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第87話 揺らめく冷笑

 デモン大陸。

 ヴァイ・ゼヴァルト大森林の奥深く


 伝説の魔女の家————『アストラ家』


 その正面玄関の前に転移門が開かれた。

 淡く青白く輝くその光は、周囲の木々の影を幻想的に揺らめかせた。


 中から出てきたのは、魔法学校の授業を終えたアイス、リル、そしてセラフィリアだ。


「このワープも案外慣れるもんだな————よいしょと」


「おい、やめろ。私の前でそれをやるな」


 リルが懐から煙草を取り出して火をつけようとしたところを、セラフィリアが止める。

 いい加減、匂いがきつくて嫌になってきたところだったのだ。


「ええ? いいじゃねえかよぉ」


 面倒くさそうに眉を上げながら、リルは禁煙に抗議する。

 ぎゃーぎゃーと口喧嘩を繰り広げながら、アストラ家の屋敷に近づくと、一人の優雅な姿のメイドが丁寧に出迎えた。


「おかえりなさいませ。セラフィリア様、賢者様」


 アストラ家の婦長————ジンだ。


 ジンは、セラフィリア達が魔法学校に言っている間、この屋敷の防衛を務めている。

 アストラ家にとってもアイスにとってもここは重要な拠点だ。

 索敵にも防衛にも優れたジンの使い魔なら安心である。


「お部屋のご用意はできております」


「ありがとう。ジン」


 セラフィリアはジンに礼を述べると、アイス達を連れていつもの円卓の部屋に向かった。


 巨大な円卓が部屋の中央に鎮座する大きな部屋。

 古びた卓上の燭台に灯された蝋燭の炎は、不規則に揺れながら室内を幻想的に照らし出している。


 落ち着いて話をするにはいい場所だ。



「状況を整理しよう」



 アイスが円卓に座って、話を進めた。


「魔法煙草は順調に広がっている。主に序列が低い生徒達を中心にだ。あの()()()()が三位になったことで、魔法煙草の普及はさらに加速するだろうな」


 アイスがこの学校を征服するために、シエラによってばら撒かれた魔法煙草。

 その強力な効果は、本日行われた決闘で完全に証明された。


「あのスカし野郎との決闘、ありゃあ痛快だったな!」


 ビデオ屋で掘り出しもんを見つけたようないい気分になったぜ。

 リルが思い返すように笑う。


 セラフィリアも、あの男が第三位に勝てるとは思っていなかった。

 魔法使いの実力というのは、そう簡単にひっくり返ることはない。

 純粋種(ピュア・ウィザード)亜人種(デミ・ウィザード)との間には、埋まらない差がある。


 今回の決闘においても、力の差は歴然だったはずだ。

 それでもあの男は、魔法煙草と戦い方の工夫によってその差を覆し、第三位に勝利したのだ。


「メイド、他のところはどうなってんだ?」


「王国の方にも、信頼できる魔法使いを送って偵察を始めています。全て順調でしょう」


 裏で動いている計画も問題ないみたいだ。

 そちらはセラフィリアも関与していないところなので、詳細は知らない。


 ————というより、この魔法学校で行われている策略においても、セラフィリアはそこまで詳細を聞かされていない。

 アイスとの契約者でありながら、考えの全容を聞かされないのは、あまり気分の良いものではなかった。


 一体どうなってるのだ。

 流石に気になったセラフィリアは、アイスに問いかける。


「ここからどうなるんだ? 本当に煙草を広めるだけで、生徒達を手駒にできるのか?」


 セラフィリアの問いに、アイスは自信満々に笑みを浮かべて答える。


「毒は盛ったんだ。あとは回るのを待つだけさ。一ヶ月も経てば、この学校の全てを支配できる」


 セラフィリアの瞳に、わずかな疑念が揺らめいた。

 毒とアイスは言っているが、そんなもので人がついてくるものなのか。


「本当に、こんなんでいいのか? 信仰を集めて、生徒たちについてきてもらうのがあるべき姿じゃないのか?」


 遠くない未来、魔法学校の生徒達は『英雄の兵士』となり、魔王軍との戦いに身を投じることになる。

 そんな彼らに本当に必要なのは、深い信頼関係ではないのか。


 しかし、リルはその言葉を聞くや否や、嘲笑を浮かべながら肩を竦めた。


「おいおい、勘弁してくれよ————愛だの友情だの、ましてや信仰なんてのは、いざっていう時になんの力もねえんだぜ」


 ハリウッド映画じゃねえんだ。誰かに好かれようが、そいつが必ずしもてめえのケツの穴を守ってくれるとは限らねえ————

 リルは、悪い笑みを浮かべながら、人差し指を立てる。


「————重要なのは、いかにシンプルに考えさせるかだ。金がねえ、命が危ねえ————そういう根源的で単一な弱みを握るのが一番手っ取り早い」


 根源的で単一。

 生存本能のような、あらゆる生物が共通して持っている本質。


 それを利用するのが、最も確実だということだろう。

 信仰や理想など、そういった本質の前では瞬く間に崩壊してしまう儚いものに過ぎない。


 セラフィリアは一瞬言葉に詰まるが、納得したように頷く。


「分かったよ……私だって、信仰などという浮ついたものでうまくいくとは思っていない」


 信頼関係が必要だと思ったのは、単なる信仰という言葉の偏向だ。

 動物に信仰心というものはない。


 よって、必要ない。


 重要なのは、兵士を手に入れること。

 それが達成されれば、兵士達がどう思ってるかなど、どうでもいいことだろう。


 アイスは満足そうに笑い、付け加える。


「なんにせよ、計画は順調だ。あいつをよく見ておくといい————」


 アイスは満足げに口角を釣り上げる。

 蝋燭の揺らめく炎に照らし出されたアイスの表情は、何かを嘲笑うかのような冷笑だった。



「友情ってもんの儚さが見れるぜ」



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