第55話 蛙の企み
アイス、そしてアルファ以外の一同は、元の部屋に戻った。
メイド達は当主帰還という大イベントを終え、安堵の表情を浮かべている。
ラウェルナのメンバーはまだ事態を飲み込めず、困惑の色を隠せなかった。
「まあ————色々と言いたいことはあるが……」
異様な空気が漂う中、リルが低い声で話し出す。
そして、円卓の上にいる蛇を指差した。
「とりあえず、何でこいつが生きてんだ?」
ラムエリアはアイスが確実に撃ち殺したはずだ。
脳天を撃ち抜かれたその瞬間を、リルもセラフィリアも間近で目にしている。
だがしかし、目の前にはラムエリアを名乗る小さな蛇がいる。
その疑問に答えたのは、ジンだった。
「ラムエリア様は核となる部分を、小さい蛇として本体から切り離したのですよ。ラムエリア様は『蛇の魔法』を得意としていますから」
ラムエリアは意識を刈り取られる直前に、身体中の魔力を一点に集中させ、蛇を作り出した。
そして、自身の「核」をその蛇に移し、肉体から切り離したのだという。
魔法使いにとって、肉体は生に不可欠なものではない。
生き続けるための手段は、魔法の世界には数多く存在する。
「つまり、脱皮してとんずらこかれたってことかよ」
「脱皮して逃げんのはトカゲとかじゃなかったっけ?」
細けえことはいいんだよ、とリルはレスの足を軽く蹴る。
要はとどめを刺し損ねたという事実は変わらない。
当の小さな蛇はリル達のやり取りには無関心かのように、蟠を巻いてシュルシュルと舌を出しているだけだった。
先程、流暢に喋っていたのに、今はただの蛇になりきっている。
しかし、この小さな存在が力を取り戻した時、また何をされるか分かったものではない。
「それでは、私と婦長様はラムエリア様をお連れします。リーヤとミュガは引き続き、皆さんのお世話を」
「「はい」」
トカゲのメイド————カルメロが残ったメイド二人に指示を送る。
蛇と化しているラムエリアを慎重に拾い上げ、ジンと共に部屋を後にした。
部屋に残されたのは、再び静寂と、落ち着かない空気だけだった。
その中でセラフィリアは一人、焦燥に狩られていた。
心の中に渦巻く不安の原因は、お母様とアイスの対話に他ならない。
相手は伝説の魔女。
片や、賢者の皮を被ったただの人間だ。
アイスが賢者でないことは、すぐにでも露見してしまう可能性が高い。
もし賢者でないことを見破られれば、回り回ってセラフィリア自信の立場が悪くなる。
いくらアイスが騙しの天才と言っても、あのお母様に通じるとは思えない。
「な、なあリル……」
セラフィリアはリルに助けを求める。
弱気になっているのは、お母様を相手にして一人だけでは何もできないと思ってしまっているからか。
「今からでも、お母様とアイスを止めに行ったほうがいいんじゃないのか……?」
「アホか、そんなことしたら余計に立場が悪くなるだろうが————アイスが一人で行くっつったんだから、任せるしかねえだろ」
「しかし……」
セラフィリアも頭では理解していた。
今ここで行動を起こしても、事態を悪化させるだけだ。
しかし、何もせずに待っているだけでは、後手に回ってしまうのではないかと。
彼女の心は迷いの只中で、逡巡し続けていた。
だが、その時だった。
「あのー」
唐突に声をかけられる。
声の主は、アストラ家のメイドの一人であるミュガだった。
「よければ私の使い魔を使って、当主様とあの人の様子を覗き見してみますー?」
ミュガは無表情でそう言うと、ぽんと蛙を肩から出した。
そうだった。
ミュガはメイドでありながら魔女でもあり、『蛙の魔法』を扱うことができるのだ。
そして、彼女の蛙は諜報にも適している。
「ちょっとちょっと! 何言い出しちゃってんの? そんなこと許されるはずないでしょ!」
隣にいた猫のメイド————リーヤが焦ってミュガを止めようとする。
使用人の行いとして、主人の会話を盗み聞くなど許されないことだ。
しかし、無表情の少女ミュガは、声の調子を変えることなく返答する。
「でも、リーヤもあの二人が何話すかちょっと気になるでしょ」
「そ、それは……そうだけど」
リーヤの方も案外正直だった。
予想不可能な二人の対話に、興味の方が勝るようだ。
「どうしますか? セラフィリア様」
使用人の提案にセラフィリアは考える。
ミュガの使い魔を使って二人の会話を聞ければ、アイスが余計なことを言う前に止められるかもしれない。
そうすれば、致命的な状態になることだけは避けられる。
バレてしまえば大目玉だろうが————背に腹は変えられない。
「分かった。ミュガ、使い魔を使ってお母様の部屋を覗いてくれ」
「あい」
すると、使い魔である蛙がぴょんと円卓の上に飛び移る。
その大きな目が怪しく光り、次の瞬間、壁に映像が映し出された。
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