第22話 牛の化け物
深い影が満ちる、暗い通路。
整然と並べられた結晶灯が作り出す青白い灯りによって、おどろおどろしい雰囲気を醸し出す。
生物の気配は感じられず、通路内は無風のため、空洞音すら聞こえない。
不気味な沈黙が、通路全体に広がっていた。
その時、一筋の光が空間を裂いて現れる。
光は徐々に広がっていき、やがて五つの人物が通路に顕現した。
「————ったく、慣れねえな」
アイスは頭を抱えながら立ち上がる。
転移酔いは数回経験した程度ではまだ慣れないようだ。
アイス以外の他の四人も立ち上がり、薄暗闇の中、周りの環境を把握する。
「随分と陰気臭え場所に来ちまったもんだ」
ゴールドの冒険者になってから一夜明け、アイス達賢者一行はまず、『モノセロ迷宮』に訪れた。
ここは大陸西側に位置し、アベントの冒険者はまず遠すぎて滅多に来ない。
この大陸がどれほど広いのかは分からないが、現実で言うとコロラド州から西海岸まで行くようなものである。
それが、セラフィリアの転移魔法によって、一瞬で移動してしまった。
「すげえなぁ、にいちゃん。魔女以外にも転移魔法が使える人間がいるとは……!」
「……」
こいつ、アホだ。
催眠術をかけているから、この状況を納得しようとするとそうなるのだろうけど。
「じゃあにいちゃん。ミノタウロスを探しに行くぞ」
ラガスの案内に続き、アイス達は迷宮の奥へと進む。
足音が青く照らされた壁に響き渡り、通路の奥まで木霊している。
中の構造はかなり入り組んでおり、ラガスがいなければとっくに迷っていたことだろう。
ゴールドの冒険者以上じゃないと立ち入ることはできないと言われていただけあって、この迷宮を進むには、探索の経験と知識が必要だ。
通路は人が作ったようにしか見えないが、ラガスが言うには、最初に冒険者がこの迷宮を発見した時から、このように整備されていたという。
大昔、神によって作られたと言われているらしい。
まあ、ピラミッドも宇宙人が作ったのではないかとか言ってる奴がいるし同じようなもんだろう。
ラガスの卓越したナビゲートにより、一行は少しも迷うことなく迷宮探索を進める。
しばらく進むと、少し開けた広場のような空間に辿り着いた。
「あれだ……!」
ラガスが後続に物陰に隠れるよう促し、広場の方に指を差す。
そこには、化け物がいた。
赤い体に牛の頭。
アイス達の二倍、いや三倍ほどはでかい。
暗闇で赤い目が揺らめいている。
アストラ家で見た大蜘蛛にも驚きはしたが、蜘蛛自体は現実世界にも存在する。
だが、このシルエットの生物は絶対に現実には存在しない。
アイス達が初めて目にする、異形の化け物だ。
しかも、それは一体だけではなかった。
複数のミノタウロスが集まり、広場の中央に固まって何かをしていた。
「……おいおい、ハルクみてえのが山ほどいやがるぞ」
もちろん、ハルクの体は緑だが、それを赤く染めて牛の被り物をつければ、あそこにいるやつになる。
岩石と見紛うような筋骨隆々とした体躯。
中には大きな棍棒を手に持つ個体もいる。
「こりゃあ、RPGでも用意したほうがいいんじゃねえか?」
「あーるぴーじー、ですか? 私にも用意できるでしょうか……?」
「……ったく、冗談だよ。いちいち拾わなくていいんだわ」
「いだっ!」
リルにデコピンされて、シーナは額を涙目で抑える。
対戦車兵器を用意することはできないものの、生身の人間が戦ったら一瞬で返り討ちにされそうなことは確かだ。
1匹だけならまだしも、5匹も6匹も同時に襲われたら、とてもじゃないが太刀打ちできない。
「妙だな……本来ミノタウロスはこのように群れる生態ではなかったはずだ」
ラガスが眉を顰める。
上級冒険者としての勘が警笛を鳴らしていた。
「いずれにせよ、近づかなければ金の角の個体がいるかも分からない。気づかれないように近づくぞ」
セラフィリアが杖を構えて物陰から立ち上がり、チームを促す。
アイス達は警戒しながらも、ゆっくりとミノタウロスに近づいた。
後ろを向いているその化け物達は、何かに夢中でアイス達に気づく様子はない。
近づいてよく見てみると、奴らが何かを捕食していることが分かった。
薄暗い空間では、一体何をしているのかが見えなかったが、近づいて奴らの全貌がはっきりと見えた。
そこにいたミノタウロス達は、人間の肉を捕食していた。
「ひ、ひぃ!」
悍ましい光景に、思わずシーナが悲鳴をあげる。
その瞬間、ミノタウロスの群れが一斉にこちらを向いた。
「こりゃいかん!」
ラガスがすぐに危険を察知し、シーナの頭を伏せさせるが、もうすでに遅い。
手前のミノタウロス一匹が立ち上がり、完全にアイス達を視認した。
『ウオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
広場が振動するほどの音圧で、ミノタウロス達は咆哮する。
そして、全てのミノタウロスがこちらに向かって突進を始めた。
「————おい、この数はやべえ。一旦逃げるぞ!」
リルが指示を出し、アイス達はこの広場から脱出するために一斉に身を翻す。
この化け物達と正面からぶつかって、勝ち目がないことは明らかだ。
一時的に撤退し、作戦を練り直す必要があるというのが、アイス、リル、シーナ、ラガスの四人の共通認識だった。
しかし、その中でただ一人、セラフィリアだけは逃げずに、ミノタウロスの前に立ちはだかった。
「セラフィリア様!?」
「おいセリー! 何ぼうっとしてやがる!」
リル達の声にも、セラフィリアは耳を貸さない。
彼女は杖を上に掲げた。
すると、赤いオーラがセラフィリアの周囲に現れる。
セラフィリアの魔力が体から溢れ、空気を揺らし、可視化されて見えるようであった。
そして————セラフィリアは呪文を唱える。
『トールランス』
セラフィリアを纏っていた赤いオーラが青く変化した。
空中に魔法陣を作り出し、雷魔法が具現化される。
彼女が敵の集団に杖を向けると、杖から青い雷が迸った。
風が巻き起こるほどの衝撃で、雷が解き放たれ、ミノタウロスめがけて飛来する。
雷がミノタウロスに着弾したかと思った瞬間、広場が眩い光で照らされ、爆発した。
『ギャオオオオオオオオッッ!!?』
ミノタウロス達は予想もしていなかった反撃に、甲高い断末魔をあげる。
それすらも雷魔法の爆風に飲み込まれていった。
凄まじい轟音が迷宮を大きく揺らし、硝煙が舞い上がる。
しばらくして煙が晴れると、そこには黒く焦げたミノタウロス達の骸が転がっていた。
————どうやら、こっちにも化け物はいたらしい。
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