第21話 はじめて
シーナは目を覚ました。
正面に映る木目の天井は部屋全体に穏やかな雰囲気を与える。
橙色の照明が天井を柔らかく照らし、ほんのりと温かな色合いに包み込んでいる。
窓の外は既に暗くなっていた。外の景色は暗闇に包まれ、夜の静けさが部屋に漂っている。
シーナは外の暗闇と、室内の暖かな照明の対比を感じながら、ゆっくりと体を起こした。
「気がついたか」
すると、左側から声をかけられる。
部屋の左隅の椅子に、セラフィリアが座っていた。
彼女は黒いローブ姿ではなく、薄茶色の毛糸編みの部屋着を身につけていた。
「私は、寝てしまったのですか?」
「疲れが溜まっていたのだろう。果実でも食べなさい」
セラフィリアはシーナを責めることはなく、優しい笑顔でシーナの後方を指差す。
彼女が指差す方向には、赤く熟れた果実が置いてあった。
どのくらい寝ていたのだろう。
時計を見ると、時間は20時を指し示していた。
ギルドにプレートを交換しに行ったのが、17時くらいだったので、3時間も眠りこけてしまったみたいである。
「出発は明日にしたよ。ここから先は上級冒険者以上の実力が求められる。シーナにはまた負担をかけてしまいそうだからな」
ラガスはともかく、アイスとリルの二人もこの先の旅についていけるか知らんが……
セラフィリアはつーんとした顔を浮かべていた。
これから行くのは、『モノセロ迷宮』と『ルキフグス沼地』
どちらも、常人では通ることのできない過酷な場所だと聞いている。
そんな場所に、果たして私はついていけるのだろうか。
いや————そんなことを考えても意味がない。
私が賢者様にお供することは、確定事項だ。
賢者様の旅路についていかないなどという、選択肢などない。
私は今、私が出来ることをするだけだ。
「お召し物を洗濯してきます」
シーナは顔を両手で軽く叩いて、気を取り直す。
そして、ベッドから立ち上がり、セラフィリアのローブを手に取った。
だが、セラフィリアが身を乗り出し、シーナの肩を掴んで止められた。
「まだ体調が万全ではないんじゃないのか? 休みなさい」
やはり、セラフィリア様は優しい。
足手纏いの私に、こんなにも気を遣ってくれる。
しかし、今の私に出来ることはこれくらいしかないのだ。
シーナはセラフィリアの方に振り返り、満面の笑みを浮かべる。
「いえ————私は館を離れたとしても、アストラ家のメイドを辞めたわけではありません」
私の使命は賢者様に仕えること。
だが、アストラ家の使用人を辞めたわけではない。
この役目もお母様から受け継いだ大事なもの。
たとえ館から離れていても、しっかりと勤め上げなければならない。
すると、セラフィリアは小さく溜息をつくと、再び腰を落ち着け、それ以上は何を言わなかった。
シーナは深くお辞儀をして、洗濯物を持って部屋を出る。
暖かい部屋から、少し寒い廊下へと、シーナは踏み出した。
*
シーナが足早に部屋から出て行く。
少し危なっかしさもあるが、いい子だ。
アストラ家でもあまりいい扱いを受けていなかったにも関わらず、自分の仕事を全うしていたのをセラフィリアは目にしている。
彼女の敬虔さは母親から来ているらしいが、セラフィリアは見たことがない。
彼女の口ぶりから察するに、もう亡くなったのだろう。
親子の召使がいるという話は聞いたことがなかったのだが、セラフィリアが魔法学校に通っている間にでも雇っていたのだろうか。
なんにせよ、そこに一体どんな経緯があったのかについては、主人の一人であるセラフィリアには知る必要がない。
しかし、あの小さな背中に数々の悲しみを背負っていることだけは感じられた。
考えに耽っていると、部屋の扉が開く。
シーナとほぼ入れ替わりで部屋に入ってきたのは、リルだった。
「まさか風呂なんてもんに入れるとはな、なかなかいいところだぜ」
リルは上半身裸で、胸元をタオルで隠しているだけという完全無防備な状態であった。
火照った体、湿った髪からはリルの女性らしさを醸し出しているが、その肉体は綺麗に引き締まっており、男性のような力強さすら感じられた。
セラフィリアは魔眼を使用する。
魔力を体内で操ることができる魔女のみに許された、魔法を見透かす眼だ。
そしてそれは魔法のみならず、見た生物の強さや隠された力を見透かすこともできた。
