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第29話 賢者の試練

「あーあ……暇になっちまったなぁ」


 リルがベッドに寝転がって、ぶっきらぼうに呟く。


 ラガスとセラフィリアが離脱したアイス達賢者一行は、特に行くところもないので宿に戻ってきていた。

 二人がいないだけなのになんとなく物静かな気がするのは、気のせいなのだろうか。


「暇なことは現実世界にいたときもあっただろ。結局俺達はどこにいようと、大した目的も持っちゃいねえ、()()()()()な人間だってことだ」


 アイスは窓の側で頬杖をつきながら外を見ている。

 その目線の先に何を見ているのか。

 何を考えているのか、シーナには分からなかった。


 シーナは手伝えることも特になく、隅でじっとするしかなかった。


「まあ、この時間もそう長くは続かねえさ」


「どういうことだよ、アイス」


 アイスが意味深なことをいい、リルが言及する。


「そうだな……一週間もすれば、フレッドの奴らは痺れを切らしてこの世界に突入でもしてくんだろ。ほんで大蜘蛛に全員食われて終わりだ。だから、俺達はその後にゆっくり同じ扉から出ればいい」


「おいおい、あの化け物の家に戻んのか? あたし達もただじゃ済まねえぞ」


「そこは————まあ、なんとかなるだろ」


 ————ったく、一度ではっきり言いやがれっつうんだ、と言いながらリルは不貞寝(ふてね)の体勢を取った。


 賢者様は戻ってしまわれるのか。

 頭の片隅で分かっていたはずなのに、改めて言われるとショックが大きかった。


 元々、賢者様はこの世界に来る気はなかったと言っていた。

 だから、早い内に戻ってしまわれることは分かっていたはずなのに————


 このままでいいのだろうか。

 こんな形でみんながバラバラになったまま、終わっていいのだろうか。


 どうして、こんなことを思ってしまうのだろう。

 賢者様のお役に立てれば、それでだけ良かったのではなかったか。


 いつから、このパーティにこだわるようになってしまったのだろうか————



「あの!」



 気づくと、シーナは声を出してしまっていた。

 アイスとリルの二人が、こちらに注目する。


 シーナは自分が何を言い出すかもよく分からないまま、喋り出した。


「あの……賢者様、二人を追いかける気はないのでしょうか……?」


 どうしてこんな願いを口に出してしまったのか。


 それは多分、みんなで旅をするのが楽しかったからだ。

 新しい世界、頼もし仲間。

 セラフィリアとリルの何気ない喧嘩までもが楽しいと思えた。


 それをもっと続けたいと思ってしまったのだ。


 シーナが初めて口にした、心からの願い。

 しかし————二人からは冷たい答えが返ってきた。


「ねえな。元々、ほとぼりが冷めるまであいつらに付き合ってやっていただけだ。追いかける意味がない」


 リルはぶっきらぼうにそう切り捨てる。

 あまりのそっけなさにシーナの心はそれだけで折れそうになった。


 いや、まだ諦めたくない————

 口をつくままにシーナは食い下がる。


「でも、みんなが揃って賢者様一行ではないですか! これからも楽しく————」


「おい、シーナ」


 リルが低い声を出し、こちらに銃を向けていた。

 体が一瞬のうちに危険を察知し、呼吸を止める。


「あまり寝ぼけたことを言ってんじゃねえ。あいつらもお前もそもそもあたし達の仲間じゃねえんだよ。仲良しこよしがやりたかったら他所に行けや」


 とてつもなく強い言葉だった。

 リルの鋭い眼差しが、シーナの胸を突き刺す。

 口答えを許さない、反論すれば容赦しないと言われているような威圧感があった。


 シーナの口からはそれ以上、言葉は出なかった。


「はい……申し訳ありません」


 シーナは頷いて、その場に座り込む。

 リルも銃をしまって、また横になった。


 このまま終わりなのだろうか。

 私にはどうすることも————


 シーナの心が折れそうになる瞬間、アイスが口を開いた。


