第32話 リル vs クレイグ
洞窟奥から吹き出す風が、砂塵を立てる。
アイス達の策略によって冒険者の数が減り、空間は先ほどよりも静かになっていた。
プラチナ級冒険者、クレイグ。
そして、賢者の右腕、リル。
両者が向かい合い、ピリピリとした空気が二人を包んでいた。
「女一人に遅れはとらねえ、じっくり料理してやるぜ……!」
「……」
挑戦的な視線を送り続けるクレイグに対し、リルはただぼうっと自分の手元を見つめている。
その手元にあるのは、リルの唯一の獲物である『ベレッタ・モデル92』、リルの愛銃だ。
数秒ほどそれをじっくりと見つめた後、リルはそれを後方に投げ捨てた。
「!?」
「リル様!?」
ラガス、リル、そして拘束されているセラフィリアが同時に驚きの声を上げた。
先程、ラガスの大楯をボロボロにした剣を装備しているクレイグに対し、リルは唯一の武器を捨てたのだ。
「弾の節約だ————こんなやつ、こいつを使うほどじゃねえ」
そう言うと、リルはグレーの上着を脱ぎ捨てた。
黒い袖なしの服で、引き締った腕の筋肉や腹筋が見える。
「さあ、やろうぜ」
「舐めやがって……一瞬で殺してやる……!」
リルの一連の言動で舐められてると感じたクレイグは、一層鋭い目つきでリルを睨んだ。
そして、剣を構えて姿勢を低くする。
少しの沈黙の後————一気に加速した。
瞬きする間もなく、クレイグはリルのすぐ目の前に到達する。
「は、はやい!!」
ラガスが瞠目した。
奴の動きがラガスと戦っていた時よりも格段に速くなっていたからだ。
「おらぁ!!」
クレイグは剣を振りかぶり、途轍もないスピードでそれを振り下ろす。
リルは直前まで動きがなく、反応できていないかに思えたが、僅かに重心を後ろにしていた。
そして、クレイグの剣をほんの少しの体重移動のみで避けた。
だが、それだけではクレイグの剣は収まらない。
腕を勢いよく引き上げて剣を返し、今度は下から強襲した。
それすらもリルは反応し、左側に最低限の移動で避ける。
そして、剣を振り切って無防備な体に拳を突き立てた。
「————!」
だがその反撃も読まれていたようで、クレイグは左手を剣から離し、その拳を前腕で受け止めた。
反動でクレイグは後ろに飛び退き、ここでリルとクレイグに再び距離ができる。
息もつかせぬ攻防だった。
お互いに有効な攻撃を繰り出しているが、どちらも決定打とはなっていなかった。
「互角ってことか……なかなかやるじゃねえか」
今の攻撃に反応できたことは褒めてやるぜ————と、クレイグは余裕の表情を見せる。
だが、対してリルは冷ややかな目でクレイグを見ていた。
「互角? 冗談だろ。てめえの手をよく見てみやがれ」
リルが指を差し、反射的にクレイグは自分の手を見る。
そこには、クレイグの獲物である剣が握られていなかった。
クレイグはリルの方を見直すと、彼女の手にはクレイグの剣が握られていた。
「てめえの獲物すらろくに扱えないようなら話にならねえな」
リルはその剣を後方に投げ捨て、興味を失ったかのようにクレイグを見る。
まるで手品だ。
あの攻防の中で、リルはクレイグから剣を奪い取ったのである。
クレイグが剣を奪われたことに気づかないほど一瞬でだ。
これは、リルの方が実力が上でなければできないことである。
「チッ……剣を奪ったくらいで調子に乗るなよ」
舌打ちをして体勢を整えたクレイグは、どうやらリルへの警戒度を最大限に上げたようであった。
すると、どういうわけか身につけていた装備を脱ぎ捨てていく。
全ての丈夫な防具を地面に落とし、リルと同じぐらい身軽な格好になった。
「何も剣士は剣でしか戦えねえわけじゃねえ。むしろ俺はどっちかというとこの拳で他の奴らをねじ伏せて勝ち上がってきたんだ」
冒険者もモンスターも。
気に入らない奴らは全て拳で叩きのめし、奪ってきた。
クレイグは拳を強く握り、正面のリルに向けて構えた。
