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第60話 空虚からの覚醒

 何もない空間。


 それは底知れぬ暗闇であり、冷たく、重たい。

 目を開けても、閉じてもそこにある空間には変化がなかった。


 その暗闇は、まさに空虚な自分自身を映し出しているかのようだった。

 無限に続く虚無が、心の奥底まで広がっている。

 そこには、何の音も、何の動きもなく、時が止まったかのように全てが静止していた。


 その空間に明かりはない。

 照らすものは何もない。

 目指すべき場所も、進むべき道も見えない。


 まるで、自分自身がこの暗闇と同一化してしまったかのように。

 何もかもが無意味に感じられ、手を伸ばす先にすら何も見つけられない。



 どうしてこんなにも何もないのだろう?



 心の奥底で問うが、その答えはあまりにも明白だった。


 何も求めなかったからだ。


 望むことをやめた人生には、当然何も与えられない。

 それでいて、何も失うこともない。


 ただ、静かに沈んでいく。

 何かを諦めた時から、この闇は形作られたのだろう。


 後ろから誰かが、「それでもいいじゃないか」と囁く。

 その声は自分自身を説得し、安心させるには十分だった。


 これは、諦念だった。



 それでも、どこかに変わりたいという欲望はあって。

 闇の中で、火種を探し続ける。


 何かきっかけさえあれば————それがあれば、変わることができるかもしれない。

 そう信じたいのに、火種は見つからない。


 流れに身を任せるしかない。

 だが、どこかにきっかけを追い求める自分がいたのだった。



『————求めろ』



 突然、頭の中で声が響いた。


 その声は聞き慣れたものではない。

 見知らぬ声が、波紋のように心の闇を揺さぶる。


 それでも、その声に耳を傾けずにはいられなかった。

 声が闇の奥底にまで広がり、その静寂を破っていく。



『————頂点を求めろ』



 誰かも分からぬ声に耳を傾けていると、暗闇の中に微かな光が差し込む。

 ここに無かったはずの火種が、突如として現れたのだ。


 輝きが空虚な世界を照らし始める。

 それは小さな炎だったが、確かにそこに存在している。


 ずっと探し続けていたものが、今、目の前にある————



『家族を守りたければ、頂点を求めろ』



 火種は急速に燃え上がり、周囲の暗闇を押しのける。

 炎は一瞬のうちに広がり、その熱が空虚な心を満たし始める。


 燃え盛る炎は、もはや押しとどめることはできない。


 暗闇を支配していた冷たさが消え去り、空間全体が輝き始めた————





「————フェンおにいちゃん?」



 その時、僕————フェンの意識が覚醒した。

 暗闇に彷徨っていた意識を引き戻すように、優しい声が響いた。

 はっとして、反射的に頭を上げ、知らぬ間に垂れていたよだれを慌てて擦り取る。


 目の前には、見慣れた小さな姿があった。

 可憐な少女が、純粋な眼差しでこちらを見つめている。



「お見舞いに来たのにおにいちゃんが寝ててどうするのよ。おかしなおにいちゃん」



 彼女はコロコロと笑っていた。

 まるで小鳥のさえずりのような、柔らかく、弾むようなその笑い声に、胸の中に残っていた冷たい重みが少しずつ消えていくのを感じる。


 太陽のように眩しいその笑顔————それだけで、世界が明るく変わっていくように思えた。



 これが、僕の大切な家族だ。




 *




 緑が広がる丘の上に、小さな病院がひっそりと佇んでいる。

 静けさが漂うその場所は、澄んだ空気と共に時間がゆっくりと流れているようだった。


 自然に囲まれたこの病院の最も端にある一室————

 そこには、僕の大切な妹が入院している。


 名前は、カナだ。


「————それで、ショーイの奴がバカでさ。トイレの中に炎魔法突っ込んで爆発させたんだ。それで先生にこっぴどく叱られててさ」


 僕はいつものように、カナに学校での話をする。

 彼女が外に出られない分、少しでも学校の空気や雰囲気を感じられるように。

 できるだけ生き生きと、面白おかしく話す。


 カナは、ここを離れることができないくらい体が弱い。

 長い間、ここに入院し、ベッドの上で過ごしてきた。


 僕にできるのは、少しでもカナの笑顔を引き出すことだ。


「ああ、ごめんな……またにいちゃんばかり喋っちゃってるよな」


「ううん、いいの。おにいちゃんの話、おもしろいから」


 カナはいつも、優しく微笑んでそう言ってくれる。

 その笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなるのだ。


 少しでも元気になってくれるのなら、こんな他愛もない話でいいのなら、いくらでもできる。


「明日から新学期だよね」


 カナが話題を振ってくる。

 彼女には新学期も何もないのに、学校の話をしていたせいか。


 もう何年も入院生活を続けているカナにとって、季節の変わり目は窓の外に映る風景の変わり目にしか過ぎない。

 やはり、カナは外の世界に憧れを抱き続けているのだろうか。


「ねえねえ、お兄ちゃんの学校は魔法使いのすごい学校なんでしょ? 私も魔法の勉強をしたら、お兄ちゃんの学校に入れるかな」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が苦しくなった。

 カナが学校に通う姿————それは彼女の病気を考えれば、少し現実的ではない。

 それでも、彼女の夢を否定したくなかった。


「きっと、カナならきっとできるよ」


 僕は笑みを浮かべ、彼女の頭に手を置く。

 そうすると、彼女の笑顔はまた、太陽のように輝くのだ。


「そうだよね————ゴホッ、ゴホッ!」


「カナっ!」


 カナが突然、激しく咳き込む。

 僕は慌てて彼女の肩を支え、背中をさする。

 小さな体は痛々しく震え、彼女の苦悶の表情が胸に突き刺さった。


 心臓が締め付けられるような焦りと共に、彼女の顔を覗き込む。


「……ごめんね、最近体の調子が悪くなっちゃったんだ。おにいちゃんに心配かけないようにって、頑張ってたんだけど」


 彼女のか細い声が耳朶に響く。

 咄嗟に支えた体はとてつもなく軽く、弱々しく感じた。


 このままじゃダメだ。

 カナの病気は確実に彼女の体を蝕み、寿命を喰らっている。



 一刻も早く、もっと設備の整った病院に移るべきだ。



 でも、それには金がいる。


 莫大な金が必要だ。



「————にいちゃん、頑張るよ」



 僕は決意した。

 いや、ずっと前から覚悟はできていたはずだ。


 それがたった今、自分が果たすべき使命へと、はっきり変わった。



「僕は必ず魔法学校の主席になって、報奨金をたくさん貰って、お前の体を治してやる」



 絶対だ。

 どんな手を使ってもやり遂げる。


 その日が来るまで、待っていてほしい————



 兄の決意に、カナはいつものように笑顔を見せてくれた。



「ありがとう、フェンおにいちゃん」



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