第69話 部屋の隅にあったもの
昼前の陽射しが白壁を眩しく照らし、人気のない廊下に不自然な静けさが漂っている。
中庭の噴水が作り出す水音だけが、この忍び込みの足音を優しく覆い隠してくれていた。
他の生徒達がまだ学校の教室で勉強に励む時間————
フェン、ショーイ、エリナの三人は魔法学校『ウィンダム』の一等寮に集まっていた。
「ふいい……とりあえず最初の関門は突破だな」
なんとか警備員の目を掻い潜って、寮の中まで侵入することができた。
王国の高級宿のような豪華な建物。
正面玄関から廊下を通り抜けてきたが、どこを見ても煌びやかで上品な装飾が施されている。
魔法学校の南側に位置する『ウィンダム』の生徒寮は、学校が管理している最上級の施設だ。
親元を離れて生活している生徒たちは、こういった寮を借りて学校に通っている。
中でも一等寮は、上流階級の生徒や生徒序列上位の者が使用する最上級のものだという。
一部屋につき一人ルームサービスがつくような、極上の待遇が用意されているのだ。
そして、『ロード・オブ・ウィザード』であるアイスクラッド・アストラは、この寮の最上階の一室を借りているという噂だった。
「相も変わらず気に入らないところね。こんな高そうなオブジェクト飾っちゃって」
「俺達庶民には縁のないところだからな。まあ、その分お宝がたくさんあるってことだけどな」
「まあね〜」
エリナは廊下に飾られた高価なオブジェクトをつつく。
その瞳には冷たい感情が宿っていた。
生徒序列が上だからと言うだけで、こんなにも差が生まれてしまう。
不公平だと感じるのも無理はないだろう。
「お前ら急ぐぞ。僕たちの侵入がバレないとも限らない。サクッと盗るもん盗っちまおう」
中に入ってしまえば、一等寮の生徒のふりをしておくだけで、それほど不審に思われることはない。
忘れ物を取りに来たのかなと思われるくらいだろう。
作戦は至って単純。
『ロード・オブ・ウィザード』であるアイスクラッドは今頃、Aクラスでトップレベルの授業を受けている頃だろう。
その間に、フェン達は寮に押し入って貴重品を奪取する。
弱みを握れそうなものもあれば、最高だ。
もちろん、フェン達も授業をサボってしまうことになるので、首席を目指す身としては少々痛手だが、『編入者狩り』は今しかできない。
現首席を引き摺り下ろすチャンスだ。乗らない手はない。
三人は螺旋階段を登って、最上階に向かった。
「————うん、多分あそこだ」
フェンが指し示す正面に、一際豪華な部屋が見える。
最上階は生徒序列の上位層が住むところであり、流石に豪華さが下の階とは大違いだ。
床一面に敷き詰められた深紅の絨毯が足音を吸い込み、壁際には水晶のシャンデリアが煌めく。
各部屋の扉には一つ一つ、生徒の紋章が金色に輝いて刻まれ、その存在自体が身分の違いを主張しているかのようだ。
フェン達はなるべく音を立てないように移動し、突き当たりの部屋の扉に手をかけた。
「ちっ……さすがに鍵がかかってんな」
がちゃがちゃと取っ手をひねるが、扉は開かない。
いくら田舎者とはいえども、鍵はかけるタイプだったか。
だが、そんな予想外の状況にもフェン達は動じない。
「そうか————じゃあ、エリナ」
「まかせて」
エリナは猫のように軽やかな足取りでフェンと入れ替わり、扉に近づいた。
室内の照明に照らされた彼女の長い紫の髪が揺れる。
エリナは腰を落とすと、扉の隙間にあるかんぬきめがけて、人差し指を突き立てた。
彼女の特徴である装飾された長い爪が、まるで鍵を探るように隙間に滑り込んでいく。
『アシッド・ネイル————』
エリナの唇から紡がれる呪文とともに、彼女の爪が不気味な輝きを放って変容した。
爪の先端からは粘性のある液体が滴り落ち、金属に触れた瞬間から白い煙を上げ始める。
「これ毎回思うけど、扉は溶けないのな」
「金属だけ溶かすのよ、便利でしょ」
こんなマイナーな魔法、上位層もきっと覚えてないわよ、と皮肉じみたことを言うエリナ。
ジリジリという音とともに、扉の金属部分が溶解していく。
やがて、扉の突っかかりが消え、軋むような音を立てて開くようになった。
「よし、入ろう————」
三人は息を潜めて部屋に忍び込んだ。
どんな贅沢品があるのかと期待して入ったのだが————
「……」
三人は、完全に肩透かしを食らうことになる。
そこには想像していた豪奢な調度品も、魔法の道具も一切見当たらない。
あるのは無骨な机と椅子、そして質素なベッドだけ。
まるで修行僧の住まいと言われても、納得するくらいの簡素さだった。
「————机に教科書と杖が置いてある……どうやらここを利用した形跡はあるのね」
教科書にも丁寧に『アイスクラッド』と名前が書いてある。
ここが例の首席の部屋で間違ってないはずだ。
「まだ引越したばかりで物を持ち込んでないだけじゃないのか? 来るのが早過ぎたんだよ」
ショーイがぶっきらぼうに結論づける。
そう言われると考えなしだったと反省するしかないわけだが、それにしても物が少なすぎる。
フェンは部屋を見渡しながら、違和感を覚えていた。
この不自然なまでの簡素さには、何か意図があるのではないか。
何かを隠そうとしている……?