「こっからが本当の勝負だ……俺に本気を出させたことを後悔させてやるぜ」
本気と口にしたクレイグは、鬼のような形相でリルを睨みつけた。
それだけで、奴のプレッシャーが一気に跳ね上がった。
「まさかあやつ、人間に対してあの技を使うのか……!?」
いち早く危険に気づいたのはラガスだった。
慌てたように体を起こし、目を見張る。
「ぶちのめしてやるぜ————『闘武、アーマード・クラッシャー』」
両者を取り巻く空気が変わった。
リルの眉が動き、野生の勘が危険だと警告していた。
しかし、リルが構えるよりもずっと早く————クレイグが肉薄していた。
「!」
クレイグは拳を振り抜く。
リルの反応が遅れ、もう避けることができない。
両手で顔の前で防御を行ったが、あまりの衝撃にリルの体は後方に吹き飛んだ。
まるで爆発でも起こったかのような音をたて、リルの体は後ろの壁に激突した。
「リル!?」
「リル様!?」
リルがぶつかった石壁は粉々に砕かれており、そのとてつもない衝撃を物語っていた。
なんとかふらっと立ち上がったものの、体はすでに傷だらけになっており、鼻からは血が流れ出ていた。
もろにクレイグの拳を食らったわけではなかったというのに、確実にダメージを負っているようだった。
「ラガス様、今のは一体……!?」
「あれは、『闘武、アーマード・クラッシャー』 一部の剣士にしか会得できない特別な技だ」
剣士の技は、攻撃に特化していることが多いという。
クレイグの技————『闘武、アーマード・クラッシャー』は筋肉を自由自在にコントロールする技だ。
筋肉を鉄のように硬化させたり、あるいは部分的に軟化させてバネを強化し、常人には体現できないスピードを獲得することもできる。
相手を破壊することを目的とした非道なものだ。
そのように自身の筋肉を操るには、相当の訓練を要する。
10年以上の歳月をかけて、やっと会得することができる達人の技なのだ。
それをなぜクレイグが使えるのかは、ラガスも知らない。
「ははぁ! 思い知ったか小娘ぇ! このままなぶり殺しにしてやるぜぇ!!」
クレイグは再び攻撃を始める。
リルも反応するが、技で強化されたクレイグの方が早かった。
奴の拳がリルの体を擦り、肉が抉れ、血が吹き出す。
うまく後ろに飛んで避けることはできたが、体勢が悪く、反撃は不可能だ。
リルの方から攻撃することができず、防戦一方になってしまっていた。
「まずいですよ、このままじゃ……」
「ああ、あの技を使われれば、確実にクレイグの方が上手だ」
まともに当たれば、1発で戦闘不能だ。
加えてリルの反応以上のスピードで攻撃してくる。
読みでなんとか攻撃をかわしているものの、追い込まれるのは時間の問題だった。
「賢者様! このままでは————賢者様?」
シーナはアイスに助けを求める。
だが、アイスに焦った様子はない。
この状況でまだ、リルがクレイグに勝てると思っているのだろうか。
「あいつは一人で十分だと言ったんだ。仲間のことは信用しねえとなぁ」
「そんなこと言ってたら死んでしまうぞ! 仲間が大切ではないのか!?」
ラガスがボロボロの体を起こして訴える。
アイスとシーナが加勢して、全員で束になってかかればなんとかなるかもしれない。
だが、そんな訴えにも全く動じずに、アイスは静観を決め込んでいた。
この中でリルと一番付き合いの長いのはアイスだ。
他のメンバーには分からない信頼がそこにはあった。
「————まあ、もうちょっと見てみな。あいつは盗みの天才だって言っただろうが」
「ど、どういうことだ?」
アイスの言っていることが理解できず、ラガスは聞き直す。
すると、人差し指をピンと立てて、アイスは笑みを浮かべた。
「あいつが盗めんのは、何も物体だけじゃねえってことだ」
岩を砕くような音が連続で聞こえ、その度に洞窟内が揺れる。
クレイグがリルに対し連続で攻撃を放ち、壁や地面を壊しながら突き進んでいた。
