第62話 登校
森の中に、霧が不気味なほどに立ち込めている。
冷たい湿気、おどろおどろしい雰囲気、それが、ここが外界とは隔絶された場所だということを如実に表していた。
そんな人間が立ち入ることは許されないような場所であるにもかかわらず、森の中心には一本の舗装された道が不自然に続いていた。
その道に人の気配は一切ない。
鳥の鳴き声も風の音すらも消え、ただ静寂だけが支配する異様な光景だった。
その静寂を破るように、突如として空間の裂け目が現れた。
緑色の光が暗い森の中を照らし、その光の中から現れたのは、黒いローブに身を包んだ魔女と魔法使い達。
彼らは、無言で裂け目をくぐり、次々と地面に降り立つ。
それに続いて無数の空間の裂け目が道のあちこちに現れ、そこから多くの生徒が整然と足を進めていく。
生徒は皆、手に杖や魔法書を握りしめていた。
そして、彼らが向かう先————濃い霧の向こう。
そこには、巨大な城がそびえ立っていた。
霧の中からゆっくりと姿を現すその城は、石造りの古びた外壁に、無数の塔が天に向かっていた。
幾世紀にも渡り建てられてきたような古代の魔力が、その石壁一つ一つから滲み出ているようだ。
城の周囲には魔法学校のシンボルが空中に浮かび、絶え間なく輝いていた。
ここは、魔法学校『ウィンダム』
魔女、魔法使いのための教育機関だった。
人間種が生息する五大陸のはるか南西に位置する孤島。
常人が知ることは決してない場所に、その学校は存在する。
古代の大魔法使い『アルセウス・アンデルーシュ・ウィンダム』とその弟子達によって設立された研究機関であり、当時は魔法物質の研究のために作られたものであった。
それが魔王大戦によって当時の研究者は死亡または失踪。
英雄『賢者』によって、魔力の使用方法が『魔法』として体系化されたこともあり、世界中の魔女、魔法使いを招待し、魔法を教える教育機関として生まれ変わったのである。
この数百年間、世界で唯一の魔法学校として、数々の魔法の専門家を育ててきた。
そして、この学校で最も特徴的なのは、残酷なまでの実力至上主義だということ。
生徒達は潜在的な魔力量、魔法知識、実戦における戦闘力などあらゆる面で評価され、生徒の序列が決まる。
序列によって、学校側の支援も変わり、上位になればなるほど援助が増える。
そして、その序列の頂点に位置するのが————
魔法学校の首席、『ロード・オブ・ウィザード』
生徒の中で誰よりも魔法が優れている者に与えられる称号である。
その名誉を讃えられ、学費免除に加え、報奨金、そして、名門魔女家や大企業への就職の確約など、さまざまな特典があると言われている。
生徒達はその富と名誉、そして権力を欲し、日々勉強に励み、切磋琢磨しているとのこと————
そして、僕————フェン・ニルヴァータもこの『ウィンダム』の生徒の一人だった。
「ふわああ……」
高位魔法『ゲート』によって作られた空間の裂け目を通りながら、フェンは大きくあくびをする。
緑色の空間を通った向こう側には濃い霧が立ち込め、視界を白く遮っていた。
目を細めながらもその先は曖昧にしか見えない。
まるで鉛を詰め込んだかのような頭を振り、意識を保とうとするが、それも徒労に終わる。
目の奥が痛いほど眠気が押し寄せ、ここ数年で一番の睡魔と戦っているような気さえした。
いつもこんなにも眠かっただろうか。
まだベッドの中にいれば、と後ろ髪を引かれる思いが何度も襲う。
だが、眠いからと言って授業をサボって二度寝するというわけにはいかない。
決めたのだから。
首席を取って、その莫大な報奨金でカナを救い出すと決めたのだから。
もう以前までの自分とは違う。
フェンの新たな決意は既に胸の内にあり、魔法学校へとつながる通学路を進む。
石畳の道は霧に濡れ、靴底を滑らせそうになる。
霧の向こうからは学校の尖塔がぼんやりと浮かび上がり、その姿は幻のようにも見えた。
