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第82話 一方的

 厚い鉛色の雲が空を覆い、陽光を遮断していた。

 魔法学校の中央広場

 生徒達の憩いの場所でもあるその場所に、緊張感が渦巻いている。

 人々は静かに、しかし熱狂的に集まり、目の前で繰り広げられようとしている出来事に息を呑んでいた。



「ショーイ!」


 フェンは群衆を躊躇なく押し分け、前へと進み出る。

 目の前には、広場の中心で毅然と立つショーイの姿があった。


「……フェンか————なんか、変なことになっちまった」


 ショーイは、鋭い視線を前方に向ける。

 正面に堂々と立っていたのは、魔法学校生徒序列第三位————


 スクロース・サルヴァトール。


 名高いサルヴァトール家の現当主である。

 その立ち振る舞いは、まさに純粋な魔法使いとしての矜持そのものだった。


「本当なのか? お前と第三位のあいつが決闘なんて……」


 フェンがショーイに近づいて尋ねる。


 序列の離れた生徒同士が決闘を行うことはあまりない。

 決闘は両者の合意を持って行われる。すなわち、どちらかが決闘に応じなければ、成立しない。


 ショーイもこの前の定期テストで順位を上げたようだが、それでも第三位(サルヴァトール)とはかなりの差がある。

 この決闘をするメリットは、全くと言っていいほどないはずだ。


 どうしてこんなことになったのか、まるで不可解だ。



 しかし、その問いに対するショーイの回答は、至極単純であった。


「喧嘩を売られたんだよ」


 ショーイは正面に立つサルヴァトールを睨みつける。

 その視線は怒りに満ちており、まるで刃物のように鋭く、相手を貫くかんとするようだった。


「薄汚いネズミどもがちょろちょろと————こんな下等な奴が、私と同じ学び舎で勉学に励むなど断じて許されることではない……!」


 サルヴァトールも拳を握りしめて、こちらに憎しみの目をむけている。

 相手も相手で、こちらに明確な敵意があった。


「……あいつのターゲットは、お前だ。フェン」


「なんだと?」


 ショーイは、これまでの経緯を吐き出すように語り始める。

 その声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。


「あいつは、俺にこう言った————金をやるから、フェンを(おとしい)れて退学させろってな。金使えばなんでも解決すると思いやがって……うぜえ言葉を全部無視して、足蹴りにしてたら、決闘を申し込まれたとか先生に吹き込みやがった————それで、これだ」


 多分、あの先生もあいつのグルだぜ。

 ショーイは、サルヴァトールとその横にいる決闘の審判を担当する先生を見て、吐き捨てるようにそう言った。


 まさか、そんなことになっていたのか……

 サルヴァトールの策略————金やコネを使って、自分の意に沿わない者を排除しようとする行いに、ショーイは巻き込まれたのだ。


「あんなやつ、ずっと嫌いでしょうがなかったんだ……いい機会だよ。俺がここでぶっ飛ばしてやらぁ!」


 ショーイが制御不能な激情に身を震わせている。

 フェンの目には、ショーイの様子がいつもと違っているような気がした。


「————お前、そんなに感情的になることなんて無かっただろ。相手は第三位だぞ? 今からでも考え直せって」


 明らかに分の悪い勝負。

 こいつは考えなしなところはあるが、それが分からないやつじゃないはずだ。


 しかし、フェンの忠告にも、ショーイは応じなかった。


「心の中に何かを秘めてんのは、何もお前だけじゃなかったってだけさ————それに、『ロード・オブ・ウィザード』を目指すなら、お前もどうせあいつとは戦わなきゃならねえだろ?」


