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第56話 賢者の真実

 ミュガの使い魔が投影している映像では、ちょうどアイスが屋敷の階段を上がり、突き当たりにあるアルファの部屋へと(いざな)われていた。


 突き当たりにあるその部屋だけが周囲とは全く違った雰囲気を放っている。

 壁には様々な装飾が施され、古風な中にも高貴な趣が漂っていた。

 時間が止まったかのような静謐さが支配するその空間は、荘厳ささえも感じさせるものだった。


「入るがいい」


 扉の前に立つと、そのように促され、アイスは足を踏み入れる。


 そこは、まさに魔女の家と言うべき光景だった。


 室内には淡い間接照明が照らし出す静かな光の中、異様な仮面やオブジェなどの装飾品が点在していたが、奇妙なことに不気味さは全くなく、むしろ清潔感が漂っている。


 アイスはアルファの示す椅子に腰を下ろし、いつもの調子で相手に問いかける。


「こんな場所に連れ込んで一体どうするってんだ?」


 その軽い挑発にも似たことを言っているが、この場で話されるべきことは一つしかない。


 目の前の()()()の正体についてだ。


「今からお前を試すのさ。合格なら客人としてもてなしてもいい。不合格なら命の保証はない」


「そいつは、穏やかじゃねえな」


 アイスは、わざと軽い調子で抗議するかのように返答した。

 だが、拒否権などないことは誰の目にも明らかだ。

 アルファの圧倒的な力を目の当たりにして、反抗など無意味であることはきっとアイスも理解していることであろう。


「さて、改めて問うてみようか。お前は何者だ?」


「賢者だ、『賢き者(ワイズ・マン)』と書いて賢者だぜ」


「————そうか」


 アイスは冗談めかしく答えたが、その言葉にアルファはただ頷くだけだった。

 それはアイス————また、覗き見しているセラフィリアやリル達が予想していた反応とは少し違っていた。


「意外だな。てっきり否定から入るもんかと思ってたぜ」


「無論、それだけで信じるつもりはない」


「じゃあ、どうすりゃいいんだ? 500年前の歴史の話をすればいいのか? それとも賢者にしか扱えない大魔法を披露すりゃいいのか?」


 淡々と答えるアルファに、アイスはさらに挑発的に問いを返す。


 もちろん、アイスにはそんなことはできない。

 あえて自分から選択肢を提示することで、主導権を握っているかのような雰囲気を作り出す。

 アイスの冷静な態度には、相手を試す意図が透けて見えた。


「歴史も大魔法も、賢者を語る上ではさほど重要ではない」


 しかし、アルファが動じる様子はない。

 むしろアイスの態度に、満足気に頷くほどの余裕を見せていた。


「では、賢者とはどんな存在だ?」


「この世に魔法を生み出し、魔法と知識を司る英雄だ。ちがうか?」


 アイスは澱みなく答える。

 これはセラフィリアの言っていたことをそのまま復唱しているため、間違いではない。

 この世界に伝わる英雄伝説に他ならなかった。


 しかし、それに対してもアルファはただ頷くのみだった。



「正解だ。だが、その説明には続きがある」



 予想外の解答だった。

 間違いでも不十分でもなく、()()があるのだと。


 続き……? そんな話は寡聞にして聞いたことがない。

 お母様は一体何を知っているのだろうか……


 アルファはその続きを口にした。


「賢者とは、魔法をこの世に生み出し、そして、()()()()()()英雄だ」


「!」


 その言葉に、アイスもセラフィリアすらも理解ができなかった。


 ()()()とはなんだ?

