第58話 狡猾な魔女
「お母様!!」
セラフィリアは息を切らしながら、先を行くアルファに追いつこうとする。
急ぎ足で廊下を駆け抜ける中、焦りと疑念は少なからず胸の中に渦巻いていた。
あの男の催眠はかかっているのか。
それとも————何か別の思惑があるのか。
はっきりさせねばならない。
「お待ちください! お母様!」
アルファがゆっくりと振り返った。
その動作一つ一つに、気品と威厳が漂っている。
赤い髪が揺らめき、まるで全てを知っているかのような静かな微笑を浮かべていた。
「どうしたセラフィリア。そんなに焦った顔をして」
「あの……教えてください。どうしてあの男を見逃したのですか?」
セラフィリアは真正面から問いをぶつける。
その問いに対して、アルファの表情は崩れず、むしろその笑みが深まった。
「————まさか、あの男に私が操られているとでも思ったか?」
「!」
セラフィリアは息を飲んだ。
まるで胸の内にある懸念を見透かされたかのように、アルファはセラフィリアが危惧していた状況を逆に問いとして投げ返してきたのだ。
「安心しろ、私は懐柔されても洗脳されてもいない。私があの男を見逃したのは、あの男に利用価値があると思ったからだ」
確かにアイスは魔法以外の概念をこの世界に持ち込み得る危険人物。
人を操る能力だってある。
だが、そのリスクを鑑みても、奴は使える。
アルファはそう判断したのだ。
「私の目的は、この世界に再び魔法の時代を到来させること。それを達成するためなら、使えるものはなんでも使ってやろう」
「お母様……!」
それが賢者であろうが、悪党であろうが。
目的の達成のためならば、手段を選ばない。
アルファの美しい微笑みの裏に潜む、魔女としてのプライドと野心を垣間見た瞬間、セラフィリアは胸の中にわずかな安堵を感じた。
アイスに催眠されてしまったかと思ったが、きっと、お母様は操られていない。
お母様はお母様だ。
セラフィリアがほっとしていると、アルファが徐に近づいてくる。
そして、優しく頬に手を添えられた。
「————なるほど、見ない内に随分魔力が落ち着いたようだな」
優しい表情をしたアルファの顔が、すぐ目の前に迫り、セラフィリアは少し緊張する。
アルファもセラフィリアと同様に魔眼を持ち合わせており、セラフィリアの変化を正確に見抜いていた。
「賢者と行動を共にしたことで、知見が広がったのだろう?」
「……」
知見が広がった————
確かにそうかもしれないが、それは本当に良いことなのか。
確かに、アイス達と共に過ごす中で、魔法だけではなく異世界の技術や戦術にも触れる機会が増えた。
リルの銃の使い方、そして相手を騙すことに特化した新しい戦い方————それらを目の当たりにして、新しい感覚に心が震えたのを覚えている。
でも————私は魔女だ。
魔法以外の力に関心を持っていいのか、それは魔女としての誇りを捨てることになるのではないか。
セラフィリアの心中には葛藤が渦巻いていた。
そんな彼女の迷いを見透かしたかのように、アルファは微笑みながら続ける。
「お前の魔法は少し力み過ぎていたところがある。全て力勝負で解決しようというところがあったからなだが、頭を使って少ない力で解決できるのであれば、それに越したことはないんだよ」
「……そんな戦い方でも良いのですか?」
心の内に罪悪感を抱きながら、重ねてアルファに問う。
魔力を惜しまずに使い、正面からの力比べこそが魔女の力を示すために必要だと思ってきた。
それにこだわらなくても良いのか。
魔力を抑えても————あるいは魔法を使わずとも、戦って良いのか。
「いいとも————魔女とは、ずるい生き物なのだからな」
その言葉に、セラフィリアの胸に抱えていた不安が溶けていく。
目の前にいる母の凛然とした姿は、セラフィリアにとって絶対的な存在だ。
その母が「ずるさ」さえも肯定するのなら、きっと自分の新しい感覚も否定されるべきではないのだ。
胸のつっかえがなくなり、スッと楽になった。
アルファはセラフィリアの元から離れる。
「それで、私はどうすれば良いのでしょうか?」
セラフィリアは改めて尋ねる。
どうすれば、お母様の役に立てるだろうか。
アストラ家の悲願に貢献できるだろうか。
そのために、私は賢者と、何を為せば良いのだろう。
「お前自身の成長にしても、アストラ家の悲願にしても、あの男は使える。ヤツに付き添って、英雄会議の準備をすると良い。そうだな————」
アルファは一瞬、思案するように間を置く。
そして、思わず聞き返してしまうような指示を、セラフィリアに対して告げたのだった。
「まずは、学校に行きたまえ」
「え?」
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