「こんな教科書だの杖だの盗んで帰っても全然金にならねえよ。もう行こうぜ?」
ショーイの諦めの溜め息が静寂を破る。
エリナも同意するように肩を落とし、部屋を後にしようとした。
フェンも仕方ないかと諦めかけた瞬間————部屋の隅に、何か落ちているのが目に留まった。
「……?」
好奇心に導かれるように、フェンはそれを手に取る。
一見すると何の変哲もない紙の箱。
だがなんだろう、この世のものとは思えないような妙な精巧さがあるというか。
とにかく、この部屋にあるものとしては明らかに異質だった。
どうやら箱の上部が開閉できるようになっているので、そこをそっと開けてみる。
中に入っていたのは————
「何かメモが書かれている紙切れと————な、なんだこれ?」
メモの下から現れたのは、20本ほどの白い棒だった。
人差し指ほどの長さで、綺麗な円柱の形状をしている。
一本手に取ってみると、先端に細かな粉のような物質が詰まっており、ボロボロとこぼれ落ちた。
なんだろう、これは……?
魔法の道具? それとも植物の肥料とか? それとも————
「何やってんだフェン! ずらかるぞ!」
ショーイの急かす声に、フェンは慌てて謎の箱と白い棒をローブのポケットに押し込んだ。
詰め込む際、箱が潰れないように細心の注意を払う。
そして、先に出ていった二人の後を追って部屋を飛び出した。
すると、廊下でがっかりした表情の二人が待っていた。
まだ午前中だと言うのに、彼らの顔には徒労感が濃く漂っている。
「も〜〜さすがにショック。こんなしょぼいんなら来なきゃよかった」
「マジでな。俺なんか留年のリスクを抱えて来たんだぜ?」
二人は不満を垂れ流しながら、螺旋階段を下りていく。
足音を立てないように気をつけながらも、その歩みには苛立ちが滲んでいた。
今回の『編入者狩り』で得られた戦利品は、金も貴重品も得られなかったので実質ゼロだ。
この謎の箱と棒を除けば————
「————まあいい、切り替えよう。帰るまでが遠足だ」
「そうね。寮監に見つからないように————」
「おっと、こんな時間に誰だい?」
突如響き渡った声に、三人の背筋が凍る。
その声は、聞き慣れない————しかし、どこか品のある響きを持っていた。
ゆっくりと振り返る三人の目の前には————
魔法学校の首席、『ロード・オブ・ウィザード』こと、アイスクラッド・アストラの姿があった。
「————やべ」
ショーイの動揺した声が喉から漏れそうになるのを、かろうじて押し殺す。
『編入者狩り』のターゲットがたった今、目の前に現れていた。
まさか、僕達の侵入がバレたのか……?
三人の頭の中では、戦うか逃げるかの二択が激しく駆け巡っていた。
しかし、かの『ロード・オブ・ウィザード』に戦いを挑むのはいくらなんでも無謀すぎる。
かといって、この狭い廊下で逃げ切れる保証もない。
最強の魔法使いを前にして、フェン達は判断を下すことができなかった。
「どうしたんだい? こんな時間に————さては、君達も忘れ物かい?」
「は?」
思ってもみない質問に、フェン達はポカンと口を開ける。
てっきり糾弾されるものかと思っていたが、その態度には全く敵意が感じられない。
「いやあ、魔法の授業だというのに、教科書と杖を忘れてしまってね。首席の名が泣いてしまうよ」
目の前の優等生は、まるで世間話でもするかのように後頭部を掻きながら、恥ずかしそうに笑う。
その姿は噂に聞く最強の魔法使いというよりも、等身大の学生のようだった。
呆気に取られていたが、フェンは気を取り直して、咄嗟に離脱を図る。
「あ、ああ……僕達も忘れ物だ。それじゃ、これで————」
未だ呆然としている二人の腕を引っ張りながら、その場から立ち去ろうとする。
しかし————アイスクラッドの話はまだ終わってなかった。
「そうだ————君達、白い箱を見てないかい?」
「!!」
フェンの足が、まるで呪縛でもかけられたかのように止まる。
ポケットの中の箱が、急に重たく感じられた。
白い箱ってまさか————
「手のひらに乗るくらいの小さな箱だ————非常に大事なものでね。僕の生死に関わるくらいに」
何も知らないショーイとエリナは、困惑した表情で顔を見合わせる。
フェンは二人の前方で一人、背中に冷や汗を滲ませていた。
「多分、僕の部屋にあると思うんだけど……まあ、見つけたら言ってくれ。もし見つけたら————絶対に中を開けちゃいけないよ?」
アイスクラッドはごきげんようと最後に言って、螺旋階段を上る。
その後ろ姿には、どこか意味ありげな雰囲気が漂っていた。
三人は一瞬の放心状態に陥るが、エリナが我に返り、フェンの体を激しく揺さぶる。
「フェン————フェン! こんなところにいたらあいつが戻ってくるよ! 早く逃げよう!」
ショーイも正気を取り戻し、フェンを引っ張るようにして寮の出口へと駆け出した。
一等寮の廊下に、三人の足音だけが静かに響く。
フェンは『ロード・オブ・ウィザード』という存在に圧倒されていた。
あいつはなんなんだ……? そして————
これは、一体なんなんだ……?
まるでポケットの中の箱が質量を増したかのように、強調して感じられた。
読んでくださりありがとうございます。
今作を読んで、なんかおもろそうやんと少しでも思ってくれたら↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