 捨てたという単語は賢者の伝説には全く出てこないはずだ。

 魔法を捨てるなんて、今までそれを示唆するようなことすら誰からも聞いたことがない。


 賢者の伝説には、アルファにしか知らない事柄があると確信するのに、そう時間はかからなかった。


「————では、賢者がこの世界に残したもの————『賢者の石』について知っているか?」


 アルファはまた、別の質問を投げかけた。

 それに対しても、アイスはためらうことなく答える。



 ~~


 黄金の角を折り、残虐な水を汲む

 選ばれし勇者の右腕を代償に、王の供物を捧げれば、大いなる鍵を作る資格を与えられる

 鍵によって開かれた先に、無限の知識が眠っている


 ~~



「————さすがだな、一言一句正解だ」



 すると、アルファは(おもむろ)に指を鳴らす。


 その瞬間、ポンと目の前に何かが出現した。

 魔女の魔法によって発現したそれは、、見覚えのあるものだった。


「これはセラフィリアと共にお前が取ってきたものだ」


『モノセロ迷宮』にいた、群れを成すミノタウロスの黄金の角。

 そして、『ルキフグス沼地』に生息しているバエル・エンファの酸が入った瓶。


 確かにセラフィリア達が手に入れたものだ。

 いつの間にお母様の元に……?


「賢者の石の言い伝えは、物体を示すものでも試練を示すものでもない。これは、この世界に残された()()()()()だ」


 それは、言い伝えの通りに試してみると分かる。

 アルファはそう言うと、再び指を鳴らして新たに木製のお椀を生み出す。

 そして、ミノタウロスの角をお椀に入れ、瓶の酸を慎重に注ぎ入れた。


「黄金の角を折り、残虐な水を汲む」


 ミノタウロスの角は徐々に溶け出し、お椀の中には金色の液体が広がっていった。

 硬いモンスターの角がいとも簡単に溶けてしまうほどの、途轍もなく強力な酸だ。


 そして、アルファはもう一度指を鳴らす。

 先程と同じように、何もない空間から現れたのは、鉄製の鍵だった。

 この部屋の鍵だろうか。


「選ばれし勇者の右腕を代償に、王の供物を捧げれば、大いなる鍵を作る資格を与えられる————これは鍵そのものだが、これをここに浸すと————」


 アルファは黄金の液体が入ったお椀に、その小さい鍵を浸した。

 指に酸が触れないように、慎重に液体に鍵を浸し、しばらく待つ。


 一分ほど経った後、酸の液体から鍵を引き抜いた。

 鉄製だったはずの鍵が、黄金に光り輝いていた。


「……!」


 その黄金は金箔を貼り付けただとか、金色の塗料を塗ったとか、そんな次元ではない。

 驚くほど滑らかに、全く乱れのない金属光沢を放っている。


 まさに、鉄だった部分が金に変わっていた。


 これが、賢者の魔法————


 少なからず感動していたセラフィリアに対し、それを見たアイスは、また別の反応を示していた。



「なるほど、()()()()か」


「クックック……やはり、お前はこれを知っているか」



 アイスのその反応に、アルファは笑みを浮かべる。


 まさか、アイスはこの魔法を知っていたのか……?

 いや、そもそもこれは魔法なのだろうか……


 覗き見しているセラフィリアが混乱している中、アルファは話を続ける。


「見ての通り、鉄だったはずのものが、黄金へと変化した。大国の貴族が目を輝かせそうな奇跡の技だ」


 アルファは手に持った鍵を軽く振って見せると、室内の柔らかな照明が反射して、黄金の刀身が輝いた。

 そして、アルファはこの現象の真実を告げる。



「だが————これは魔法ではない」



 その言葉が、静かな空間の中にはっきりとした輪郭を持って響き渡る。


 賢者の石————それは長年、魔法知識の結晶とされてきたが、アルファはそれを否定した。

 セラフィリアやシーナ、そしてこの世界の全ての存在が、賢者という英雄が魔法を司るものであると信じて疑わなかった。


 だが今、その前提が崩れ去ろうとしている。


「当時の賢者はこれを試したときに気がついていた。この世には魔法ではない何か別の法則が存在すると」


 雨が降るのも、木が燃えるのも、土から草が生えるのも。

 それらは全て魔法によって説明されてきた。


 水、草、土————それぞれの物質に魔力が宿っており、だからこそ様々な現象が起こるのだと。


「だが、賢者は魔法という概念を切り捨て、別の説明を求めた。より理論的で、秩序のある概念を求めたのだ————だからこそ、賢者は『賢者の扉』を作り出し、別の世界へと旅立ったのだ」