「どうしたどうした!? さっきまでの威勢はやっぱり口だけだったのかぁ!?」
勢いに乗ったクレイグが、笑いながらリルを追い立てていく。
やがて、リルは壁に追い詰められてしまった。
どう反応して回避しようと、もう逃げることができない。
勝利を確信したクレイグが肩を回してながらリルに近づく。
「なかなか楽しかったぜ————とどめだ!!」
強化された鋼鉄の拳がリルに向かって放たれる。
まともに食らったら一溜りもない渾身の攻撃。
リルは————それを受け止めた。
「は?」
不可解な事が起こり、クレイグから変な声が漏れる。
クレイグが殴ったリルの体は、まるで鉄の塊かと思うほどに硬かった。
そう————まるでクレイグの技、『闘武、アーマード・クラッシャー』のように。
「————こんな感じか? ちょっとコツがいるなぁ、この技」
「お前……まさか!?」
クレイグは形容し難い気味の悪さを感じ、後ろに飛び退く。
そして、絶対にありえないと思っていることを口にした。
「俺の技を盗みやがったのか!?」
リルはその問いには応答せず、ただニヤリと口角を上げるのみだった。
それが肯定を表していたのは、誰が見ても明らかだった。
「そんな馬鹿な……!?」
その場にいる全員————アイスを除いた————全員が驚愕する。
クレイグが10年の修行を経て体得したにもかかわらず、このわずか数十秒の間にリルはその技術を盗んでしまったのだ。
「んなわけねえだろ……そんなすぐに使いこなせるはずがねえ!」
クレイグはそれを否定するように、リルに接近し、攻撃を繰り出す。
連続で拳を振るうが、その全てを防御されてしまう。
拳を受け止められる度に、鉄がぶつかり合うような音が鳴り響いていた。
それすなわち、クレイグの技が完全に盗まれていることを意味していた。
前代未聞のとんでもない化け物である。
「……ぐあっ!」
ついに————クレイグの方の拳が壊れてしまった。
それはつまり、リルの筋肉の硬化能力の方が高いということを示していた。
「この技はもうてめえのもんじゃねえよ。盗んじまったからな」
リルは右手を大きく振りかぶり、一瞬でクレイグの懐に入りこむ。
そして、鳩尾に硬化の拳をねじ込んだ。
「うがあああああっ!!!」
リルの拳は簡単にクレイグの筋肉を打ち壊した。
クレイグは大量の血を吐く。
腹を押さえて、そこに倒れ伏した。
「筋肉に負担がかかるのは微妙だな。あんまり長いこと使うのは良くねえみてえだ」
そう言いながらリルは手をふるふると振り、筋肉の硬化を解く。
ラガスも敵わなかったプラチナ級の冒険者を下した。
戦闘の天才、魔法のように勝利を奪い取ってしまったのだ。
しかし————決着かに思えたが、クレイグはふらふらと立ち上がっていた。
「てめえふざけんな……俺に勝てると……思うなよ……?」
息も絶え絶えだが、まだ戦闘不能にはなっていなかった。
技を使い果たし、もう筋肉も壊れているのでろくに動けない。
だが、そんな状況にも関わらず、クレイグは笑っていた。
「————まだ、俺にはこれがあるぜぇ!」
ポケットから取り出したのは、小さい瓶だった。
その瓶には緑色の透き通った固体が入っている。
どこかで見たことのある代物であった。
「こいつは伝説の商人から買い取った最強の濃縮ポーションだ! これで全快! まだストックはあるから何回でも蘇ってやるぜ!」
クレイグは勝ちを確信したように下卑た笑いを響かせた。
このポーションがあれば、持久戦に持ち込んでも絶対に相手に勝てると思い込んだのだろう。
意気揚々と、クレイグはそれを口に放り込む。
「あれ? 甘い————ごふぅ!!?」
リルの拳がクレイグの顎にクリーンヒットした。
クレイグは吹き飛ばされ、地面を転がった後に完全に沈黙する。
洞窟内に静寂が訪れた。
「残念だったな、そいつはもう賞味期限切れだぜ」
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