第63話 下と上
「い、痛い! なんでこんなことをするんですか!?」
「うるせえな。上級生に逆らっちゃいけねえってママから教わらなかったか?」
薄暗い校舎裏で、冷たい春風が吹き抜けていく。
陽の光が届かないその場所で、下級生の悲鳴が虚しく響いていた。
ショーイが問答無用で、泣いて許しを乞う下級生を蹴り上げる。
その瞬間、下級生の身体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。
埃が舞い上がり、春の陽気とは不釣り合いな光景である。
下級生は咳き込んで涙を流していた。
「20、21、22————すごおい、結構持ってるね」
エリナが下級生の財布から、無慈悲に金貨を奪い取っていく。
彼女の指先は慣れた様子で、素早く金貨を数え上げていた。
今日は新入生が授業の教科書や学校生活に必要な用品を買う日でもあるから、その費用が入ってたりするのだろう。
春の新学期に必要な全ての物を買うための、大切な資金だったはずだ。
それを見た下級生が絶望の表情を浮かべる。
その顔には、これから始まるはずだった輝かしい学校生活への期待が、脆くも崩れ去っていく様が浮かんでいた。
「はい、これフェンの分ね————それからショーイのはここに置いとくわよ」
「おい、お前余計にがめたりすんじゃねえぞ、山分けだ山分け」
「わかってるっつうの」
エリナから金貨20枚を袋に詰めてもらう。
金貨袋をのぞいてフェンは笑みを浮かべた。
袋の中で、金貨が静かな音を立てて揺れている。
これを何回か繰り返せば、今月のカナの入院費はすぐに稼げる。
やはり、新学期を早くに来て正解だった。
「ど、どうして!?」
すると、下級生が泣きながら糾弾する。
切迫したその声には、疑問と怒りが混ざっていた。
「ここは格式の高い『ウィンダム』魔法学校のはずでしょ!? 何人もの魔女や魔法使いをこの世に生み出してる、入学できるだけで名誉な学校————そこに、なんであなたたちのような人がいるんですか!?」
涙を流しながら、自分に降りかかった理不尽を叫んでいる。
その声は、校舎の壁に反射して虚しく消えていった。
この学校に入れば、平和で秩序ある学校生活が送れると思っていたのだろう。
新入生特有の、夢見がちな期待だ。
だが、それは違う。
そんなおめでたい環境など、この世のどこにもない。
「うるせえっつってんだろ、こんの————」
「勘違いをするな、一年生」
ショーイが殴ろうとする前に、フェンが口を開く。
そして、地面に伏している下級生に近づき、腰を下ろした。
「お前が考えているような楽園はこの場所にはない。ここは弱肉強食————弱い奴は淘汰され、強い奴がこの学校を支配できる」
地位も名誉も。
そして授業を受ける金すらも、強くなければ手に入れることができない。
フェンの無感情な目に気圧され、下級生はがくがくと震える。
その震えは、地面に落ちた影まで揺らしていた。
「強くないならとっとと帰れ。また僕達の前に顔を出すようなら、僕達は同じことをする————分かったか」
「ひ、ひいい!!」
下級生は悲鳴を上げながら走り去る。
その足音が遠ざかっていき、校舎裏が静かになった。
「何熱くなってんのフェン。せっかくかもれそうなのに、あれじゃもう学校来なくなっちゃうじゃん」
「別に、ちょっといらついだだけだ」
自ら弱者に成り下がる。
そんな姿が気に入らなかったのだ。
弱さを受け入れるという選択への軽蔑が、フェンの胸の中で渦を巻く。
本当の弱いということは、カナのような存在のことを言うのだ。
病床に横たわり、魔法の才能を生かす機会すら与えられない妹。
運命によって、強くなることを許されない存在。
その無力さこそが、本当の弱さなのだ。
それに比べたら、強くなることを簡単に放棄しようとするあの腰抜けが許せなかった。