(何度見ても謎だ……魔力を一切感じないというのに、肉体は私と同じくらい強靭だなんて……)
魔力を持っていないにも関わらず、魔法で強化しているセラフィリアに匹敵する体つき。
一体どんな鍛え方をしたらこうなる。
そして、魔眼でリルの隠された力を見破ることはできなかった。
それが逆に、底が見えないと言われているようでもあった。
果たして、その強さはどこから来るのか。
セラフィリアは目の前の謎めいた女に、好奇心を刺激されていた。
「おい、リル」
「なんだ?」
セラフィリアは、リルの荷物の方に指を差す。
彼女の強さを象徴しているのは、やはり————
「その銃という武器は、なんだ?」
鉄でできた精巧な道具。
爆発音と共に、石を砕くほどの破壊力の鉄の塊が飛ばされる。
その威力は、セラフィリアの魔法に匹敵するものだ。
この道具にそこまでの工夫が施されているようには思えない。
一体、どのように扱えば、強力な武器となるのだろうか。
すると、ニヤリとリルは笑う。
「試してみるか?」
「え?」
リルは手荷物をがさごそと漁り、そこから銃を取り出した。
黒い銃身が室内の淡い光を反射している。
それを手渡し、セラフィリアの右手にしっかりと握らせた。
アストラ家の館から逃げる時にも触ったが、改めて持ってみると見た目以上にどっしりと重い。
銃把は鉄の冷たさを感じさせるが、手の平に吸い付くように右手に収まっていた。
セラフィリアに銃を握らせると、リルは左隣に移動する。
「いいか?右手で握って左手で支える。しっかり握ったら銃を目線の高さまで上げろ、狙うのは敵の頭だ」
リルはセラフィリアの手に手を重ね、銃を目線の高さまで引き上げた。
照準をベッドの脇に置いてある赤い果実に合わせる。
構えただけで、張り詰めたような緊張感が生まれた。
汗として体の水分が一気に排出されたような感覚になり、セラフィリアはゴクリと生唾を飲む。
リルは笑みを浮かべながら、肩に手を回し、耳元で囁いた。
風呂で温まったリルの柔肌が密着する。
「銃の一番おもしれえところは、引き金を引いた瞬間に相手の頭が弾け飛ぶ感覚————その快感だ」
敵は常に動き続ける、自分も動き続ける。
その中で、敵を捉えて撃ち抜く。
その瞬間、血飛沫と共に相手の頭が爆ぜる。
想像させられた。
実際の戦場で銃を握り、命と命のやり取りの中、敵の急所を狙って打たなければならないという状況。
この一発を外せば死ぬ、一瞬でも銃口が迷えば死ぬ、そんなジレンマと焦燥に満たされた刹那の空間で、引き金を引くという選択を迫られるのだ。
緊張で息が荒くなる。
すると、リルの手が艶かしくセラフィリアの体をなぞった。
「呼吸を止めてみろ。頭が冷えて、手の震えがマシになる」
言われた通り、セラフィリアは息を止めた。
酸素を絶たれて苦しいはずなのに、興奮状態にあった脳は一気に冷静になる。
一体、どのくらいの時間、息を止めているのかもう分からない。
リルの吐息がセラフィリアの頬を撫でた。
「————ほら、引き金を引いてみな」
セラフィリアは人差し指を曲げ、引き金を引いた。
爆発音が轟き、銃口から吹き出す火焔が周囲を明るく照らす。
その瞬間、耳元で耳鳴りが響き、まるで時間が止まったかのように世界が静寂に包まれた。
後ろに持ってかれそうな衝撃が右腕を襲ったかと思うと、気づいた時には果実が弾けていた。
果汁が衝撃で噴水のように真上に飛び、そのまま転がって棚の奥に落ちる。
「はあ……はあ……!」
「ブラボーだセリー、1キルだな」
リルがセラフィリアの肩をぽんぽんと叩いて離れる。
支えがなくなり、だらんと垂らした両手から銃が零れ落ちた。
「————っ!!」
セラフィリアは居ても立っても居られなくなり、リルをおいて部屋を飛び出した。
部屋の扉を乱暴に閉め、その場に崩れ落ちる。
なんだ、今のは……?
肩で息をするのが止められず、頬が上気する。
胸を必死に押さえつけても、高鳴りが止まらない。
頭から変な物質が分泌され、体の隅々に行き渡っているようだ。
なんどか、とてつもなく————
気持ちがよかった。
セラフィリアは荒い息のまま、うっとりと自身の両手を見つめていた。
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