第16話 冒険者の街
「『ミノタウロス』と『バエル・エンファ』————どちらも手強い生物であるな」
冒険者の街『アベント』に向かう道中、ラガスに旅の目的を説明した。
催眠術がかけられているものの意識ははっきりしており、リルやシーナ、セラフィリアの名前もすんなり覚えたようだった。
アイス曰く、アイスの姿だけ自身の兄の姿に見えており、リル達は兄の知り合いだと認識したらしい。
ラガスは二つの生物について、説明を始める。
「『ミノタウロス』は大陸西側の『モノセロ迷宮』、『バエル・エンファ』は南側の『ルキフグス沼地』におる。どちらの地域も危険度Bクラスの場所だ」
「また訳の分かんねえ単語を————で、あんたは行ったことあるのか?」
再び並べられた呪文にリルは目を回しかけていたが、気を取り直してラガスに質問する。
ラガスはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、大きく頷いた。
「もちろんだとも! しかし、この二つの生物はとても強大で常人には狩ることはできない。実際に彼らに遭遇した時は、あまりに強い力に圧倒されたものだ……!」
空を見上げて、ラガスは思い出に耽っているようだ。
その様子が少しだけ気になって、セラフィリアはアイスの方に顔を寄せる。
「……一応確認なのだが、この男が嘘を言っていることはないんだよな?」
「安心しな。術にかかっている間は一切嘘は言えねえ。こいつの言葉はこいつが本心から思っていることだ」
まあ、こいつのおつむがでんぐりがえっていなけりゃ、の話だがな
アイスはそんな分かりにくい言い回しをしてきたが、要はラガスの記憶や思考に特に問題がなければ、彼の言っていることは信頼できるものらしい。
ということは見た目の通り、数々の冒険を重ねてきた歴戦の冒険者なのだろうか。
「————したがって、彼らに会うためには冒険者にならねばならぬな、そして、その生物のクエストを受けるべきだ」
クエストとは、冒険者ギルドが管理している依頼のことである。
ある土地の領主、収集家、生物研究家など、各地からギルドに対してモンスター討伐や珍品の収集、誰かの護衛など、様々な依頼が舞い込む。
冒険者はギルドから提示されるクエストの中から、自分たちの適正に合ったものを選び、依頼を受ける形になる。
受けられるクエストは冒険者の等級ごとに決まっており、竜を討伐するというクエストから、迷子猫を探すというようなクエストまである。
ラガスはアイス達につらつらと説明してくれた。
「我があそこの橋を見張っていたのもクエストだ……あまり、上等なクエストではないがね」
ラガスの表情がほんの少し暗くなった気がする。
言われてみれば確かに、大陸の各地を冒険したことがあるという冒険者が、このような雑用を任されているのはほんの少し不自然ではあった。
ラガスの説明を聞きながら歩いていると、だんだんと人通りが増えてくる。
荷車を引く若者や、ラガスのように鎧を身に纏う冒険者など、様々な人間がアイス達と同じくアベントを目指しているようだった。
坂を上り、少し高い丘を越えたところで、ラガスが前を指差す。
「お、見えたぞにいちゃん。アベントだ」
その先には、晴れ渡る青空の下に、大きな街が広がっていた。
*
「うわ〜〜〜〜!!」
シーナが周りを見渡して興奮している。
入り口から入った途端、街中が活気で溢れているのが感じられた。
様々な姿形、格好の人々が道を行き交い、行く先々で楽しそうに会話をしている。
中にはエルフ、ドワーフ、そしてさらに珍しい種族、人間達と様々な種族の亜人達が交流を深めていた。
ここは冒険者の街、『アベント』
数々の冒険の出発点となる場所であった。
「ははっ! いいじゃねえか!!」
「非常に賑やかですね! さすが冒険者の街!」
道沿いに屋台がずらりと立ち並び、誘うような香りが風に乗って広がる。
色とりどりの看板が目を引き、屋台の店員達は笑顔で通行人を呼び込んでいた。
「新鮮な果物だ!」「魔法のアイテムはいらねえか!?」「冒険者達よ、特別な武具をお求めください!」と、店員達の声が交錯し、またさらなる喧騒を生んでいた。
「今日は我の奢りだ! 好きなものを見に行ってくれ!」
「やったーー!」
リルとシーナは縦横無尽に駆け回り、屋台に顔を出しては目を輝かせている。
セラフィリアはさすがにその二人について行こうとは思わなかった。
人々に恐れられる魔女は、招かれざる客であり、この活気に満ちた場所にふさわしくはないのだろう。
だが、セラフィリアも悪くない気分ではあった。
リルがシーナを連れて興奮した様子で戻ってきた。
「すげえぜ、LAの活気とはまた一味違った感じだ! いつもこんなに店が出てやがんのか?」
「そうだぞ。この者達は冒険者に食糧や武器、アイテムを売ることで生活しとる」
そして、その食糧や武器のための素材は、店がギルドにクエストを出すことで、冒険者に素材集めが依頼される。
冒険者が素材を納品することで、また新しい食糧や武器が生産される。
「このようにして、このアベントという街は回っておるのだ————回っておるはずだった……」
