第52話 変わる者達
だが、そんな明らかな敵対行動に、アストラ家側も黙ってはいなかった。
「セラフィリア様!」
突如として、予想外の方向から声が発せられた。
その声は、暖炉の上にいた猫から発せられたものだった。
「ね、猫が喋っ————」
信じられない光景にシエラは動揺した。
その一瞬の隙に、喋る猫は飛翔する。
そして、その猫は変化した。
コンマ数秒の内に体積が激増し、茶色い毛並みの隙間から肌色の部分が現れる。
四肢は次第に太く長くなり、骨格がみるみる変わっていく。
細い前脚が指へと変わり、その指先には鋭く光る爪が残っていた。
その猫は、人間へと変化したのだ。
「この不届者が!!」
人間へと変化した猫は、鋭い爪をシエラの喉元に向ける。
その猫————その人間は、メイドの姿をしていた。
金色の髪の上に柔らかな猫耳が立っている。
猫耳の下の青い瞳は吊り上がり、瞳孔が開いていた。
シーナの着ているものと同じ給仕服が、彼女の動きに合わせてふわりと舞い上がっていた。
「な、なんだてめえ!?」
反射的にリック兄弟が立ち上がり、銃を構える。
すぐにでも、躊躇なく引き金を引こうとしていた。
新たに現れた敵に、アストラ家側も反応する。
部屋の隅にいた蜥蜴、窓の端にいた蛙が、リック兄弟目掛けて飛んだ。
それは猫と同様に変化し、人間型の姿に変化した。
「!?」
「悪党共め、我が主人に牙を剥いたな」
低い声で悪党を威圧するのは、首から上が緑色の鱗を持つ蜥蜴と化しているスチュワードだった。
そして、もう一方の兄弟の身動きを封じているのが、白髪で無表情のメイド。
両方とも、自身の獲物をリック兄弟の急所に突き立てていた。
「せ、先輩方……!!」
シーナが畏怖を込めた声をあげた。
この三人はアストラ家の従者。
人造人間として魔女家に生まれついたシーナとは違い、正式に伝説の魔女に認められ、外部から従者として仕える事になったエリート達である。
全員がプロの使用人であり、全員が熟達の魔法使いであった。
蛙に変身していたのは『ミュガ』
蜥蜴に変身していたのは『カルメロ』
そして、猫に変身していたのは『リーヤ』
三人とも変身魔法を用いて、この部屋に潜んでいた。
悪党達が主人に危害を加えないよう、ずっと見張っていたのだ。
「さっきから随分ふざけたことを言ってくれたね。これ以上、セラフィリア様に舐めた事をするようじゃ、ただじゃおかないよ」
「へえ……どうただじゃおかないってんだい?」
リーヤが敵対的な視線を向けるのに対し、シエラは挑発的な笑みを浮かべる。
視線がばちばちとぶつかり、渦巻くプレッシャーが目に見えるようだ。
すぐにでも殺し合いが始まりそうな空間。
お互いがお互いを殺せる武器を持って、互いの命を握り合っている。
だが、そんな空気を全く読まずに、部屋に聞き慣れた声が響く。
「おいおい、そんなにいがみあってちゃ進まねえじゃねえか」
全員が声の方向、部屋の入り口に注目する。
そこに立っていたのは、リルだった。
灰色の帽子が付いた羽織、脚のシルエットが強調される青い履き物。
茶髪のポニーテールに、切れ長のヘーゼルアイ。
相変わらずの、見慣れた格好だ。
「リル様……!」
「全く、遅いぞリル」
セラフィリアは空気を読まず部屋に入ってきたリルを注意する。
遅刻も遅刻だ。
ヒーローが遅れてきたかのように、このピリついた空間に割って入ってきた。
「今日の趣旨は、初対面だから仲良くなろうっていうのが目的なんだろ?」
リルは部屋に入り、セラフィリアの元に軽い足取りで近づく。
そして、セラフィリアと肩を組んだ。
「な、おい————」
突然、密着され、セラフィリアは少なからず動揺する。
いつもよりも距離が近くてどぎまぎしていた。
馬鹿な……相手は同性だぞ。
というより、こんなにも空気が読めない奴だったか?
