第51話 顔合わせ
その部屋は、まるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。
巨大な円卓が部屋の中央に鎮座しており、その周りには、複数の影が席についている。
卓上にある燭台の蝋燭の火が揺らめき、円卓の影達を不規則に照らし出していた。
部屋の隅の暖炉の上には茶色い毛並みの猫が座っており、円卓の様子を眺めている。
窓の近く、日光の当たらない場所で、蜥蜴や蛙が隅を這い回っていた。
正面から見て部屋の左半分に、総勢20人以上の人間が集まり、円卓に座る人物を囲むようにして立っている。
どれも黒くすらっとした格好をしており、人によっては着崩していてガラが悪い者もいる。
そして、円卓に座っている人間。
この者達が、別世界の犯罪組織『ラウェルナ』の幹部であった。
全員、数々の修羅場をくぐってきた猛者であることは、その目を見るだけで分かる。
アイスと同じ、真人間ではない雰囲気も醸し出していた。
そんな幹部連中が互いに視線で牽制しあい、室内はかなり殺気立っている。
そして、円卓の奥の席に座るアイスは、頬杖をつき、一番涼しい顔をしていた。
黒い眼鏡で目元を隠し、相変わらず何を考えているか分からない。
光沢があり、黒く棘ついた髪の毛が、目の前の蝋燭の光でてらてらと光っている。
いつもの黒いローブのような装束が、アイスの存在感を際立たせていた。
この男が伝説の英雄の一人、『賢者』
円卓の緊張感を楽しんでいるようにも見えた。
しかし、室内に多くの人間はいるものの、まだ全員揃っていないようだった。
「シーナ、リルはどこに行ったのだ?」
セラフィリアは隣にいるシーナに問う。
『ラウェルナ』のリーダー、アイスの右腕であるリルがいなければ、話にならない。
「リル様はお手洗いかと思います」
「……この時間に集まれって言っておいたというのに————まあ、いいか。始めるぞ」
セラフィリアはそのまま、シーナに合図をする。
最初の集会を始める時間だ。
シーナはかなり緊張しつつも、一歩前に出て、円卓に座る全員に向けて話し始めた。
「ほ、本日はお集まりいただきありがとうございます。本日はアストラ家とラウェルナの決起集会であり————」
その時————突如、円卓が強く叩かれる。
拳が叩きつけられた衝撃に円卓が揺れ、大きな音が室内に響き渡った。
シーナは緊張と恐怖に、言葉を失う。
円卓を叩き、シーナの言葉を止めたのは、『ラウェルナ』幹部の一人、背の低い双子の一角だった。
「おい、なんでこんなコスプレ野郎のおままごとに付き合ってやらなきゃならねえんだ? いつから『ラウェルナ』はガキのお守りをする集団になったってんだ」
「なんだと……?」
聞き捨てならない言葉にセラフィリアが反応する。
睨みつけるセラフィリアに対し、その双子も円卓から立ち上がって睨み返してきた。
セラフィリアは事前に頭の中に入れておいた『ラウェルナ』幹部のリストを開く。
この兄弟は、『リック兄弟』
大陸東海岸で活動している双子の詐欺師。
兄がジャレッド・リック、そして弟がアイザック・リックと言う。
数々の殺人、麻薬取引、資金洗浄に加担しており、2年前に米政府から指名手配。
大型ギャング・マフィアとのコネクションもあり、東海岸の裏社会では知らない者はいない程の大物だという。
所々の単語を理解できないため、セラフィリアには詳細を把握し切ることは難しいが、要は筋金入りの悪党だということだろう。
だが悪党であれなんであれ、こちらを馬鹿にしたような言動を許すことはできない。
「人間の分際で我らを侮辱したな? 死にたくなければ今すぐに謝罪しろ」
「おいおい見たかブラザー。このアマ、こんなふざけた格好しといて一丁前にガンたれてやがる」
「見たぜ見たぜ兄貴、年端もいかねえガキがイキリやがって、こりゃちと教育が必要だなぁ」
双子の二人が喋った後、しばらくの空白があった。
そして次の瞬間————途轍もない早業でお互いの獲物を向け合う。
「5つ数えろ」
「3つでどうだ?」
セラフィリアは魔法の杖を、リック兄弟は拳銃を向け合い、睨みつける。
一触即発の状況、その気になれば1秒もかからず目の前の敵を屠れる状態だった。
だがその時、兄弟の隣に座っている男が口を開いた。
「じゃれあいなら他所でやれや。俺達がここに集まったのは、『ラウェルナ』のメンバーを見極めるためだろ。新顔が増えたであれなんであれ、今のメンバーがどんなやつか分かってねえと話にならねえ」
咥え煙草の隙間から、しわがれた声が響く。
黄褐色の古い背広を羽織っているその男は、強面の顔をこちらに向けた。
この男も『ラウェルナ』の幹部だ。
名前は『パブロ』
メキシコ最大の麻薬密輸組織『クラロワ・カルテル』の代表。
あらゆるギャング、マフィア、そして裏社会に通じる政治家、公務員に様々なパイプを持っている。
資金、武力共に他の組織から頭一つ抜けており、一度関われば、絶対にこの男に逆らうことはできない。
