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第30話 洞窟

 セラフィリアは、ゆっくりと覚醒する。

 瞼を開けてみたものの、その空間はまるで目を瞑っているのと変わらないくらい暗かった。


 暗い岩肌は湿っていて、石の間からは冷たい湧き水が柔らかな音を立てながら滴り落ちる。

 天井も同じく岩で覆われており、わずかな光も届かない。


「————ここは……?」


 呟いた問いに対し、答えは聞こえてこない。

 だが、わずかに視認できるこの風景から察するにここはどこかの洞窟だろうか。

 ここに至るまでの記憶がなく、一体自分はどのようにここに連れてこられたのか、全く分からなかった。


「————駄目だ……やはり魔法が使えない……!」


 体を縄で縛られ、吊るされている状態であり、身動きが取れない。

 いつもなら、何も魔法のかかっていない縄など引きちぎることも可能なのだが、今のセラフィリアにはそれができなかった。


 目の前にある赤い石。

 人間の臓器を凍らせたかのような不気味な造形の結晶体が、禍々しいオーラを放っていた。


『魔封じの結晶』


 これがあるせいで、セラフィリアの魔力は完全に抑制されており、力を発揮することができなかった。


 人間風情が……このような魔法道具(マジックアイテム)を一体どこで手に入れたのというのだ。

 魔女の魔力をここまで完璧に封じ込めるものなど、今まで聞いたことがない。


 その結晶を睨みつつ、なんとか縄を解けないかと体を(よじ)っているとその空間の入り口から気配がした。

 同時にランタンの光がセラフィリアの周りを照らす。


「調子はどうだ?」


 セラフィリアの前に現れたのはクレイグであった。

 水色の髪を掻き上げ、ニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてくる。


 それに対し、セラフィリアはゴミを見るような目で、クレイグを見返した。


「貴様……今すぐ私を解放すれば、命だけは見逃してやる。この縄を解け!」


「おうおう、そんなに熱い眼差しで見つめられたら、卵みたいに茹であがっちまうぜ」


 クレイグはセラフィリアの睨みを意にも介さず、ギャハハと笑い出す。


 リル達と過ごしていたからこそ分かるが、この男の冗談はひどい。

 クスリとも笑えず、人を不快にさせるのにうってつけの言葉を並べているみたいだ。

 それが、余計にセラフィリアの癇に触っていた。


「しばらくここで待っていてもらおう。もうすぐ依頼主が到着する。魔法士は金になるんだよ————特にお前は上物だ」


 顎を掴まれ、顔を上げさせられる。

 好き勝手されているにもか関わらず、セラフィリアは抵抗できない。


「俺達が先に()()()()、報酬金が変わらないといいけどな」


 クレイグはそう言うと、品のない笑い声を洞窟内に響かせる。

 悪寒が身体中に行きわたって、背中を震わせた。


 どうしてこうなった……?

 この私がどうしてこんな目に遭わなければならない……?


 私が弱かったからなのだろうか。

 私が魔女として未熟だからなのだろうか。


 魔女の地位の回復、この世界に再び魔女の時代を到来させる————アストラ家の悲願だ。

 魔法こそが最強であることを証明しなければらないのだ。

 そのために日々自分を磨き、魔法の訓練をし、努力してきた。


 それが————こんな石一つで無駄になってしまうのか。

 私の今の力だけでは、どうにもならないのか————


 セラフィリアは悔しさのあまり、血が出そうなくらい拳を握りしめる。



 ————その時だった。


 爆音と共に洞窟の壁が粉砕される。

 石壁が壊れるとともに、クレイグの目の前に部下の一人が吹き飛ばされてきた。


「あぁん!? 何事だ!?」


 クレイグが声を荒げ、ランタンを壊れた壁の方に向ける。

 土煙が晴れていくと、そこには一人の冒険者が立っていた。


 大樽のようなフォルムの大きな体、フルプレートの鎧がランタンの光を反射して輝く。

 右手には大剣を装備し、左手にはその体ほどの大きさの楯————完全装備の上級冒険者がそこにいた。



「探したぞ……クレイグ」



 壁を破り、現れたのはラガスだった。

 ラガスの後ろには、クレイグの部下と思わしき冒険者達が複数人横たわっている。


 冒険者の矜持に従い、アベントの冒険者達を救いに行ったはずなのに。

 あの男、私を助けに来たのか……?


「チッ……何でこんなところにいやがる?」


「お主の仲間から聞いたんだ。我の同僚達がお主に嵌められていると聞かされて行ってみれば、そこにはクレイグ一派の冒険者が我を待ち伏せておった。仕方がないから痛い目を見てもらって、この場所を吐かせたんだ」


 また騙されるところだった。まさか、今回の標的は我ではなく我の仲間だったとは————

 ラガスは右腕をぐるぐると回し、余裕さをアピールしながらクレイグに接近する。


「冒険者にとって最も大事にしなければならんのは仲間だ。仲間を傷つける者は何人たりとも許さない!」


 そして、ラガスは大剣の刃先をクレイグに向け、敵対心を露わにした。

 大剣に大楯、そしてその人並外れた巨躯からは、まるでそこに山があるかのようなプレッシャーを感じさせた。


 ラガスに睨みつけられたクレイグは、明らかに(わずら)わしそうに後頭部を掻く。


「調子に乗っているようだが、邪魔の一人くらい織り込み済みなんだよ。お前一人でこの状況をひっくり返せるとでも思ってんのか?」


 すると、クレイグは指を鳴らした。

 空間に取り付けられていたランタンが一斉に灯される。


 そして、石壁の裏から武装した冒険者の集団が姿を現す。

 中にはラガスと同じくらい大きな肉体の者もおり、全員下卑た笑みを浮かべていた。


「お前はゴールドの冒険者、それで俺達は下級冒険者だぜ? どっちが強いか、上級冒険者の意地とやらを見せてみろ」


 確かに、クレイグ一派の右腕には皆、ブロンズやシルバーのプレートがつけられている。

 だがその実は、全員ゴールド以上、そしてクレイグはプラチナ並みの実力を持つ冒険者だ。


 ラガスの方が不利なのは火を見るより明らかだ。



「さて————取引までの時間潰しと行こうか」


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