第57話 対話の決着
ミュガの使い魔が映し出していた映像が途絶えた瞬間、屋敷全体を揺るがすほどの轟音が外から鳴り響いた。
床が微かに震え、円卓がカタカタと音を立てる。
「おい、これまずくねえか?」
リルは目を鋭くして呟く。
周囲の空気が、一瞬の内に緊張に包まれた。
「今の大きな音は……まさか……!」
シーナの顔が青ざめ、足元がふらつく。
その表情は明らかに不安に満ちていた。
もし、映像で見た通りの展開だとしたら、今の爆発音は間違いなく————
お母様がアイスに魔法を行使した音だ。
「急いでお母様の部屋に向かうぞ!」
セラフィリアはリルと眼差しを交わした後、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
そして部屋の外へと駆け出し、リルやシーナもすぐに後を追った。
屋敷の廊下を全力で走り抜け、階段を一気に駆け上がる。
そして、セラフィリア達はアルファの部屋に辿り着いた。
「当主様と賢者様は……!?」
部屋の扉は分厚い氷で覆われていた。
アルファの魔法によるものだ。その圧倒的な魔力によって生み出された氷魔法が扉を凍りつかせている。
中の状況を確認したいが、触れたもの全てを凍り付かせようとする冷気が、セラフィリア達の行く手を阻んでいた。
部屋の前で尻込みしていたその時————氷の扉が動き出した。
「!?」
扉の隙間から冷たい空気が溢れ出し、霜が床に広がった。
セラフィリア達は思わず後退する。
すると、冷気と共に部屋から姿を現したのは、アルファだった。
「お、お母様!? 一体何が————」
セラフィリアの緊迫した問いにも、アルファは涼しい顔をするのみだった。
彼女の長い赤髪は凍てつく風に揺れ、黒いローブが冷気を纏って舞い上がる。
「てめえ、まさかアイスをやっちまったのか……?」
リルが鋭い目つきで問い詰めた。
だが、それに対してもアルファはあまりにも無反応。
口元に浮かんだ薄い笑みは、何か含みがあるような気がした。
何も言わないということは、つまり————
「そんな、賢者様は本当に————」
「誰が死んだって?」
しかし、シーナの絶望を吹き飛ばすかのようにアルファの後ろから声が聞こえた。
そこに立っていたのは————黒いロングコートをはためかせ、怪しい黒眼鏡かけた、アイスだった。
彼はまるで何事もなかったかのように、部屋から現れたのだ。
「アイス!?」
アイスは傷どころか、汚れすらも一切ついていない状態だった。
ミュガの蛙の映像の最後からは、考えられないほどに何も変化がなかったのだ。
「さっきの音はなんだったんだよ……てっきり、やられちまったのかと」
「別に、ただ色々と見せてもらってただけさ」
パフォーマンスってやつだよ————そう言いながらアイス茶化すよう肩を竦めてみせるがが、その態度は逆にセラフィリア達を混乱させた。
一部始終を見ていたセラフィリア達には、到底信じられない。
まさか————
まさかとは思うが————
お母様までもが、この男の催眠術に……?
「話はついた」
静かな声でアルファが口を開く。
気のせいかもしれないが、アルファの表情はどこか満足げなものに変わっていた。
「アストラ家当主が直々に認めてやろう。これより、アストラ家と『ラウェルナ』は協力関係となる」
アルファの宣言が、屋敷の廊下に響き渡る。
その言葉は、魔女家の当主としての絶対的な意思表明だった。
少なくともアストラ家の者達は、その言葉の重さが分かっている。
「ジン、リーヤ、ミュガ、そしてシーナ」
「「はい」」
アルファの呼びかけに応じ、一瞬のうちに従者達が姿を現した。
シーナも従者の一人として三人の横に並ぶ。
「お前達は賢者達のサポートをしろ。賢者アイスの指揮下に入り、彼らを助けてやれ」
「「承知しました」」
メイド達は深々と頭を下げ、当主の指示を承諾した。
お母様がこんなことを言うなんて……
氷の魔女と言われるほど冷酷であり、魔法至上主義のアストラ家当主とは思えない決断。
ミュガの蛙を通して見ていたあの状況から態度が一変したことに、セラフィリアは不自然さを感じていたが、口にする勇気はなかった。
もしかするとお母様までもが、アイスのヒプノシスにかかっているのではないか————
そんな疑念が、セラフィリアの胸に広がる。
「それから————賢者」
アルファはアイスの方に向き直る。
何かを見透かしているかのような冷ややかな笑み、得体の知れない表情だった。