その時、フェンの前で立ち止まっていた男と、肩がぶつかった。
意識が朦朧としていた反動か、予想以上の勢いでぶつかってしまう。
相手は思いがけない衝撃に、体制を崩していた。
「————おい」
ぶつかった男が低い声で呼び止めようとする。
フェンは無視してそのまま歩き続けた。
後ろから男の足音が近づいてくる。
石畳を踏む音が霧に吸い込まれながらも、その間隔が確実に縮まっていく。
そして————後ろから覆い被さるように肩を組んだ。
「なんだよフェン! この時間に起きてるなんて珍しいじゃねえか!」
「うるさいなショーイ……今めっちゃ眠いんだよ」
突然馴れ馴れしく肩を組んできたこの男————ショーイが大口を開けて笑う。
金色の髪がこの濃霧の中でも目立つくらい派手に輝いていた。
学校のローブは乱れ、第一ボタンから覗く白いシャツまでもが歪んでいる。
首元には微かに香水の匂いが漂い、昨夜の遊び人としての素顔を隠そうともしていない。
「もしかして俺に会いにきてくれたのかぁ? 嬉しいぜぇ」
「おい……くっつくな鬱陶しい」
フェンが嫌そうに身をよじった。
眠気で重たい体に、制服の袖が邪魔くさく絡む。
「朝っぱらから何やってんのよ、あんたら」
その時、後ろから声をかけられる。
これも聴き慣れた声だ。
振り返ると、こちらも派手な格好をした女生徒が、霧の中から姿を現した。
「暑苦しいのよ。私は男同士のそんなの見せられても嬉しかないから他所でやってね」
「相変わらずきついな……エリナは」
ショーイが肩をすくめながら、フェンから腕を外す。
艶のある紫色の髪を不規則に編み込んだエリナは、今にも閉じそうな目でこちらを見ていた。
派手な見た目の耳飾りと髪飾り、あえて長くしているらしい爪は桃色に着色されている。
制服である黒いローブは、裾を大胆にカットして短くしており、肌色の太ももが直に見えていた。
その派手な装いの奥に、どこか投げやりで面倒くさそうな様子を覗かせながら、彼女は大きなため息をつく。
「てか休み終わったのまじクソじゃね? クソジジイに家追い出されたんだけど最悪〜〜」
「俺もだわ。もしかしてフェンもその口か?」
「……まあ、大体な」
フェンは少し嘘をついた。
確かにいつもは、あのヒステリックな父親に起こされることも多かったが、今日、早くに学校に来たのは自分の意思だ。
『ロード・オブ・ウィザード』になるためには、授業にもついていかなければならない。
サボり癖のある体には酷だが、徐々に慣れていかなければ。
「こんなくそねみい状態で授業とか考えらんねえ〜。なあ、フェンこのままバックれねえか?」
「いや、今日は授業に出るさ。お前こそ、出席日数ヤバいんだから出とけよ」
「それを言うんじゃねえよ」
いつもの調子でバカみたいな会話を交わす。
確かにこいつらとつるんで授業をサボったりしたこともあるが、そんなことをしていても、絶対にこの学校で首席になんかなれない。
いつものように他愛もない話をしながら校門を抜ける。
霧の向こうから、魔法学校の門柱が姿を現す。
魔法結晶が埋め込まれている門は、かすかな魔力の光を放っていた。
そこで、フェンはそこで、ふとあることに気づいて立ち止まる。
「そういえば、新学期の始めだから今日は始業式か?」
「ああ〜〜確かに。私、校長の話ずっと立って聞くとかまじで無理だわ」
エリナが嫌そうな表情を浮かべている。
これに関してはフェンも同意で、始業式なんてのに参加するのは時間の無駄だ。
校長の話を聞いて成績が良くなったりするわけでもない。
それくらいなら————こっちの方がよっぽど有意義だ。
「だったら先に、銀行でもよるか?」
フェンが二人に提案をする。
すると、二人が悪どい笑みを浮かべて、頷く。
霧の中でその表情は、いつも以上に怪しく見えた。
「いいね、それ」
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