第24話 沼地の大蛙
草木が鬱蒼と生い茂っている。
湿度が非常に高く、咽せ返るような空気が支配していた。
枝が交錯し、蔓が絡まり合い、時折、虫や小動物の鳴き声が響く。
足元には、底の見えない沼が広がっていた。
例の如く、セラフィリアの転移魔法でアイス達賢者一行が辿り着いたのは、『ルキフグス沼地』
大陸南側の比較的暑い地域にあり、植生も異常に発達している。
湿気でじっとしていても汗が滲み出る中、アイス達は茂みに身を隠し、正面の沼にいる巨大生物の様子を伺っていた。
「くそでけえ蛙だ……!」
リルがパーカーの襟元をばたつかせながら、指を差す。
次なるアイス達の目標は巨大な蛙だった。
『バエル・エンファ』
全長3、4メートルほどある蛙の化け物。
緑色の光沢のある肌に黄色い筋が入っており、たとえ、現実と同じサイズでも触るのが憚られるような色合いだ。
この『ルキフグス沼地』にしか生息しない個体で、この沼地で最も警戒しなければいけないモンスターであるとのこと。
最も大きな特徴で脅威となるのが、『バエル・エンファ』の体液。
あらゆる硬い鉱石をも溶かすと言われている強力な酸だ。
そして、賢者の石の試練に必要になる素材でもあった。
「どうだセリー、こっからやれるか?」
「少し厳しいな、障害物が多すぎて仕留めきれない可能性がある。もっと接近したい」
セラフィリアは鬱陶しくもたれかかる枝を押し除けながら標的に杖を向けるものの、魔法を狙えそうにないのは側から見てても明らかだった。
目の前にはいくつもの自然の障壁が立ちはだかっており、ここから魔法を発動しても効果は低いだろう。
「……だが、これ以上は相手に気づかれてしまうだろうな」
「しかし、あの図体ですから、こちらに攻撃してくる前に魔法を発動できるのでは?」
「微妙だ。奴の酸攻撃のスピードを舐めてはいかん。少しでも隙を見せたら酸を吐きかけられて、瞬く間に溶けてしまうぞ」
ラガスが経験則からシーナの意見を否定する。
かといって、このまま茂みに閉じこもっていても状況は変わらない。
セラフィリアが魔法を発動できさえすれば、あのバエル・エンファを倒すことはできるだろう。
だが、そのためには相手の気を引く必要があった。
「リル、てめえが時間を稼げ」
「あいよ、リーダー」
リルはパーカーの懐から銃を取り出して構える。
そんな小さい鉄の機械がリルの獲物なのかと、ラガスが目を丸くしていた。
セラフィリアが魔力を充填して、魔法を放つ時間を稼ぐ。
リルにとってはこの銃だけで、それが十分に可能だった。
「ほんじゃ————行くぜ!」
リルは草陰から飛び出した。
アイス達も後に続くが、リルはとんでもない加速度で草木を切るように突き進んでいく。
沼地は足場も悪く、たとえ上級冒険者でも、なかなか自由に動くことは難しい。
一度沼に足を突っ込んでしまえば、身動きが取れなくなってしまう。
そんな足場をものともせず、リルは沼を踏まないように木から木へと飛び移り、高速移動していた。
まるで、生まれた時からこの沼地で過ごしていたかと思うくらいに慣れた身のこなしであった。
すると、リルが接近していることに、『バエル・エンファ』が気づく。
目がぎょろっと動いて、向かってくるリルを視認した。
『キエエエエエエエエッッ!!』
奇妙な鳴き声をあげ、口から酸を吐き出してくる。
リルはそれを軽すぎる身のこなしで、いとも簡単に避ける。
掠るだけで触れた部分が朽ちてしまうほどの強力な酸を前にしても、リルは微塵も恐怖することはなかった。
それどころか、一瞬の隙をついて射撃を行い、『バエル・エンファ』の体に穴を開けていく。
4メートル級の図体に対して銃弾は致命傷にはなり得ないが、それでも銃弾を雨のように体に撃ち込まれれば、化け物とて痛みを感じる。
だが、痛みに逆上して反撃したとしてもその攻撃を全て躱され、逆に三つ四つとまた穴を開けられる。
『バエル・エンファ』は完全にリルに翻弄されていた。
「上出来だ、リル」
こんな状態で、リルから目を離すなというほうが無理な話だろう。
十分な隙をもらったセラフィリアは、魔力を貯めていた。