「近いうちに————恐らく半年後だ。『英雄会議』が開催される」
突然の聞いたことのない単語に、アイスも眉をひそめていた。
セラフィリアや他の従者達も、聞き慣れない言葉に顔を見合わせる。
全員の疑問に答えるように、アルファはその続きを話し始めた。
「賢者がこのタイミングで復活を果たしたのは、偶然ではない。賢者のみならず、全ての英雄が既にこの世界に復活している」
「!?」
その一言で、全員が驚きに包まれた。
復活したのは賢者だけではない————全ての英雄が復活しているという事実は、この場の全員にとって全くの予想外だった。
英雄とは、魔王を討伐したとされる、賢者を含めた伝説の五人。
勇者、賢者、猛者、聖者、そして愚者。
かつてこの五人でパーティを組み、魔王を討伐して世界を救ったとされる。
その後、各地域に散らばり、それぞれの地で眠りについた。
各大陸に一つずつ、英雄の扉が存在している。
まさか、その五英雄の全てが、同時に復活を果たしていたなんて————
「なぜこのタイミングで、全員復活を……?」
セラフィリアが疑問を呈する。
英雄達がまるで示し合わせたかのように同時に復活した。
その理由は、少し考えれば分かる事だった。
「英雄達がこの世界に戻ってきた理由はただ一つ————魔王が復活したからだ」
室内は息を飲むような静寂に包まれた。
まるで空気そのものが凍りついたかのように、誰もが言葉を失った。
あまりにも唐突で、信じがたい事実が告げられたからだ。
今なんて言った?
魔王が……復活しただって……!?
「そ、そんなまさか!?」
『魔王』
全ての魔獣、魔族の祖であり、魔力の根源。
この世に、『魔』の全てを解き放った、絶対悪。
かつて人類とそれ以外の種族で領域が別れていた時代。
突如として、魔王が人類の領域に向けて魔力を解き放った。
魔力に耐性のない人間は全て死に絶え、動物は魔獣と化して人間達を襲った。
それに乗じて魔王軍が人類の侵略を始め、人間達を遥かに超越した力を持って、蹂躙を続けていった。
魔王の厄災。
これにより、五大陸の半数の人間が死に至ることとなった。
数年後、五人の英雄が立ち上がる。
英雄達が魔王を討伐することにより、厄災は収束した。
しかし、その侵略による魔力の影響で、五大陸の人間の中に亜人、自然界では魔獣や魔法的な植物が多数誕生することとなった。
500年経った今でも、亜人達は差別を受け、魔獣は忌み嫌われる。
厄災の記憶が、人類の忌まわしい記憶に、根強く残り続けているのだ。
そんな厄災が、再び復活したというのか。
「魔王が復活することは、500年前から示唆されていたことだ。英雄達はそれに備え、魔王の復活とともにこの地に戻ってくるように決めていた。再び魔王を討伐するために」
あの悲劇を、絶望を、繰り返してはならない。
英雄達はそう決意し、再び魔王が現れるその時まで、眠りについた。
そして今、もう一度魔王を退けるために、復活を果たしたと。
「『英雄会議』は、復活した魔王を討伐するために英雄達が揃って話し合う場だ。魔王が完全に力を取り戻す前に、英雄達も準備を行い、一つの場所に集まる」
だからこその半年後。
魔王が力を取り戻すまでのギリギリの期限。
この半年間は、それぞれの英雄達の準備期間ということになる。
「それでは、賢者よ。半年後の『英雄会議』に向けて準備をするといい。忠告しておくが、弱き者が英雄として認められることはない。『英雄会議』は、英雄としての格を試されるところでもある」
せいぜい、準備をすることだ。
偽物の賢者であると思われないように————
そう言い残し、アルファは冷たく微笑むと、その場を後にした。
彼女の黒いローブが風にひるがえり、部屋の冷気を引き連れて静かに消えていく。
「お、お待ちください! お母様!」
セラフィリアはほぼ反射的に駆け出し、アルファの後を追う。
結局、お母様はアイスに操られてしまったのか————それをはっきりさせたい。
魔王復活や英雄会議についても、まだまだ分からないことだらけだ。
今後のためにも、もう少しお母様から話を聞きたいと思っていた。
————その中に、久しぶりに帰ってきたお母様と、もう少し話がしたいという秘められた願望があることを、セラフィリア自身も自覚していない。
廊下の影へと消えていったアルファを、セラフィリアは追いかけていった。
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