第42話 進む先
「な、何事だ!?」
突然の爆発に動揺した魔法使いの瞳が大きく見開かれる。
声には驚きと怒りが混じり、先ほどまでの勝利の確信は一瞬でどこかに行ってしまったようだった。
破壊された扉の向こうから、誰かが現れる。
リルとセラフィリア。
二人は堂々とアストラ家の廊下に足を踏み入れ、薄暗い光の中でその姿を浮かび上がらせた。
「————どういうわけか、裏口がガラ空きだったな。とりあえずは最初の大きな賭けに勝っちまったってことだ」
「……」
リルはそう言うが、セラフィリアは得心いっていない様子だった。
なぜ裏口が塞がれても偽装すらもされておらず、あんなにもあからさまに扉として存在していたのか。
兄上の油断なのか? それとも他の誰かが……?
セラフィリアは色々と思考を巡らせるが、そんな余裕はすぐになくなる。
ラムエリアが冷静さを取り戻し、再び侵入者に向き直った。
リルとセラフィリアと対峙し、その眼差しは鋭くなる。
廊下の空気が一瞬にして張り詰めた。
「また私の邪魔をするのかセラフィリア!!」
ラムエリアは手を振り上げて呪文を唱え始める。
奴の周りに魔力が集まり、黒いローブが風に揺れ出した。
次の瞬間、床から無数の蛇が召喚された。
「すり潰されろ!」
蛇達がラムエリアの命令で、一斉に侵入者に襲いかかる。
廊下を埋め尽くすように這い回る蛇の群れは、とてつもない威圧感を放っていた。
「いきなりかよ————引きながら撃て!」
リルが叫び、二人はすぐさま銃を構えて発砲した。
銃声が廊下に響き、弾丸が蛇たちを次々と貫く。
しかし、蛇の数は減ることなく、次々と押し寄せてくる。
実の妹に対する攻撃としては、あまりに容赦がなかった。
「兄上! どうしてこのようなことをするのですか!?」
「我が妹よ……実の兄の邪魔をするからこうなるのだ……! 貴様はすっこんでいろ!!」
ラムエリアは聞く耳を持たず、こちらへの攻撃の手を緩めなかった。
幾多の蛇を使い、攻撃をしかけてくる。
相手に対話する気はさらさらないようであった。
リルとセラフィリアは後退しながら応戦を続け、廊下の柱の陰に身を隠した。
二人は互いに顔を見合わせ、会話を交わす。
「それで、例の『魔封じの結晶』はあいつが持ってんのか?」
「分からない。だがこのままでは近づくことすらできない……!」
それが敵の手の内にある限り、セラフィリアは本来の力を発揮することができない。
ラムエリアが持っているのかも、この館のどこかに隠されているのかも不明だ。
それをあの兄が教えてくれるとは思えない。
シーナの行方も分からない。
生きているかどうかすらも————
リルは遮蔽から素早く顔を出して応戦する。
そして、隙を見てセラフィリアに提案した。
「セリー、てめえはシーナとその魔石を探しに行け」
「私一人で行くというのか? それにシーナはもう生きてるとは————」
「探してみねえと分かんねえだろ。てめえは土地勘もあるし、あたしがいてもいなくても変わらねえさ」
リルはそう言いながら、蛇に発砲して時間を稼ぐ。
弾を打ち切り、ホルスターからマガジンを取り出して高速で装填。
そして、廊下の先にいる魔法使いの番人を見据え、ニヤリと笑みを浮かべる。
「あいつはあたしがなんとかしてやる」
リルは強敵を前にして、その目をギラギラと輝かせていた。
まるで戦うことを待ち望む猛獣のように。
セラフィリアは黙り込んで、しばらく考える。
事実上の戦力外通告とも言える。
魔女として、アストラ家の次の権力を争う者として、ここで戦わないという選択肢を取りたくなかった。
だが、このままリルの後ろに隠れていても何もならないのも確かだ。
リルの戦闘力は、魔女であるセラフィリアに匹敵することは分かっている。
そして、彼女の戦闘スタイルは誰かと共闘するのには向いていない。
ならばここは、リル一人に任せた方が、勝率が高いかもしれない。
それよりも、セラフィリアはいち早く『魔封じの結晶』を探し、能力を取り戻すことを考えた方がいい。
もしシーナが生きていれば、何か手掛かりを持っているかもしれないし。
「————納得した。ここはお前に任せる」
「いい子ちゃんだベイビー。シーナは任せたぜ」
自分の中のあらゆるプライドを押し殺して、この場をリルに任せる。
セラフィリアはリル、そしてラムエリアの反対側へと走った。
向かう先はアストラ家地下にある牢獄。
シーナは元々そこで生活していた。
シーナが生きているとすれば、そこ以外に置いておく場所はない。
セラフィリアは廊下の角を曲がり、地下へ続く階段を降りる。
そして、牢獄の様子をひとつずつまわって確認していった。
「————ダメだ。ここにもいない……!」
だが、シーナの姿は一向に見当たらない。
どの牢獄も鉄格子の先には何もないか、何の生物のものかも分からない骸が転がっているだけだ。
やがて、セラフィリアは地下牢獄の突き当たりまで進む。
するとそこには、神々しい石扉が存在していた。
「これは————」
セラフィリアは地下牢獄まで足を運んだことがないため、今まで見たことがなかったが、一度目にしただけで分かる。
これが、『賢者の扉』だ。
アイス達がこの世界に来たと言っていた、世界と世界を繋ぐ道。
その扉がある部屋にも、シーナの姿は見当たらなかった。
あるのは、向こうの世界から来たと思われる賊がラムエリアに石化させられた痕跡くらいしかない。
だが、セラフィリアは見逃さなかった。
地面に何かを引きずった跡がある。
壁の方から血痕が点在しており、それが引き伸ばされて賢者の扉の前まで続いていた。
その血痕はまだ新しい。
血の量も致死量ではない。
これがシーナのものであるという可能性は決して低くなかった。
ということはまさか————
シーナはこの先に……?
セラフィリアは、目の前の荘厳な石扉を見上げる。
片側だけ開いているその扉の向こうには、この世のものとは思えない闇が見える。
その先は完全なる未知。
この世界の断りが通用しない、まさに異世界である。
「————行ってみるしかない」
逃げる末にこの扉の先に追い立てられたのか、あるいは兄上の気まぐれでこの先に捨てられたのか。
いずれにせよ、血痕がこの先に続いている限り、この先を確かめないわけにはいかない。
セラフィリアは息を呑む。
そして意を決して、何も知らない未知の世界へと足を踏み入れていった。




