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第12話 夜明け

「おわああ!!」


 アイス達は(くう)に投げ出された。

 草むらを転がり、土の香りが鼻腔を刺激する。


 四人は気付けば森にいた。

 星が煌々と輝いているが、その明かりだけでは夜の森の闇を払うことはできない。

 風が木々の葉をさらさらとなびかせ、夜鳥の遠いさえずりがその森がちゃんと生きているということを知らせていた。


 アイス達はラムエリアの兵隊達の攻撃が届く寸前で、この森に転移したのだ。

 転移魔法を用いて、屋敷の外に退避したのである。


「わ、私も……生きてる……!」


 シーナは地面に手をついて、土のついた手のひらを眺めていた。


 魔法使いに足を掴まれた後は、目まぐるしく状況が変わって何が起こったのか理解できなかったのだが————

 賢者様がシーナの腕をしっかりと掴んでくれていたのだけは覚えている。


 暗く、そして静謐な夜の森の中。

 シーナが来たことのない、来ることを許されなかった森の奥。


 こうして————シーナは生まれて初めて、魔女の家から離れたのであった。



「大丈夫か?」


「セ、セラフィリア様!? 私なんかの所に————」



 気づくと、セラフィリアはシーナの側まで近寄って来ていた。

 呆気に取られてセラフィリアの方を見上げていると、彼女は優しい笑顔でシーナの腕を取って引っ張る。


「命の恩人を無下にしたりはしない————貴様の名は何だ?」


「わ、私はシーナです!」


「ではシーナ、よく私の杖を持ってきてくれたな。ありがとう」


 セラフィリアの感謝の言葉を聞き、シーナは泣きそうになった。


 シーナはあの魔女の家で、ずっと虐げられていた。

 地下の牢獄に押し込められて、ひどい環境での暮らしを強要され続けた。

 新しい服も、ちゃんとした食事も、与えられない。

 人間として、生物として、扱われることが少なかった。


 しかし、セラフィリアだけは、彼女にとって中立の存在だったのだ。

 もちろん、彼女の真面目な性格で、礼儀作法や掃除の仕方などには厳しかったが、それでもシーナを奴隷のように扱ったりはしなかった。


 セラフィリアは心に絶対的な正義の形を持っているのだと、シーナは思っていた。

 そんな彼女になら————と、シーナはそれに賭けて杖を持って走ったのである。


 その判断は間違っていなかったのだ。



「……吐きそうだ。二日酔いの朝にシックスフラッグス・マジックマウンテンに行ったみてえな気分だぜ」


「はは……そいつは愉快だな……昼に食ったミートパイを吐き散らす用意はできてるぜ……ウップ」



 すると、草むらに寝ていたもう二人も起き上がってくる。

 アイスが頭を抱え、リルも口を押さえて吐くのを我慢していた。


 転移魔法は慣れないとかなり酔うのだ。

 時空を魔法で断絶して、歪みの中に入り込むので、上下左右が分からなくなる。

 シーナは魔女の家の中で、転移魔法で移動することがあるので経験済みだった。


 ある程度落ち着いた後、アイスは立ち上がってセラフィリアに尋ねる。


「……ここはどこだ?」


「アストラ家の屋敷から少し離れたところだ。ここならあの操り人形も追ってこない」


 アイス達が少し森を進むと、ちょっとした高台になっており、辺りを見回すことができた。

 高台からセラフィリアが指差した先には、さっきまで四人がいたアストラ家の屋敷が見える。


 アイスはヒューと口笛を吹いた。

 この距離の移動をスキップするというのは、魔女の魔法にしか為せないことだ。


 やがて、東側の地平線が淡い輝きを放ち始めた。



「————おい、貴様ら」



 その時、セラフィリアが右手に持つ杖を、アイス達に向けた。

 とんがり帽子の下から鋭く光る青い瞳が、獲物を前にした狩人のように威圧する。


「おいおい、冗談だろ?」


「私と貴様らの約束は屋敷を出るまでだ。そこから先は何も話していない」


 先ほどまでお互いに補い合って、死地を潜り抜けてきた。

 しかし、彼らの関係性がこんなにも悪いもんだったなんて————


 シーナは心配そうに双方を伺う。


「セラフィリア様……」


「この杖を一振りすれば、貴様らを一瞬で殺すことができる。何よりも簡単だ」


 お互い視線を逸らさない。

 リルも銃に手を伸ばし、臨戦体制を取った。

 一触即発の空気が四人の間を支配する。


 数秒間睨み合った末————セラフィリアが杖を下ろした。


「————だが、このまま私が貴様らを殺して屋敷に戻っても、もう大して意味がない。私が兄上に刃向かって貴様らを逃したことはもうバレている。そのことで私はずっと兄上に責められることだろう」


 それは、私が魔女家の当主になるという目標を害するものだ。

 セラフィリアは苦々しい顔をする。

 それだけラムエリアという男の存在は大きいものなのだろう。

 魔女家の当主としてのプレッシャーも。


 セラフィリアは杖を懐に仕舞った後、アイスを指差した。



「だから、貴様らにはなんとしてでも、自分たちが賢者達だということを証明してもらう。この世界に、賢者が復活したことの証明だ」



 たとえ、それが()()()()()()

 本物の賢者であると、証明してもらう。

 それのみが唯一セラフィリアの行動を正当化する。


 セラフィリアの要求を聞き、アイスはニヤリと笑った。



「……いいぜ。乗ってやるさ」



 リルも銃に添えていた手を下げる。

 横目でチラッとアイスの方を見た。


 それに答えるようにアイスは理由を話す。


「どうせあのお化け屋敷には戻れねえ。何とか屋敷に入って扉から現実に戻ったとしてもアーロンのクソ野郎がいやがる。だったら俺達が取る選択肢は、行けるところまで行ってみるってやつしかねえ」


「……確かにな」


 リルもふっと笑みを浮かべる。

 そして、セラフィリアの方に歩みを進め、手を差し伸べた。


「ほとぼりが覚めるまで、異世界ライフってやつを楽しんでみるのも悪くねえ」


 茶色い目がおもしろそうに弧を描き、セラフィリアを見る。

 その言葉の意味はセラフィリアもシーナも分かりかねたが、セラフィリアは握手に応じた。


「賢者様! 私も全力でサポートします!」


 二人の手に重ねるようにシーナも手を合わせた。


 夜空が静かな暗闇から、徐々に濃紺の(とばり)がめくれ上がるように明るさを纏い始めた。

 光が広がるにつれて、周囲の景色が次第にはっきりと浮かび上がり、樹木や草花が淡い色彩を取り戻していく。



 薄紅色の縁取りから眩い光が現れ、夜明けを告げる。


 それは、新たな冒険の予感を感じさせた。



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