密輸が摘発されたことは一回もなく、依頼されれば必ず遂行するやり手の仕事人であった。
「既にフレッドとアーロン、二人のクソ野郎が出ちまった————空気の読めねえ奴も同類だぜ。リック兄弟」
「……ちっ」
リック兄弟は舌打ちをしつつも、銃を収める。
セラフィリアも杖を懐に収め、フンと鼻を鳴らして顔を背けた。
「それで、アイス。このメンバーで一体何がしたいってんだ? まさか本当に魔法使いごっこをしてえってんじゃあるまいし」
パブロは最も奥の席に座っているアイスに話を振った。
アイスはゆったりと円卓の椅子に座り直し、足を組む。
「この世界を獲るんだよ」
人差し指を上に伸ばし、不的な笑みを浮かべていた。
アイスが決定した、この世界でやること。
そして、セラフィリアと交わした契約だ。
「賢者としてこの世界の全て人間を騙してやるのさ。これほど面白えことはねえだろ」
詐欺師としての力が、この世界でも通じるかを試す。
この世界の事を何一つ知らず、魔法も一切使えないという状態で、アイスが賢者という英雄に成り代わる。
この世界の全てを騙す。
現実世界でのどうしようもない喉の渇きは、これでしか潤せない。
しかし、それを聞いたパブロの反応はあまり良くなかった。
「悪いが、俺はあんたみてえな快楽主義者じゃないんでね。降りさせてもらう」
「おいパブロ、空気読めねえやつはなんとか言ってなかったか? てめえが次のユダになるんじゃねえだろうな」
「噛み付く相手は選べよ狂犬野郎。一銭にもならねえからやらねえって言ってんだよ」
俺はカルテルの運営もやらなきゃならねえんだ。薬売らねえとやってられねえんだよ。
パブロはほんの少し不機嫌になりながら、煙草の火を消す。
「あら、金にならないと決めつけるのは早いんじゃないの?」
すると、円卓に座っていたもう一人の幹部が、妖艶な声を発した。
その女は、今までセラフィリアが見たことのある現実世界の人間とは、少し雰囲気が違っていた。
ダークエルフのように濃い肌色で、つばの長い帽子の下の灰色の髪が彼女の動きと共に靡く。
まるで、魔女のような女だった。
「ちっ……このクソアマ。急に舐めた口聞きやがって、何がはええってんだよ」
「もっと想像力を働かせたほうがいいわよ。ヤクの煙を吸いすぎて、脳が腐ったんじゃないかしら」
その女は、リック兄弟やパブロが咥えている煙草————セラフィリアも見たことのある白い棒————ではなく、先端の穴が上を向いている奇妙な金属の筒————キセルで煙を吸っていた。
そして、女は円卓から立ち上がり、徐に歩き始める。
「何の変哲もない廃倉庫の扉を開けたら、その先には無限の世界が広がっていたのよ。ステイツだってどの国だって知らない手付かずの資源、文化、技術、その全てを独占できる————こんなにワクワクすることはないでしょう」
きっとコロンブスはこんな気持ちで、アメリカにたどり着いたんだわ。
女は現実世界の偉人に思いを馳せながら、楽しそうに喋っている。
そして、笑みを浮かべながら円卓の周りを歩き、セラフィリアの目の前まで歩み寄った。
「私はアイスの楽しみに乗るわ。名前はシエラ。よろしくね? 魔法使いさん」
右手を差し出し、握手を求めてくる。
淡褐色の瞳、薄い笑みの紫色の唇が、こちらを誘惑するかのような表情を形作っている
敵意があるようには見えない。
セラフィリアはふうと息を吐き出し、警戒度を緩めた。
「ようやく話の分かる奴が現れたか。私はセラフィリア・アストラ、アストラ家の次期当主だ」
握手に応じようとする。
何も疑わずにその手を取ろうとした。
だが、その時————
「————触らないほうがいいぞ」
手に触る直前、アイスから警告された。
反射的に、セラフィリアは手を止める。
その瞬間、ほんの一瞬だけ、途轍もない殺気が目の前の人物から漏れ出した。
「!?」
本能的に後ろに飛び退く。
気づけば、シエラが強引にセラフィリアの手を掴もうとし、その手が空を切っていた。
そして————彼女の乱れた袖の隙間からは、鋭い針のようなものが覗いていた。
「あら————もうちょっとだったのに、残念」
不気味な笑顔に背筋が凍る。
そうだ、ようやく頭の中のリストと一致した。
この女も『ラウェルナ』の幹部。
名前は『シエラ』
主に西海岸で活動するフリーランスの殺し屋。
アメリカ裏社会では随一の毒、薬のスペシャリストだ。
米国政府要人を毒殺した疑いで国際指名手配を受けている。
彼女のターゲットは全て、毒を盛られたことに気づかず、眠るように息を引き取ることで有名だった。
もし、私があのまま手を取っていたら————
いくら魔女の耐性があるにしても、それを上回るほどの毒を盛られていたとしたら————
考えるだけでゾッとし、そして疑いもなく手を取ろうとした自分の軽率さに怒りを覚えた。
だが、そんな明らかな敵対行動に、アストラ家側も黙ってはいなかった。
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