「言いたいことがあるんなら言ってみろよ、シーナ」


 シーナは顔を上げる。

 アイスが窓の外から目線をこちらに戻していた。


 だが、言いたいことはもう言ってしまい、それをリルに拒否されてしまった。

 これでその話は終わってしまったのではないか


 シーナが再び俯き加減になると、アイスが言葉を続ける。


「ただし、俺達は賢者であり、知識を司る。てめえの子供じみた感情論だけじゃ、俺達が動くことはねえだろうな」


 言われてみればそうだ。

 私だって本気でこんなことで賢者様が動いてくれるとは思っていなかったのだ。


 賢者様はこの世で最も理知に富んだお方。

 そんな存在を動かすためには、理論的であり、筋の通った話をしなければ、説得なんて絶対にできない。


「嘘でもいい。俺達が動かざるを得ない理由を提示してみろ。もし、本当に実現したいことがあるんだったら、俺達を納得させてみるんだな」


 でっちあげでもいい、こじつけだっていい。

 重要なのは理屈が通っているか、人を動かせるほどの説得力があるかどうかだ。


 それこそが、賢者————もとい()()()に必要な要素である。


 これは賢者様からの試練だ。

 私を賢者様の従者として試していただいている。


 私にできるだろうか。

 いや————私にできなければ、賢者様のお側にいることは許されないだろう。

 賢者様のようにあらゆる知恵を使って、相手を納得させる。

 そのためには、感情を表に出さず、地続きの理論を私自身で導き出さなければならない。


 シーナはかつてない速度で思考を巡らせた。

 脳の今まで使ったことのない部分を使う感覚。


 賢者様がここに来てからまだ数日だ。

 シーナは常に二人と一緒に行動していたため、与えられた情報量はほぼ変わらないと言っていい。

 この数日間の情報、そしてシーナ自身が知ってるこの世界の情報を使い、彼らを納得させる根拠を作り出す。


 もう既に()()()は冷えていた。



「分かりました。もう仲間がとやかく言うつもりはありません」



 シーナは立ち上がる。

 初めて、アイス達に対して真正面から向き合っている気がした。


 彼らが動く根拠はある。

 あとは、喋りながら考えるんだ。


 シーナは息を大きく吸って、はっきりと主張した。



「ただ————このままでは、賢者様はこの街を追放される可能性があります」



 緊張しながらも言い切った。

 アイス、リル、ともに大きな反応はない。


 ただ一言、アイスがシーナに続きを促した。


「続けろ」


「はい————この街は冒険者の街ですが、その実態は歪んでいます。とある冒険者集団によるクエストの独占、それによりパワーバランスが全て、冒険者集団の親玉、クレイグという男に集まっているというのが現状です」


 クエスト独占することによって、それに伴う収益も彼らが独占している。

 金に困った冒険者達は、基本的にクレイグの指示に抗うことができない。

 この街の冒険者は全て、クレイグによって支配されていると言っても過言ではない。


 ここまでは誰でも分かる周知の事実だ。

 しかし、今日の時点で不可解なことがすでに起こっている。


「そんな、歪ではあるものの、ある意味調和が取れていたこの街のバランスが、今日大きく動き出した。しかも、私たちが街に来てまもなく、そして、私達がいないタイミングで————私たちが狙われていると考えてもおかしくはない」


 冒険者は元々縄張り意識が強い人間が多い。

 それに、クレイグはラガスとも因縁があったようだ。

 この街で最初に出会った時の印象も悪く、しかも、アイス達は『モノセロ迷宮』クレイグの部下とおもわしき冒険者を返り討ちにしている。


 ここまで根拠がそろえば、クレイグという男がアイス達に目をつけない方が不自然とも言える。


 アイス達に未だ反応はない。

 ただ反論もする様子がなく、ただ黙ってシーナの話の続きを待っていた。


「賢者様が取る手段の一つとしては、この街から逃げること。しかし、このアベントの周辺はクレイグ一派のテリトリーなので、逃げるとすれば、私達はそれよりも遠くへ逃げなければいけません」


