第15話 人を操る男
冒険者。
冒険を生業とし、冒険を生きがいとする者。
魔獣の住む森、嵐が起こる海、火の猛る火山。
あらゆる危険に身を投じ、未知を解明する。
この世界では最も人気の職業だ。
「あのでかいのがその冒険者ってやつなのか?」
「はい、右腕にプレートがついています。あれはゴールド————上級冒険者ですよ」
母様に教わりました、とシーナは付け加える。
太陽の光を反射して、右腕につけられた黄金のプレートが光り輝いていた。
男の奥には大きな石橋がかかっている。
それを抜ければ、この『ヴァイ・ゼヴァルト大森林』からは完全に抜けられそうだ。
しかし岩のような存在が、その橋の前に立ち塞がっていた。
「……あいつ、素直に通してくれると思うか?」
「微妙だな。明らかに橋を通すまいと立っているように見える」
まるでここを見張っているかのように。
じっくりと辺りを見渡し、警戒している様子だった。
石橋を通り抜けるなら、入り口の中央に立つその男の視線は避けられない。
その時————一瞬、カサッと草が揺れた音を、その大男は見逃さなかった。
「そこに誰かいるのか!?」
男は突如、大声を出した。
鋭い眼差しが、左側の木陰の方に飛ばされる。
すかさず、アイス達は息を潜めた。
「我は『アベント』から派遣されたゴールドの冒険者だ! ここの見張りを任されている!」
太い声が空気を伝わって、アイス達が隠れる木陰に届く。
口を真一文字に結び、武人のような厳しい表情が兜越しでも伝わってきた。
「ここはシルバー以上の冒険者しか入ることは許されない森だ。最近、自分のランク以上の地域に侵入し、勝手に荒らす冒険者が増えている————シルバー以上の冒険者ならばプレートを見せてくれ! そうでないなら、大人しく投降しろ!」
胸の辺りまで伸びる髭を揺らしながら警告する。
大男の睨みの前に、アイス達は木陰から動けずにいた。
「————で、何色のプレートも持っちゃいないあたし達の場合はどうなっちまうんだ?」
アイス達は顔を見合わせるが、その問いに対する解決策を見出すことはできない。
こちとら『冒険者』という概念すら初めて知ったのだ。
それにこの森の出身と『賢者の扉』の奥から来た者達しかいないため、この世界の人間達の規則など知る由もない。
だが、どう言い訳をしようとこの状況が覆ることはなかった。
「今から迂回できないでしょうか……?」
「ここから一歩でも下がってみろ、すぐに気づいて追ってくるに違いねえ」
それだけの実力者だ。
リルとセラフィリアは肌でそれを感じ取っていた。
「早くせよ! さもなければ実力行使するぞ」
大男は背中から、剣を取り出す。
その剣身は日光を受けて煌めき、鋭い切っ先は空を切り裂くような力強さを感じさせた。
男はそれをしっかりとこちらに向けて構える。
「あんな獲物まで出してきやがった……! おいセリー、二人で協力して片付けるぞ」
「————私は戦わない」
「は?」
思ってもみない返答にリルが固まった。
「私の正体が魔女だと知られたくない。すまないが、できるだけ戦闘は避けて、魔女だと怪しまれないようにしなければならない」
魔女は伝説の存在で、恐れられる存在だ。
こんなところでのそのそと森から出てきて、ただの冒険者相手に力を使っていては魔女の沽券に関わる。
セラフィリアは魔女としての体裁を考えねばならなかった。
「ふざけんな……! 誰のためにこんなところまで来てると思ってんだ……! はやく————」
「まあ待て」
リルがセラフィリアの腕を引っ張って、道に出て行こうとするのを止められる。
アイスは得意げな笑みを浮かべて、サングラスをかけ直した。
「相手はバケモンじゃねえんだ。だったら話が通じる————ここは俺の出番だ」
「賢者様が自ら……?」
アイスは銃こそ扱えるものの、どれもリルの援護射撃という形で戦闘を行っていた。
彼自ら、相手との一騎打ちに挑むと言うのは、セラフィリアもシーナも想像していなかったことである。
アイスがそう言うと、リルも笑顔を浮かべ、セラフィリアを引っ張る手を離した。
「頼むぜ、相棒」
「任せな」
アイスとリルは拳と拳を突き合わせた。
首を鳴らし、袖をぎゅっと引き締めて整える。
そして、アイスは立ち上がり、茂みから出ていった。
ロングコートが立ち上がった反動で舞い上がる。
「あの男————アイスは強いのか?」
「まあ見てなって」
リルは彼に絶大な信頼を置いているようだった。
シーナもその横で期待に目を輝かせている。
賢者の名を名乗る者の力が発揮される時だ。
なるほど、お手並み拝見といこうじゃないか。
セラフィリアもアイスの行動に注目した。
アイスは木陰を抜け、道のど真ん中を歩く。
やがて、アイスが接近していることにその冒険者が気づいた。
剣をアイスに向け、警告する。
「止まれ! 怪しき者!」
「まあまあ、落ち着けよブラザー」
大男の強い口調の警告に対し、アイスは手を振って軽くあしらうような受け答えをした。