赤いオーラが生きているかのようにセラフィリアの体を纏い、凄みを増していく。
野生動物の本能で、『バエル・エンファ』が魔法に気づくが————もう遅い。
『ヴァリン・ウィンド』
魔力が変化し、周りの植物が押し除けられ、風に乗って舞い上がる。
そして、その力が杖に伝わり、一気に放出された。
杖から放たれた風は、鉤爪のようになって地面を這う。
標的に近づき、『バエル・エンファ』の体を切断した。
『ギョエエエエエッッッ!?』
体が三つに寸断され、衝撃で目玉が飛び出た。
体液を撒き散らしながら、肉片がぼとぼとと落ちる。
「やったか!?」
リルとセラフィリアの圧倒的な戦闘は、後続が追いつく頃には終わってしまっていた。
これで、『バエル・エンファ』のクエスト達成である。
「わぁ! やりましたねぇ!」
シーナが拍手をして喜ぶ。
だがその時————シーナの後ろの沼地が盛り上がった。
地中から出てきたのは、もう一匹の『バエル・エンファ』である。
『キエッ、キエエエエエエエッッ!!』
「!?」
「二匹目だと!?」
新手の『バエル・エンファ』は一番近くのシーナをターゲットにした。
シーナは完全に虚をつかれて、固まってしまう。
戦闘力のあるリルもセラフィリアも、シーナからはまだ距離があった。
「————っっ!」
シーナは恐怖に目を見開くが、突如自分の前の視界が暗くなる。
アイスが黒いコートをはためかせ、シーナの前に出ていた。
「賢者様!!」
アイスは懐から銃を取り出して発砲する。
『バエル・エンファ』の目に命中し、大きくよろけた。
「我に任せよ!」
その隙に、ラガスがアイスの前に入って剣を構える。
『バエル・エンファ』は体勢を立て直し、ラガスに向かって体当たりをしてきた。
酸の体液をまとった『バエル・エンファ』の体当たりなど、まともに防御しても致命傷であろう。
ラガスは裂帛の気合と共に、大剣を振りかざした。
『堅武、ガーディアンスラッシュ』
ラガスは途轍もない速度で剣を振り回し、衝撃波を作り出す。
そして、こちらに突進してきた『バエル・エンファ』の体を弾き飛ばした。
あまりの衝撃に『バエル・エンファ』の体が宙に浮き、太い木の幹に叩きつけられる。
『バエル・エンファ』は多大なダメージを負ったが、体勢を立て直して再び攻撃の構えに入る。
しかし、それ以上、『バエル・エンファ』に時間は残されていなかった。
セラフィリアの風魔法が『バエル・エンファ』の体を貫く。
手足が切り刻まれて、肉塊になった。
「おうおう、ひやひやさせんなよ」
リルが軽い身のこなしで、木の枝から飛び降りる。
これ以上、沼地の生物から攻撃が来ることはなさそうだった。
アイスがコートの裾を払い、銃をしまいながらラガスに尋ねる。
「————ラガス、今のも魔法か?」
「いや、今のは我のような戦士がモンスターの攻撃からパーティを守るためのスキルだ。名を『堅武』という」
冒険者という職業の性質上、大きなモンスターと戦うことは少なくない。
しかし、どの冒険者もセラフィリアのような強力な魔法が使えるわけではない。
魔法を使わない戦士という役割が大きな相手に対抗するには、こういった守りの技術を身につける必要があるのだ。
「へえ、魔法が使えなくても、化け物と戦う技術ってのがあるのか」
「そんな興味津々な顔をしても、すぐに体得できるものではない。冒険者が何年も修行を積んでようやく扱える技なのだ」
へぇ〜〜、とリルがさらに面白そうに感嘆の声をあげる。
ラガスはゴールドの冒険者だ。
これまでに何度もモンスターと対峙し、自分なりの戦い方を身につけてきたのだろう。
リルがやたらと興味を持って質問を重ねようとするが、背後にセラフィリアが迫っていた。
「ほら、もたもたするな。さっさと体液を回収して帰るぞ」
「おいてめっ————痛えだろうが!」
セラフィリアが杖でリルの背中を突っついて急かす。
こうしてアイス達賢者一行は目的の『バエル・エンファ』の体液を採取し、『ルキフグス沼地』を後にした。
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