 クレイグはこの街の冒険者のほぼ全てをコントロールできるため、人数の差は圧倒的だ。

 奴らが人海戦術で網を張れば、アベント周辺のみならず、『ヴァイ・ゼヴァルト大森林』まで逃げたとしても捕まってしまう可能性がある。


「すなわち、賢者様が先ほど目的地に上げていた、アストラ家の館からはかなり遠ざかることになってしまうでしょうね」


 アイス達が()()()()()()に戻ってしまうとしたら、今のところアストラ家の館にある『賢者の扉』に向かう必要がある。

 セラフィリアがいないので、移動は基本的に徒歩。

 この広大な自然の土地を、転移魔法なしで移動するのはかなり大変だ。


 その上で、クレイグ一派の監視の目を掻い潜って、そこまで辿り着くのは困難だろう。


「————確かに、そいつはちと具合の悪い話だ。で、俺達はどうしたらいいんだ?」


 アイスは切り返して、シーナに問いかけた。

 少し動揺するが、声の調子を変えずにアイス達に提案する。


「なれば先手必勝です。あの冒険者達をこちらから潰してやりましょう」


 まだ直接的には攻撃を受けていない今がチャンスだ。

 逆に言えば、チャンスは今しかない。


 それに————



「あなたなら、もうそのための布石を既に打っているのでしょう?」



 まるでアイスを試すかのように、問いかける。

 シーナが喋り終えたことで、長い沈黙が訪れた。


 不敬だっただろうか。

 シーナの額に汗が滲む。

 それでも、緊張をなるべく表には出さないように、手の震えは気合いで止めていた。


 そして————


「……初めてにしちゃ、悪くねえカマかけだ」


 しばらく返答を待っていると、アイスが徐に笑い出した。

 アイスは窓の側の椅子から立ち上がりシーナに近づく。


「てめえの言う通り、逃げるのも色々面倒だし、そもそもあんな雑魚から尻尾巻いて逃げんのも癪だ」


 元々どっかで潰そうと思ってたところなんだよ。

 アイスはそう言いながら不敵な笑みを浮かべる。



「シーナ、てめえの口車に乗ってやるよ」


「……はい!」



 シーナは目を輝かせて、大きな声で返事をした。


 アイスがシーナの提案を受け入れてくれた。

 とりあえず、試練は合格といったところだろうか。


 たった数分喋っただけなのに、どっと疲れが出た。

 脳の思考回路が焼き切れる寸前で、煙が出ているのではないかと思うほどに。


「文句ねえな? リル」


「————ああ、こちとら鉄火場に飢えていたところだ。異論はねえぜシーナ」


 あのショートヒューズがいなくて暇してたところだ、とリルは腕を回す。

 シーナに向けられた眼差しは、先ほどの刺々しいものではなく、いつもの柔らかい空気が戻ってきていた。


 よかった。

 賢者様がこの街に少しでも長くいてくれれば、きっとなんとかなる。

 私がなんとかして見せる————


 シーナが改めて意志を硬くしていると、アイスが口を開いた。


「それで————てめえのことだ。このままこの街にとどめさせて、パーティが仲直りする時間を稼ごうとでも思ったんだろう」


「あ、いや……そんな————」


 心の中を覗かれたかと思うくらいにシーナの企みを言い当てられ、動揺してしまった。

 リルのジト目がシーナの横から突き刺さる。


 完全にお見通しだった。

 やはり、賢者様には敵わない。



「安心しなシーナ。俺の勘が正しければ、近いうちにまた全員集まることになる」


「へ?」



 思ってもみない発言に、シーナは素っ頓狂な声をあげた。

 深くは語らないアイスは、そんなシーナに構わずロングコートを羽織り、部屋の扉に手をかける。



「そうだな————まずは、ラガスに助けを求めていたあの冒険者から、たっぷりと話を聞いてみようぜ」



 こうして、アイス達賢者一行は、再び行動を開始した。


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