表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/149

第26話 テントの中

「シーナ、これはアイスの分だ。持っていってやれ」


 奴はテントの中だぜ、と言いながら、リルが何かを投げてよこす。

 あたふたと空中でキャッチすると、それは『バエル・エンファ』の串焼きだった。


 シーナがテントの方を見ると、複数あるうちの一つだけぼんやりと灯りがついているものがある。

 アイスはそこで休んでいるのだろう。


 それ以上、リルは何も言わなかった。

 シーナは深く礼をしてから、アイスのいるテントの方へと向かう。

 焚き火の温もりが少し遠のき、森の冷ややかな空気が肌を撫でた。

 そして、明かりのついているテントの元に辿り着く。


「————失礼します」


 ノックする扉もないので、一声かけてから中に入る。


 テントの中はとてもシンプルで、橙色に中を照らすランタン、そして寝袋と椅子があるだけだった。

 そこで黒い格好をしたアイスが、椅子に腰掛け、本を読んでいる。

 本を読んでいるからなのか、いつもの黒い眼鏡(サングラス)は外しており、真っ黒な瞳が直に見える。

 足を組み、本を片手で持って開いているその姿は、賢者らしい知的な印象をシーナに与えていた。


 すると、アイスはシーナに気付き、本を読む手を止める。


「賢者様、こちら食事と頼まれていた銃弾になります」


「————すまねえな。消耗品だけは騙しが効かねえ、お前がいてくれて助かったぜ」


 アイスは礼を言って、その二つを受け取った。

 彼もリルと同様に、サバイバルに抵抗があるようには見えない。


 やはりアイスも、私が憧れているような賢者ではないのだろうか————



「どうした?」



 すると、アイスが本を閉じ、シーナに尋ねる。

 いつもははっきりと見えない黒い瞳が、まるで吸い込まれそうな奇妙な感覚にシーナを陥れる。


「どうした————というのは」


「すっとぼけんなよ。聞きたいことがあるような顔をしてるぜ」


 アイスはそう言うと、シーナが複製した銃弾を指でピンと上に飛ばす。


 心に(もや)がかかっている状態を見透かされたのかもしれない。

 その瞳の前で、シーナは嘘をつくことはできなかった。


「リル様に聞きました……賢者様の世界にも格差があるんだって」


 こちらの世界と同じで格差がある。

 誰かが成功して富を得て、誰かが失敗して泥水を啜る世界。


 リルは住む場所もない、食べるものもない、恵まれない賢者だったのだと言っていた。

 シーナの世界と同じ社会の縮図が、賢者の世界にもある。


「生物はお互い競争するもんだ。競争すれば必ず勝者と敗者が生まれる。そこに格差が生まれちまうもんは、どこの世界でも一緒だろうな」


 特に、リルの生まれは特殊だからな。

 アイスは懐から銃を取り出し、弾倉に銃弾を補充していく。



「————賢者様は違いますよね?」



 シーナは意を決してアイスに尋ねた。



「賢者様は賢者の中の賢者なのですよね?」



 成功した方の賢者。

 世界のあらゆるものを創造した賢者。


 シーナが幼い頃に本で見た憧れの存在。


 賢者の扉から現れ、私を館の外へ連れ出してくれたこの人は一体どっちなのか————



「安心しな。俺は正真正銘の賢者だぜ」



 アイスは澱みなく答えるのだった。

 その言葉だけで、ほっとしている自分がいる。


 何を疑っていたのだ。

 アイスは何度もその知性を持ってパーティを助けてきた。

 それをずっと見てきたのは、何よりもシーナであるはずなのに。


 そんな疑念を抱いてしまった自分が許せない。


 館で私を助けていただいたのはアイスだ。

 先ほどの『バエル・エンファ』との戦闘においても私の前に出て守っていただいた。


 本来なら、従者である私が身を挺してお守りしなければならないというのに。

 ここまで、自分は何の役に立てていなかった。



「————賢者様、お願いがあります」



 私が役立たずなのは、私が弱いからだ。

 精神も肉体も、並の人間よりも劣っている。

 そんな私が少しでも役に立つためには、願わずにはいられなかった。



「私に……ヒプノシスをかけてください」



 アイスの銃弾を装填する手が止まる。

 シーナはラガスを今でも操っている賢者の技————ヒプノシスを自分にかけてくれと懇願した。

 普通に考えれば、正気の沙汰とは思えない願いだった。


 だが、それも賢者の役に立つためである。


「私は弱いです。私には優れたところは何一つなく、何の能力もなく、それどころか賢者様をお守りする勇気も根性もございません。賢者様の従者として必要な素質を持ち合わせていないのです」


 シーナはアストラ家で奴隷のような扱いを受けてきた。

 主人に同僚に、ずっと虐げられて生きてきたのだ。

 そして最後には、大好きだったお母様にさえ————


 自分は出来損ないであり、生きる価値のない存在だと。

 そんな意識がシーナの精神には刷り込まれている。


 何の取り柄もないにも関わらず、その刷り込まれた劣等感により、きっとシーナはもしもの時に動けない。


「だから、私が賢者様の盾となれるように、私を操ってください! そうすれば、今よりはあなたのお役に立てる……!」


 ならばいっそ、心なんてなくていい。

 賢者の操り人形になった方が、きっと私は役に立てる。


「そうか————」


 アイスは少し考えるようなそぶりをした後、銃を懐に仕舞い込んだ。

 そして、シーナの方に手を伸ばす。


 シーナは目を閉じた。

 緊張で手が少し汗ばみ、指先が微かに震える。

 周囲の音が急速に遠のき、自分の鼓動の音だけが強調されて聞こえてきた。


 シーナの額の方に、人差し指を伸ばして————ピンと弾いた。



「あいたっ!!」



 シーナは額を押さえ、涙目で見上げる。

 そこには、薄く微笑んだアイスの顔があった。


「やんねえよ。というかそういう話なら()()()()()()()()()()()()()だぜ」


「え?」


 ヒプノシスが無駄?

 たとえ賢者でも、シーナに術をかけるのが難しいということなのだろうか。


 アイスは再び椅子に腰掛け、足を組んで頬杖をつく。


「てめえの一番したいようにすりゃいいんだよ。そのために大切なのは、何を信じるのか選択することだ」


 一番したいこと……?

 それが、賢者様のお役に立つことだと言っているではないか。


 どうしてヒプノシスをかけてくれないのだろうか。

 もしかして、いつか私が賢者の意向に背くのではないかと疑われているだろうか。


 シーナは居ても立っても居られなくなって、前のめりにアイスに訴える。


「わ、私は賢者様を信じています!! だから私は————」


 しかし、シーナは最後まで訴えをアイスに伝えることはできなかった。

 突如、急激な眠気に襲われたのだ。


 シーナはその場に倒れ込み、意識を失った。



 *



「————とは言ったが、まあ、保険はかけとくか」



 アイスは寝てしまった目の前のシーナを見て、そう呟く。

 そして、徐に腰を上げ、シーナの元に近づいた。


 綻びがあるとすれば、やはり彼女だ。

 この手札が使用されるかどうかは分からないが、選択肢は多いに越したことはない。


 アイスは人差し指を伸ばし、シーナの額に触れた————


読んでくださりありがとうございます。



今作を読んで、なんかおもろそうやんと少しでも思ってくれたら↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!


ブックマークもお願いします!



あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