「……!」


 ここまで聞いて、ようやくアルファの話の全貌を把握できた。


 現実世界とこの世界が繋がった理由。

 それは500年前、賢者がアイス達の世界を求めたから。

 この世界の誰も知らない————「科学」という全く別の概念がある世界を求めたから。


「なるほど……だいぶスッキリした————いや、思い出したぜ。つまり500年の時を経て、俺は魔法に代わる新しい概念を、この世界に伝えにきた。この世界に変革をもたらすために復活したのさ」


 その行いはまさしく英雄。

 この世界をより良く、民がより生きやすくするために、魔法よりも秩序のある概念をこの世界に持ち込んだ。

 世界を変えるために、この世に再び降臨した。


 アルファの話を総合すると、このような結論となる。



「————話は以上だ。これでお前がなんなのかもハッキリした」


「そうだろうな。これで俺が賢者であることは明白になったわけだ」


 アイスは早々に立ち上がる。

 何事もなく対話が終わりを迎えそうで、セラフィリアも胸を撫で下ろす。


 しかし————アイスもセラフィリアも、そこでふと思った。


 アイスは、アルファに自分が賢者であると嘘をつきに来たはずだった。

 その必要があり、なんとか穏便に切り抜けようと、嘘を突き通すつもりだったに違いない。


 だが終わってみれば、アルファに真実を提示され、アイスが賢者であることが導かれた。


 いや、自分が賢者であると誘導させられた————



 その違和感が、アイスをすぐに行動させたのかもしれない。

 身を翻して、アルファの部屋から出ようとする。



 だが、それはできなかった。


 目の前の扉が、突如として凍りついたのだ。



「お前は————不合格だ」



 アルファの冷たく鋭い声が響き渡った瞬間、部屋の扉が凍りついた。

 扉の隙間は瞬く間に氷で埋め尽くされ、もう虫一匹すらも出入りが許されない。

 ドアノブに手をかけるのも憚られるくらい、尋常じゃないほどの冷気を生み出していた。


「おいおいなんだよ……俺は賢者ってことになったんじゃねえのか?」


 アイスは両手を上げ、軽く降参のジェスチャーを見せる。


 だが、アルファは無言のまま、次なる魔法の準備に取り掛かっていた。

 彼女の周囲に漂う魔力が次第に濃くなり、室内に肌を刺すようなオーラが吹き荒れる。

 まるで、空気そのものが彼女の意思に従ってうねり始めたかのようだった。


「お前が賢者かどうかは初めから重要ではない。私が見定めていたのは、お前が魔法を軽視し、魔法ではない別の概念をこの世に浸透させる恐れがあるかどうかだ」


 アルファは冷酷に、そして確固たる信念を持って告げる。


 彼女は初めから、アイスが賢者かどうかを見極めることが目的ではなかったのだ。

 アイス————もとい、異世界から来た存在そのものが、魔女にとっての脅威となり得るかを懸念していたのである。


「異世界から来た別の概念が浸透すれば、魔法が過去のものとなり、この世界の前提が覆される。そうなれば、魔法の時代が到来することはなくなり、魔女が再びこの世界を支配することもできなくなるであろう」


 アイスのような外来の存在がもたらす未知の知識や技術。

 それが、この世界にとって何を意味するのか。


 アルファは魔女として、それを認めることは決してない。


「何があろうと魔法こそが絶対だ。私が魔女である限り、それを譲ることはない————たとえ相手が賢者であろうとな」


 アルファの魔力は一層強くなり、室内には暴風が渦巻き始めた。

 風がうなりを上げ、竜巻のように巻き上がり、装飾品が床を転がっていく。


 アルファが本気であることは、誰の目にも明らかだった。


「ちっ……融通が効かなそうなところは、親子そっくりだな……」


 ぼそっと悪態をつく。

 アルファはそれに耳を貸すことなく、手に握った杖を高く掲げた。

 そして、全ての魔力がその杖に集中し、今にも爆発しそうなほどにエネルギーが充満していく。


「お別れだ」


 冷たく響いたその言葉と共に、アルファは杖を一気に振り下ろした。

 瞬間、凄まじい力が部屋全体を襲い、まるで空間そのものが引き裂かれるかのような圧倒的な力がアイスに迫りくる。


 しかし、その刹那、アイスの表情には一瞬の笑みが浮かんだ。


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