「だから、こんな風に仲良くなんのが一番優先すべきことなんじゃねえか?」
リルはセラフィリアの肩を抱き寄せ、体を近くする。
なんだかいつもと雰囲気が違う。
顔を手で寄せ、息がかかるほどの近距離で目を覗き込んできた。
「ちょ……ちか————」
「なあ、君もそう思うだろ?」
そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。
彼女の瞳に魅入られ、セラフィリアは身動きが取れなかった。
唇が触れてしまいそうになる瞬間————後ろから弾丸が装填される音が聞こえた。
「————てめえ……何してんだ?」
聞き覚えのある声が後方から聞こえる。
すると、リルの頭に銃が突きつけられていた。
後ろを振り返ると、そこにいたのはリルだった。
「な、なんで!?」
「離れやがれ、この猿真似野郎が」
今まで見た中で最も冷たい目をしたリルは、躊躇なく引き金を引いた。
しかし、放たれた弾丸は空を切り、奥の壁に当たって弾ける。
「っぶね〜〜、殺す気かよリル。相変わらず容赦がねえなぁ」
目の前のリルの姿をした何かは、咄嗟に体を傾けてリルの発砲を避けていた。
その口からは、聞いたことのない男の声が聞こえてくる。
それは軽薄そうな声を出しながら、首元の皮をめくりあげた。
果物の皮を剥ぐように、男はリルの顔をした被り物を剥がしていった。
その下から出てきたのは、黒髪に細い目をした童顔の男だった。
「初めまして麗しき魔女さん。僕はレス。『ラウェルナ』の中で最もイケてる男さ」
その男は『ラウェルナ』幹部リストの最後の一人。
『レス』
他人の顔を模倣するラバーマスクを用いて、あらゆる人物に成り代わる変装の達人。
シエラ同様、米政府に国際指名手配されている犯罪の何でも屋だ。
数多の国際犯罪、テロ行為に顔を変えて参加していると言われており、その足取りを追うのは容易ではない。
その素顔は、誰も知らない。
「おいレス! あたしの真似だけは二度とやんじゃねえってあれほど言っといただろうが!」
「そんなけんけんするなよ〜、俺とお前の仲だろ?」
気色わりぃ、いつあたしとてめえが仲良くなったんだよ。
リルは顔を顰めながら、しっしっと手を払う。
「なあセリー、こいつのことはほっといて————おい、セリー?」
「……どいつもこいつも————」
セラフィリアの体がふるふると震えている。
幹部達の数々の暴挙に、堪忍袋の緒も限界を迎えていた。
むしろ、よく我慢した方だろう。
制御し切れない魔力が、体から漏れ出る。
全てを吹き飛ばしたいという衝動に駆られる。
この短気娘は、もう噴火寸前だった。
「よくも魔女を愚弄してくれたな!? 身の程を知らぬ者は、全て焼き払ってくれるわ!」
「ちょ、ちょいちょいちょーーい!」
リルの止めようとする声が聞こえるが、構うものか。
これで全員死ぬようであれば、そもそも協力する価値もない人間だったというまでだ。
魔力を解放し、杖を振って魔法を発動しようとした。
だが、その時————
「お取り込み中、失礼します。セラフィリア様」
冷たく無機質な声と共に、セラフィリアの魔力が胡散した。
すぐにでも戦争が始まるという一歩手前、突然の来訪者に部屋にいる全ての人間が固まる。
突如としてセラフィリアの後ろに現れ、魔力を分散させたのは、ジンであった。
「ジン!」
「婦長様!!」
メイド達が全員姿勢を低くする。
『ラウェルナ』の幹部達も、気配もなく現れたメイド長に動揺せざるを得ない。
頭の頂点で丸く束ねられた黒髪、一切汚れも乱れもない清廉な給仕服。
ジンはアストラ家の使用人をまとめる婦長。
そして、主人にも匹敵しかねない実力者だ。
命じられれば手段を選ばす実行する冷酷さで、一度は全滅寸前までアイス達を追い詰めている。
得意魔法は蜘蛛を操る魔法で、屋敷に無数の蜘蛛を召喚し、隅々まで監視をしている。
「どうして私を止めた? 今からこの者達を試そうとしていたところを————」
「申し訳ありませんセラフィリア様。しかし、ただいま緊急でお伝えしたいことがあります」
基本的に、ジンは無駄なことはしない主義だ。
この空間に割って入ってまで、伝えなければならないとは、余程緊急のこと。
一呼吸おいて、ジンはその知らせを告げる。
「まもなく、当主様がお帰りになります」
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