本当に弱ければ、奪われるのは金だけではない。
「しらけちまったな。行くか」
三人は下級生から奪い取った金を分け合い、校舎の方にむかう。
濃霧はいつの間にか晴れており、朝日に照らされた校舎が、まぶしいほどの輝きを放っていた。
その後、ショーイとエリナはこの金で遊びに行こうと、執拗にフェンを誘ってきたが、適当にあしらった。
そんな時間は、フェンには無い。
もう直ぐ授業が始まるからだ。
時計の針が、容赦なく時を刻んでいく。
「あ? なんだありゃあ」
三人で校舎に向かって歩いていると、目の前に大きな建物————第一実習場が見えてきた。
500人近くいると言われている生徒が全員入れそうなほどに、大きな建造物。
もう朝礼は終わったかと思っていたが、まだ中に生徒達がいるようだ。
建物の中から、ざわめきが聞こえてくる。
そして、中にいたのは生徒だけではない。
教職員や外部の魔法使いなど、様々な観客が、実習場の入り口から溢れんばかりに集まっていたのだ。
「なんかやたらと人が多いな。いつもこんなんだっけ?」
ショーイが怪訝な顔をする。
フェンが思っていた違和感は他の二人も思っていたみたいだ。
すると、エリナが思い出したように、あ、と声をあげた。
「そういえば、今年とんでもない編入生が入ってきたとか、ママが言ってた気がする」
「別に編入生なんて珍しいことじゃねえんじゃねえの?」
ショーイが反論するが、エリナが指を振って話を続ける。
「その編入生、なんでも編入試験でやばい点数叩き出したらしいの。それでそのままなっちゃったらしいのよ————『ロード・オブ・ウィザード』に」
「え?」
エリナの話にフェンとショーイが驚愕する。
その称号は、この学校において最強の魔女、または魔法使いにのみ与えられる。
編入試験のみでその称号を得るなんてありえるだろうか。
学校外部から来た者が、頂点の座をひっくり返すなんてことは、今まで聞いたことがなかった。
だとしたら、この人の多さも納得だ。
史上最強かもしれない魔法使いを一目見ようと、これだけの人々が集まったのだ。
「そりゃさすがに聞いたことねえな。『ロード・オブ・ウィザード』自体、ここ数年変わってなかったっていうのに————て、おいフェン!」
フェンの足が、勝手に動き出した。
『ロード・オブ・ウィザード』
その称号への渇望が、フェンの心を掻き立てる。
フェンが目指すべき所であり、妹を救うための、唯一の希望だ。
報奨金を貰って、カナの病気を治す。
そのためには、新しくその称号を冠した件の編入生を負かして、首席の座を勝ち取らなければならないのだ。
気にならないという方が無理な話だろう。
その思いが、フェンを突き動かしていた。
「……ちっ、どけ!」
フェンは実習場の入り口に溜まっている人混みを掻き分けて、無理やり中に入ろうとする。
肩がぶつかり、文句を言う声も聞こえるが、もう止まることはできない。
新たな『ロード・オブ・ウィザード』を一目見ようとあつまった観衆を押しのけて、フェンは実習場の中に入った。
実習場の広大な空間。
天井近くに設置された魔法の照明が明るく輝き、床や壁には実習で使うのであろう様々な魔法陣の紋様が刻まれている。
学校のほぼ全ての生徒が、始業式のために整列していた。
前列には新入生、その後ろに学年順で上級生が並び、両端には教職員の姿も見える。
数百人の生徒たちが織りなす静寂が、ただならぬ緊張感を生み出していた。
そして、その全員が注目するのは、壇上にいる一人の人物。
今年の『ロード・オブ・ウィザード』————黒髪の男が張り詰めた空気の中、ちょうど挨拶を述べる所だった。
「初めまして。僕の名前はアイスクラッド・アストラ————気軽に、『アイス』と呼んでください」
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