急に馴れ馴れしく接してきたことに、男は動揺しているようだ。
その調子のまま、アイスは男に話しかけ続ける。
「あんた、アベントってところから来たんだってな。名前はなんて言うんだ?」
「お、お前と話すことなど————」
「あー待て、今当ててやろう。レ……ロ……ラ————ラガ……ラガス————そうだな、お前ラガスだよな? ラガスじゃねえか!」
男は目を丸くする。
木陰に隠れていたセラフィリアとシーナも同様に唖然としていた。
その驚きの表情が、アイスの言った名前が正解であることを語っていた。
「お主、どうして我の名を————」
「そりゃそうさ、俺はお前のよく知っている人物だ」
その時、アイスはするりと男の懐に入り込んだ。
大男はあまりに流麗なアイスの動きに反応できず、体がガチっと固まっていた。
セラフィリアすらも反応が遅れるほどに、速い動きだった。
「————ああやって、一挙手一投足全てを読みきっちまうんだ。先読みして相手の行動を封じ込める」
言葉と体捌きを自在に操って、男の発言、動く先を阻害する。
それだけで思考は停止し、体は硬直する。
しかし、思考と行動の先読みだけでは、説明できないことがあった。
「リル様……賢者様はどうやってあの冒険者の名を言い当てたのですか……? 何かの魔法を使ったとか……」
「私もよく知らねえ。だが、あいつはこっちの発言の反応を見てるらしいぜ。俗に言うメンタリズムってやつさ」
めんたりずむ……?
聞いたことのない魔法だ。
アイスはその魔法を使ってあのラガスという男の心を読んで、名前を言い当てたのか?
ラガスの剣の間合いよりも近くまで接近したアイスは、人差し指を大男の眉間に突き立てた。
「なあラガス、目を瞑れ。よーく思い出してみろ。俺は————お前の兄弟だろ?」
まるでその人差し指で水面に触れたかのように、額から波紋が広がったような気がした。
出鱈目なことを言われたにも関わらず、ラガスは反論することができない。
「相手の心に僅かに隙間を作り出す。そして、そこに入り込み、意のままに操る」
頭を真っ白にさせて、一瞬だけ全てを忘れさせる。
そして、この時限りの唯一解を提示する。
嘘みたいに辺りが静まり返っていた。
数秒経った後、アイスは人差し指を離す。
「3……2……1————ほら、目を覚ましな」
ラガスはゆっくりと目を開けた。
虚空に目を泳がし、アイスに焦点を合わせる。
すると————
「……にいちゃん? にいちゃんじゃねえか!?」
ラガスは笑顔で、アイスに向かって『にいちゃん』と口にした。
「な、なぜだ!?」
「すごいです! 賢者様!」
セラフィリアが意味が分からないと愕然とし、シーナがパチパチと拍手を送っていた。
魔力も感じないし、魔法を使った形跡もない。
アイスの後ろからラガスの兄が歩いてきたわけでもないし、二人が示し合わせているわけもない。
ましてや、アイスがラガスの本物の兄だということもあり得ない。
ただ、ラガスがアイスの言う通りに、アイスのことを兄であると認識したのである。
これが魔法でなくて、一体なんなのだ?
「————もう大丈夫だな」
リルは立ち上がって、隠れていた木陰から抜けた。
続いてセラフィリアとシーナも、リルの背中を追う。
ラガスに肩をバンバンと叩かれ、再会を喜ばれていたところに割り込み、セラフィリアは疑問をぶつけた。
「ア、アイス、一体何をした?」
横から声をかけられたアイスは、右手を挙げてラガスを静止させた。
もはや、何にも関係ないセラフィリア達がラガスの視界に入っても、何も咎められない。
「催眠術、ちょっとした俺の商売道具だ。こんな感じに勘違いしてもらえば、色々と役に立つことがあるのさ————ほらラガス、ジャンプだ」
言われた通りにラガスはジャンプを始めた。
かちゃかちゃと鎧の金具が擦れる音がする。
静寂な道の上で、その音だけが響いていた。
「……恐ろしい術だ」
こんなにも簡単に人を操るだと……?
短時間、ただ会話を交わしただけだと言うのに————
そこまで考えて、セラフィリアはハッとした。
「まさか、私達にも————」
一瞬で距離を取る。
セラフィリアもアイスと少なからず喋っている。
だとすれば、自分にもその催眠術がかけられているのではないかと不安になった。
すると、アイスはにま〜っと口角を上げた。
「お前達にはかけてないぜ————多分な」
「えええ〜〜〜〜!?」
セラフィリアはペタペタと自分の顔を触って確認する。
そのあからさまに焦った顔を見て、リルが大笑いしていた。
セラフィリアに意味深なことを言い残して、アイスはラガスに向き直り、次の指示を行う。
「じゃあラガス、街まで案内してくれるか?」
「ああもちろんだぜ、にいちゃん」
一人増えた賢者一行は、冒険者の街『アベント』へと石橋を渡って進み始めた。
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