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第75話 確かな可能性

「ゴホッゴホッ————まだむせるなぁ……」


 フェンは火をつけた魔法煙草を吸うが、肺が反抗するかのように煙を激しく拒絶し、苦しげに咳き込んでしまう。

 魔法学校のトイレに硫黄と薄荷が混ざったような香りが立ち込め、フェンの荒い息遣いだけが響いていた。


 どうしてこんな体に悪そうな煙を吸おうと思ったのか。

 あの商人は、頭がおかしいのか。

 フェンは不平不満を心の中であの商人にぶつけた。


 だが、頭がおかしかろうがなんだろうが、この魔法煙草の効果は紛れもなくフェンの力を変容させていた。

 マナが体内で渦を巻き、血管を這うように広がっていく感覚。

 魔力が増しているのを肌で感じるのだ。

 今の自分は、昨日の何倍もの強さがあると確信している。


「これなら……もっと上に行ける……!」


 この力を早く試したい。

 Aクラスの奴ら————生徒序列が上の連中は、きっと僕の名前すら知らないはずだ。


 目にものを見せてやる。

 ここに僕がいるということを、証明してやる。


 待っていてくれ、カナ。

 にいちゃんが強くなって、必ず病気を治してやる……!


 フェンは痕跡を残さないように後始末をし、トイレを出て実習場へと向かった。




「————遅刻だぞ、ニルヴァータ」


「すんません……」


 フェンが実習場に足を踏み入れると、すでに多くの生徒が整然と並んでいた。

 今日の授業は、AクラスとCクラスの合同授業。

 50人以上の生徒が、この実習場に集まっていた。


 生徒の列には、例の『ロード・オブ・ウィザード』————アイスクラッド・アストラの姿もある。

 魔法煙草を使って実力を偽り、あの場所にいるのだから卑怯なやつだ。


 フェンは、わずかに視線を鋭くし、アイスクラッドへの軽蔑を滲ませた。

 そして、Cクラスの列に静かに滑り込む。


「遅かったなフェン、何してたんだよ」


「別に、トイレ行ってただけだよ」


 ショーイの問いに、フェンは平然と応える。

 魔法煙草を吸っているというのは、絶対の秘密だ。誰にも知られてはならない。


「————フェン、なんか変わった匂いするんだけど気のせい?」


「え!? いや、多分気のせいだろ」


 フェンが少し動揺しながらも、なんとか誤魔化す。

 あっそ、と言ってエリナは前を向いてくれたので助かった。


 魔法煙草はそんなに臭うのか……?

 自分では全然感じないのに……


 もし魔法学校で、魔法煙草の存在がバレてしまえば、『ロード・オブ・ウィザード』になるという野望が遠のいてしまう。

 それだけは避けなければならない。


 フェンは改めて、気を引き締めた。


「では、授業を始める。今回のテーマは、『竜のテイム』だ」


 先生が前で黒板に文字を書き連ね、説明を始めた。

 竜について、そして使い魔やテイムについて、声を張って力説している。


 対して生徒達は、合同授業であり、実習場といういつもの教室とは違う空間ということもあって、全体的にそわそわしており、集中力を欠いていた。


「————まあ、説明はこれくらいにしよう。実際に見てもらった方が早い」


 そう言いながら、先生は杖を一振りすると、天井近くの空間が歪み、次元の膜が裂けるように転移門が出現した。

 その瞬間、生徒達の呼吸が止まる。


『グオオオオオオ……!』


 現れたのは、まさに神話の生き物そのものだった。

 青い鱗は、磨かれた宝石のように光り、金色の瞳は、何千年もの知恵と野性が宿る深淵のよう。

 巨大な翼は、空そのものを切り裂くかのような威圧感。


 金具で拘束されているとはいえ、目の前に立つのは、人間など瞬時に粉砕できる圧倒的な生命体であった。


「今から、竜のテイムを実演する。よく見ておくように」


 先生は竜に杖を持って近づいていく。

 竜は、本能的な警戒心剥き出しに、鋭い視線で先生を捉えていた。


 杖を構え、魔力を解放する。

 杖から放たれる魔力は、生徒たちの肌に粒々と感じられるほど、純度の高いオーラ。

 それは、徐々に膨張し、実習場全体を支配するかのような圧倒的な存在感で、生徒達は息を呑み、動くことさえ忘れていた。


 互いに目を逸らさない。

 先生と竜の視線が、無言の対話を続ける。

 緊張感が、空気中の塵さえも凍らせるかのようだった。


 そして————


 竜は、まるで深い敬意を払うかのように、ゆっくりと目を閉じ、頭を優雅に傾げた。


「————このように、竜はその者の魔法の実力を見抜き、竜の基準を満たせばテイム完了となる。本来のテイムとは少し異なり、実力を認めた同士となる、という感じだな」


 先生は杖を下ろし、生徒達の元へと戻る。

 生徒達も先生のパフォーマンスに興奮し、賞賛の拍手を送っていた。


 先生は一呼吸置いた後、生徒達を見渡し、声をかける。


「では————誰か試してみる者はおらんか? テイムに成功すれば、次の試験に加点しよう」


 一瞬にして、実習場は静かになる。

 流石にこの人数が見ている中で、あの強大な竜を相手に実技に挑もうとする生徒はいないだろう。


 フェンは葛藤していた。

 このまま沈黙を貫くべきか————それともここで手を挙げてテイムに成功すれば、実力の証明になるだろうか。


 だが、Aクラスの奴らも見ている中で、一番最初に手を挙げるのはやはり(はばか)られる。

 逆にここで情けなく失敗してしまえば、ただの恥晒しだ。

 フェンは流石に躊躇してしまった。


 それに、竜は魔法使いの実力を見抜くという。

 果たしてそれは、魔法煙草によって詐称された実力も見抜いてしまうのか。

 もしそうなれば、ここで前に出るのは得策じゃない。


 しかし、ではいつ自分の力を証明する時が来るのか————


 フェンが手を挙げるかどうかを迷っていたその時————突如、静寂を裂くかのように、ある生徒の手が高く掲げられる。



「おお、さすが首席だ。では、アイスクラッド・アストラ。前に出て実演してみてくれ」


「はい」



 手を上げたのは、『ロード・オブ・ウィザード』————アイスクラッドだった。

 まさか、あいつが……?