ラガスは少し意味深な言い方をした。
その言葉尻に、リルとシーナは気づいていない様子であった。
セラフィリアはふと、アイスの表情を盗み見る。
すると、アイスは冒険者や店員達が和気藹々としているところには、目を向けていないことに気がついた。
その視線を辿ってみると、どうやらすれ違う冒険者の表情を見ているみたいだった。
「……?」
今まで明るく振る舞っている人間ばかりにどうしても目がいっていたが、よく見ると表情が暗い冒険者も歩いている。
いや、むしろ下を向いて目をうつろにしている冒険者の方が多いような気もした。
冒険者業とはやはり過酷なものなのだろうか。
活気ある冒険者とそうでない冒険者の格差に疑問を抱きながら、ラガスに連れられて道を歩いていると、突如、ラガスの歩みがぴたりと止まる。
すると、前の方の人混みからさっきまでの喧騒とは少し違った騒めきが聞こえてきた。
「————おい、あいつって……」
「ああ、間違いない。クレイグのパーティだ」
前方の人混みを掻き分けて、奥から複数の男達が現れる。
それは、様々な装備を身に纏った冒険者の一団だった。
男達は柄が悪く、人混みを強引に押すようにして前に進み続けている。
注目すべきは、彼らの装備が全て新品であるということだ。
鎧兜は艶やかに輝き、剣や槍はまだ刃が新しく、一瞥すれば長年使い込んでいるものではないということが分かる。
そして、彼らの下品な笑い声の中で不気味な響きを放ち、周囲の空気を凍りつかせていた。
「……」
さっきまで笑顔だったラガスの表情が、完全に冷えて仏頂面になっている。
その視線はどうやら、冒険者一団の先頭の男に向けられているようだった。
先頭の男は豪奢な装飾の鎧を装備した美形の男だった。
水色の髪の下からはピアスが見え、他にも色々と装飾品を身につけている。
ぼろぼろの装備を身につけ、暗い表情の冒険者が周りを行き交う中、その冒険者は明らかに異質な存在だった。
その男が道の真ん中にいるこちらの存在に気づく。
そして、嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「ようラガス、久しぶりだな。どこかで野垂れ死んでるのかと思ってたぜ」
冒険者一団がアイス達の前で停止する。
アイス達の格好を指差し、なんだあいつらは、と後ろの方で嘲笑する声が聞こえてきた。
そして、その男とラガス————二人の間には、穏やかじゃない空気が流れていた。
「クレイグ————お主、どうしてまだシルバーのプレートをつけておる。お主の実力はプラチナ以上はあるはずじゃ、なぜランクを上げない」
クレイグと呼ばれた男の右腕には銀色のプレートが装着されていた。
シルバーなので、ラガスのゴールドよりも下のランクである。
「おいおい、ゴールドになったからっていきなりランク自慢か? シルバーの雑魚冒険者は帰ってママの乳でも飲んでろって〜?」
クレイグが茶化すように肩をすくめて、後ろからぎゃはははと笑いが起こる。
こちらの神経を逆撫でするような態度だ。
しかし、ラガスは挑発に乗ることなく、無表情のままクレイグを睨むだけだった。
「それよりもよぉ————いい女を連れてるじゃねえか。あ?」
クレイグはラガスを押し除ける。
そして、ラガスのすぐ後ろにいたリルに標的を変えたようだった。
腰元、胸、そして顔と舐め回すように見た後、下卑た笑みを浮かべる。
「こんな金なしの木偶の坊なんか放っておいて、俺と来いよ女。俺様の夜の大運動会に招待してやるぜ」
冒険者の一団に再び爆笑が起こる。
ヒューヒューという歓声が上がるのを聞きながら、クレイグはキメ顔をしていた。
「————あのなぁ、色男」
その様子を見つつ、リルは溜息をついて、口を開く。
そして————クレイグに向かって、中指を立てて見せた。
「クソさみいんだよ。てめえのジョークからは馬糞の匂いがしやがるぜ……お断りだ」
あまりにストレートな言葉で、リルはクレイグの誘いを断った。
一瞬にしてその場の全員が固まり、空気が凍りつく。
何を言われたかをようやく理解したクレイグは、表情を怒りに変えた。
「な、なんだとごらぁ!」
「————おい」
胸ぐらに掴み掛かろうとしたクレイグの右腕を、セラフィリアが横から掴む。
とんがり帽子の下から、青く鋭い眼光がクレイグを貫いた。
「調子に乗るなよ、人間風情が」
「!?」
セラフィリアの文字通り人間離れした威圧に、クレイグがほんの少し慄く。
そしてその魔女のパワーが、ミシミシとクレイグの鎧の腕を圧迫していた。
「————行くぞ、お前ら」
その時、前にいたアイスから声がかかる。
アイスは、クレイグ達に一切目もくれず先に進んでいたのだ。
セラフィリアは腕を乱暴に離し、リルと共にアイスの後ろに続く。
一呼吸遅れてラガスとシーナが追いつき、アイス達は冒険者の一団を無視して、先を歩いていった。
「な、なんだぁ? あいつら……」
呆気に取られたクレイグ達がその場に残され、アイス達の後ろ姿を見送っていた。
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