 ショーイの瞳は、氷のように冷たく鋭い炎を宿していた。

 その視線は、フェンの反論を完全に封じ込めるかのような威圧感があった。


「————なら、お前の代わりに俺がやってやるよ」


 ショーイは、もうこちらには振り向かなかった。

 堂々と前に進み、サルヴァトールと対峙する。



 雨が降り出しそうな空の下、決闘の準備が整う。

 魔法学校において、生徒同士の対決は注目のイベントだ。

 特にAクラス————それも一桁順位(ナンバーズ)の生徒の決闘は、学校の人間全員が見たいものであった。


 審判の教師は、静かながらも厳粛な声で告げた。


「魔法無制限、どちらかが戦闘不能になれば勝敗を決する」


 ショーイとサルヴァトールが頷き、お互いの視線がぶつかり合う。

 周囲の空気は、まるで雷鳴が轟く直前のような緊張に満ちていた。

 息苦しいほどの静寂が中央広場を支配する。


「ショーイ……大丈夫かな……?」


「……」


 エリナのすすり泣きそうな声が、かすかに響く。

 フェンは何も言葉をかけられない。


 そんな余裕も、今のフェンにはなかった。



「では————始め!」



 先生の号令により、弾けるような歓声が巻き起こる。


 しかし————その歓声も長くは続かなかった。



 *




「勝者、サルヴァトール!」


 曇天の空に、審判の宣言が冷酷なまでに静かに響き渡った。


 ショーイは惨敗した。

 サルヴァトールが高らかに笑い、ショーイは地面に伏しているというこの状況が、決闘の結果であった。


 ダンジョン攻略で前衛を担当していたショーイは、近距離魔法を得意とする戦闘スタイルを持っていた。

 それに対し、サルヴァトールは圧倒的な遠距離魔法の火力で、一方的に攻め立てていたのだ。


 遠距離魔法を持たないショーイは対抗手段がなく、結局はサルヴァトールの魔法に対応することができなかった。

 集中的に魔法を浴びせられ、ショーイの魔法防御が破られるのにそこまで時間はかからなかったのである。


 誰から見ても一方的な敗北だった。

 あまりにもあっけない幕切れ。

 最初は戦いの熱気に興奮していた観客の生徒達も、途中から冷めた視線になり、中にはひそひそと陰口をする生徒までいるほどに盛り下がっていた。


 こんなにも差があるなんて……

 これが、純粋種と亜人種の力の差なのか?


「これだ! 弱者に格の違いを見せつけるこの感覚だ! こんなに気持ちのいい思いは久しぶりだぞ!」


 サルヴァトールは勝利の余韻を存分に楽しんでいた。

 地べたに這いつくばるショーイの頭を容赦なく踏みつけ、満面の笑みを浮かべている。


 友人がぞんざいに扱われる光景に、フェンの内なる怒りが限界に達していた。


「そうだ……そうやって頭を地面に擦り付けていればいいのだ。このゴミが————」


 サルヴァトールは無抵抗のショーイに杖を向けた。

 力尽きていたショーイはそれに反応することも、回避することもできない。



 その瞬間————フェンは無意識のうちにサルヴァトールの腕を掴んでいた。



「これ以上はやめろ……! もう決闘は終わったんだ!」



 これ以上、友達を無闇に傷つけられてたまるか。

 サルヴァトールに対する怒りは、理性を遥かに超える制御できない感情となって噴き出す。


 楽しみを止められたサルヴァトールは、ギロリとフェンの方を睨む。


「邪魔してくれるなよ……ゴミの分際で。今私は非常に機嫌が良い。久々の闘争で気分が高揚しているのだ。この気分を害されれば、貴様の友人の安全は保証しかねないぞ?」


 目がギラギラと血走っていた。

 純粋種(ピュア・ウィザード)————上位種族としてのオーラが、プレッシャーとしてフェンに突き刺さるかのようだ。

 その威圧感に、萎縮してしまいそうになる。


 でも、ここで逃げたら、何のために出てきたか分からない————

 フェンはサルヴァトールの腕を強く掴み直し、宣言する。



「————そんなに戦いたいんだったら、次は僕が相手をしてやるよ」



 サルヴァトールの動きがピタリと止まり、一瞬の静寂が訪れる。

 そして、奴はニヤリと口角を上げた。


「ほう、つまりこの私に決闘を申し込むということだな?」


「聞こえなかったのか? そう言ってんだよ」


 サルヴァトールは冷笑を浮かべたまま、フェンの方に振り向く。

 そして、見下すようにフェンに指を差した。


「今すぐにやるか? 私の力は、こんな雑魚との戦いで削られたりはせん。今からでも貴様を潰すことなど容易なのだ……」


「————なんだと……?」


 サルヴァトールの挑発に対し、フェンも前のめりで臨戦態勢を取る。

 後ろにいるエリナの必死の制止の声も、今のフェンには届かない。

 友人への仕打ちに対する怒りが、フェンの全神経を支配していた。


 お互いに杖を取り出して、第二の決闘が始まろうとしていたが————それを、先生が止めに入った。


「二人とも待ちなさい。決闘には最低でも三日の空き時間が必要だ。学校として、この決闘は認められない」


 サルヴァトールは先生にすらも鋭い視線を向けたが、先生が何か目配せをすると、杖をしまって身を引く。

 そして、フンと鼻で笑って身を翻した。


「まあいい————三日後だ。貴様と遊んでやることにしよう」


 そう言って、サルヴァトールは校舎の方へと帰っていった。

 気づけば、ギャラリーはいなくなっており、中央広場にはフェンとエリナ、そして倒れ伏すショーイだけが残される。


 その様子をAクラスの教室で見ていた誰かが、悪どい笑みを浮かべていた事は、この学校の誰も知り得ない。

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