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第84話 希望と勇気

 それからフェン達は、サルヴァトール戦に向けて三日間の特訓を始めた。

 本来なら、三日で特訓を行ったところで、魔法使いの実力が上がるはずもない。


 だが、たった三日でも何かが変わるのが魔法煙草の力だった。


 吸う量を増やし、強化された魔法を仲間達と試す。

 また、ショーイが戦った時のことを思い返し、対サルヴァトール用の作戦も考えた。


 できる限りの対策と準備を、仲間達と共に考え尽くした。

 フェンのやりたい事の全てに、ショーイとエリナを始めとした仲間達が付き合ってくれた。


 あとは、決戦の日を待つのみだった————。



 *



「すごいね! お兄ちゃん!」


 静寂が漂う白い病室で、カナが笑顔で迎えてくれた。

 柔らかな午後の陽光が窓から静かに流れ込み、清潔な白い壁を優しく照らしている。

 そこに座るカナの笑顔は、病室の空気を一瞬で溶かすかのように明るく輝いていた。


 病室の外は雲ひとつない快晴だった。

 フェンは、妹に会いに来るときはいつも晴れの日を選んでいるように感じていた。

 今日もまた、柔らかな陽射しが彼の心に静かな慰めを届けている。


 そんな天気も相まって、いつもカナに癒されるのだ。


「Aクラスになったなんて! 自慢のお兄ちゃんだよ!」


 カナは、まるで自分のことのようにフェンの成功を喜んでいた。

 ここが実家なんじゃないかと思うくらいの安心感。

 彼女の一挙手一投足が、フェンに元気を与えてくれる。


「————ああ、そうだな」


 しかし、フェンの返事は曖昧で、内なる不安が会話の空気を微かに歪めていた。

 明日に迫る決闘への緊張が、フェンの心の奥深くに影を落としている。


 強がりたい気持ちと、明日への不安が激しくせめぎ合っていた。

 カナの前では、()()()()()として強がっていたいのに、なかなかそれができない。


「どうしたの?」


 カナはいつもと違うフェンの様子に、すぐに気づいた。

 いつだって、彼女は兄のわずかな変化も見逃さない。


 だが、どう答えればいいのだろう。


 サルヴァトールとの決戦。

 自分が『ロード・オブ・ウィザード』となれるか、今の自分の実力が問われる戦いだ。


 これに負ければ、自分は全てを否定されることになる。

 自分のことだけではない。ショーイのプライドも、エリナの心配も、全てを無に帰すことになってしまう。


 それを伝えたところで、カナには何もできない。

 何かをしようとして、気を遣ったり、無理をしてほしくない


 でも、カナに対して隠し事はしたくない————


 心配させたくない気持ちと、嘘をつきたくない誠実さがせめぎ合う。

 どうしようか迷った末、フェンは黙り込んでしまった。


 何をしているんだ僕は……

 せっかくカナが起きて話しているのに、元気な僕が黙っててどうする……


 すると、カナがベッドから手を伸ばし、何かに葛藤しているフェンの重い手のひらに優しく触れる。


「あんまり無茶しないでね? 怪我したら嫌だよ?」


 カナは優しく微笑んでくれた。

 多くは聞かず、フェンを包み込んでくれるような温かい言葉。

 優しさは、まるで目に見えない魔法のようにフェンの心を癒し、彼の不安を一瞬で溶かしていく。


 守りたい。

 その言葉の優しさに、泣きそうになるくらい胸が締め付けられる。


 こんなにも清らかで強い少女が、病に苦しめられているという現実。

 その笑顔は、病気という暗い影を打ち破ろうと、こんなに強く輝いているというのに。

 カナが幸せにならないなんて、そんなのは、絶対だめだ……!


 カナのためにも、あいつに勝たなければならない。


「大丈夫だよ。ちょっと次の試験に緊張してるだけさ。でも、これが終われば、カナの病気を治すのに大きく近づけるよ」


 フェンはできる限り誠実に、カナに話す。

 妹を救いたいという一途な思いが、言葉の端々に滲み出ている。

 カナは兄の本心を見抜くかのように、一瞬切ない表情を浮かべたものの、すぐに晴れやかな笑顔に戻った。


「ありがとうね。お兄ちゃん———— きっとお兄ちゃんなら、その試験も大丈夫だよ!」


 カナの瞳が、太陽光を反射して光り輝く。


 希望と信頼が、光となってフェンの心に注がれる。

 カナの手は、小さいながらも力強く、フェンの手を握りしめた。


「お兄ちゃんは困難を乗り越える力があるんだよ! お兄ちゃんは最強なんだから!」


 その言葉は、フェンの力を何倍にも増幅させてくれる、勇気を贈る言葉だった。

 魔法煙草よりも何よりも力をくれる。


 フェンの表情は、静かな微笑みへと変わった。

 カナに色んなものを貰ったお礼に、フェンはそっとカナの頭に手を伸ばした。


「ありがとう、カナ」


 フェンはカナの頭を優しく撫でてやった。

 カナは気持ちよさそうに目を細めている。

 その髪は空気に触れているんじゃないかと思うくらいサラサラだった。


 そしてフェンは、決意を胸に立ち上がる。


「行ってくるよ」


「うん! 行ってらっしゃい!」


 カナは、精一杯大きく手を振り、フェンを送り出す。

 病室に響く彼女の声は、病気と闘う痛みなど微塵も感じさせない、純粋な喜びに満ちていた。


 荷物を持って病室の出口へと向かう。

 病室を出ようとしたとき、何かにつまづいた。


「あぶねえっ! なんでこんなところにガラスの破片が落ちてんだ!?」


「あははっ! お兄ちゃん、危ないよ〜〜!」


 兄の少しお茶目な所に、カナがくすくすと笑う。

 最後にカナの可愛い笑い声が聞けてよかった。


「おう! 気をつけるよ」


 フェンは笑顔で返し、慎重に足元を確認しながら病室を出る。

 看護師さんに、病室の掃除をお願いして帰ろう。



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