな血溜まりができ始めていた。



 どうしちまったんだ……?


 何か、ムカつくようなことを言われたのか?

 そうだ。きっとそうに違いない。


 なんたってあいつは、いい奴なのだから————



 フェンは必死で友人の行為を正当化しようとした。

 だが、喉まで出かかった声はそこで凍りつき、フェンは結局、声をかけることはできなかった。


 拳が肉を打つ鈍い音が校舎裏に響く中、フェンはまた逃げるようにしてその場を立ち去った。


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