 あいつの実力は本物ではなかったはず————


 フェンが驚く間もなく、アイスクラッドは堂々と前に出る。

 そして、先生に促され、竜の前へと踊り出た。


 竜は新たな魔法使いに、再び警戒の視線を向ける。


 しかし、アイスクラッドの方は————魔力を解放する素振りもなく、杖すらも構えずにどんどん前進していった。


「お、おい! アストラ君、危ないぞ!」


 先生は警告するが、アイスクラッドは足を止めない。

 いくら拘束されているとはいえ、生身で近づけばかなり危険だ。


 そしてついに、竜の爪が届きそうなところまで、アイスクラッドは近づいていた。

 竜もそんな不届者を攻撃しそうな雰囲気を見せている。



 しかし————アイスクラッドが竜に右手を翳した瞬間、竜の動きがぴたりと止まった。

 まるで時間が止まったかのように、固まる。


 そして数秒後————竜はアイスクラッドに首を垂れた。


「「おおおっ!!」」


 生徒達から、歓声が爆発する。

 なんと、あの『ロード・オブ・ウィザード』は魔力を解放することなく、竜を制してしまったのだ。


「お、おう……よくやったなアストラ君、合格だ」


「ありがとうございます」


 アイスクラッドは丁寧に一礼し、生徒達の輪の中へと戻っていく。

 再び、先生は生徒達に声をかけた。


「他に、やってみる者はおらんかね?」


 静寂の中で、一筋の可能性がフェンには見えていた。

 もしかして……僕も行けるのではないか。

 あの『ロード・オブ・ウィザード』————アイスクラッドは、魔法煙草を使用している。

 それにも関わらず、竜はアイスクラッドの実力を認めたのだ。


 つまり、竜は対象の本当の実力を見抜けていない。


 あいつに竜のテイムができるということは、僕にも同じことができる可能性があるということだ。

 これは、絶好のチャンスだ……!



「————僕、やります」



 フェンは大きく手を挙げた。

 周囲の視線が、一瞬にしてフェンに集中する。


 前にいるショーイとエリナが、ギョッとした表情を浮かべていた。


「お、お前マジか!? 恥ずかしいだけだぞ!」


 フェンはショーイの忠告を無視し、Cクラスの連中を掻き分けて前に出る。

 そして、実習場の中心へと向かった。


「Cクラス、ニルヴァータだな。挑戦するのはいいことだ。やってみなさい」


 先生はフェンを竜の元へと促す。

 後ろから、「誰だあいつは」、「あいつCクラスだろ。無理じゃね?」といった声がヒソヒソと聞こえてきた。


 黙ってろ。

 今から僕の力を見せつけてやる————


 フェンが杖を構えた瞬間、竜の鋭い瞳が彼を捉える。

 それは、何千年分の野性と知恵が凝縮された、圧倒的な存在感。

 その一瞥だけで、普通の人間なら震え上がり、逃げ出すほどの凄まじい迫力だった。


 こんな化け物に、僕の実力を認めさせることなんて本当にできるのか……?

 並々ならないプレッシャー、そして恐怖が、フェンの体を硬直させる。


 だが、こうやって前に出てきた以上、結果を出さなければならない。

 ここでやらなきゃ、『ロード・オブ・ウィザード』になんて絶対になれない。


 ここを、僕という魔法使いの、スタートにするんだ————



「はああああああああっ!!」



 フェンは気合いの咆哮を迸らせ、魔力を全開放した。

 体の内側から爆発するように魔力が湧き上がり、オーラとして体の周りから爆発する。

 自分でも予想以上の魔力が放出され、体が浮き上がるのではないかと思った。


 実習場が(どよ)めく。

 これほどの魔力を、Cクラスの人間が出せるとは誰も思っていなかったのだ。


 先生に匹敵するくらいの、魔力の奔流が流れだし、実習場に渦巻く。

 フェンはその間、竜から目を逸らさなかった。



 認めろ————


 僕を認めろ————



 かつてないほどの気迫で、竜を睨み続ける。

 フェンの意識は、ただ目の前の竜にだけ集中し、研ぎ澄まされていった。


 そして、フェンと龍が睨み合って数十秒ほど経った時————竜は目を閉じた。



「やった!!」



 竜はフェンに向かって頭を下げていた。

 フェンの実力を認めたのである。


「素晴らしい! ニルヴァータ、合格だ!」


 先生の宣言と共に、割れんばかりの歓声が上がる。

 振り返ると、CクラスもAクラスの生徒までも、ほとんどが拍手をしてフェンを讃えていた。


 息が上がる中、フェンは自身の腕を見つめる。

 魔力を全開放した余韻が、まだ残っていた。


 やったぞ————

 この魔法煙草は————僕の力は、魔法学校のトップにまで通じるんだ……!


 賞賛の拍手の中、フェンは『ロード・オブ・ウィザード』の可能性に一歩近づいたことを確信していた。




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