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幻獣召喚士  作者: 湖南 恵
獣たちの王国
58/148

十一 防人村

 第八駐屯所――通称〝防人さきもり村〟に着いた頃には夕方になっていた。


 すでに検問所から知らせが入っていたため、門番は特に身分を確認することもなく、指令所らしき建物に案内してくれた。

 中へ入るのかと思えばそうではなく、場所を教えただけらしく、そのまま二人にあてがわれた宿舎に連れていかれた。元からあった民家のようだ。


 夕食は七時になったら運ぶので、それまでに入浴と着替えを済ますように。そして八時になったら先ほど案内した指令所に来てもらいたいということだった。

 ご丁寧に世話役の女性兵士まで付けてくれていた。


 数週間ぶりに温かいお湯をつかい、二人はこざっぱりした衣装に着替えた。

 夕食も僻地にしては上等なものだった。


 世話役の女性兵士の話では、二百人以上の兵士が駐屯するため、この村には認可を受けた民間人が相当数入っていて、その中には兵士の食事を賄うための料理人も含まれているとのことだった。


 驚くべきことに、アルケミスが拠点としていた神舎にも、すでに神舎庁から司祭が派遣されているという。


 クロウラ事件でユニたちがこの村を訪れたのは、九か月ほど前のことだ。

 村はその時とは、まったく様相を異にしていた。

 村の広場だった場所には、兵士の宿舎と思われる長屋が立ち並んでいた。最初に案内された指令所も新しい建物だった。


 約束の八時きっかりに、ユニとアスカが指揮所を訪れると、指揮官らしい男が立ち上がって出迎えてくれた。

 参謀本部で見かけたことのある男――確かヌエというキマイラを従える国家召喚士だった。


 集まっているそのほかの将校たちも見覚えがある顔だった。

 なるほど、一般兵士は第四軍から引き抜いておいて、指揮官は参謀本部で固める――いかにもという彼らのやり口だ。

 国家召喚士はギリアム中佐だと名乗って、ユニと握手を交わした。


 次いでアスカに対しては敬礼をしようとして、迷ったように上げかけた手をおろした。

「ノートン大佐殿は遠慮中でありましたな。では……」


 アスカは笑って気にするなと手を振る。

「今回は軍務ではない。立場としては民間人と変わらぬのだから、敬礼はやめてくれ。呼び名もアスカでいい」


「事情は聞いておりますが、災難でしたな。では、ユニ殿と同じ扱いということでよろしいのですな」

「頼む」


 二人は勧められるまま椅子に腰かけると、ギリアムと将校たちも席に着く。

 テーブルの上にはこの周辺の地図が広げられていた。

 ギリアムが口を開く。


「アリストア副総長から話は聞いていると思いますが、状況をご説明いたします」

 彼は地図上の一点を指し示す。

「ここが第八駐屯所。ご覧のようにボルゾ川から三十キロほどしか離れておりません。

 お二人が通過した検問所のあたりが、帝国がアルケミスたちに送った物資を陸揚げしていた拠点です。

 ここは現在新たな川港として、この駐屯所への物資の受け入れ口となっています。

 この港から下流に百キロ弱で港町のカシルとなります」


 外洋に面する河口の町を示した指し棒がすっと上流に戻される。

「そして検問所から五キロほど上流、ボルゾ川が大きく南へ蛇行しているあたりに浮かぶのが中之島です」


 彼の言うとおり、大河が膨れた腹のように南側にせり出し、その中央に半月型のかなり大きな島が描かれている。


「現在は中之島の北側が本流となっており、南側は流れが緩く、堆積する土砂で水深も浅くなっています。

 したがって川を流されてきたものが、島の南側の水路に乗ることはありません。

 もしわが国の岸に打ち寄せられたとすれば、それは即ち中之島の南岸から流れてきたものだと断定できるのです」


「それが帝国軍兵士の死体だったわけですね」

 ユニの問いにギリアムはうなずいた。


「人数は十二人。いずれも矢で射殺されています。

 艶消しの革鎧、黒い衣服に顔も黒く塗っていました。

 明らかに夜間強襲の特殊部隊です」


 そこでギリアムは少し躊躇する。

「……もう一つ不審な点がありました」

「不審な点?」


「はい。全員が首輪をしていたことです」

「首輪って、あの犬とかの首輪なの?」

「いえ、金属製の少し幅の広い単純な輪で、何かと繋ぐような加工はされていませんでした」


「その目的は?」

「わかりません……が」


「が?」

 ユニは話の続きを促す。

 ギリアムは咳ばらいをすると、テーブルに置かれた冷めかけたコーヒーを一気にあおった。


「中之島について、われわれは何の情報も持っておりません。

 あの島はもともと帝国領に地続きでしたから、当然ではあるのですが……。

 しかし、島となってからはボルゾ川の非武装地帯に含まれることになりました。

 そのため、上陸こそできませんが、岸近くまで漁民が接近することが多くなりました」


「……これは、あくまで漁民の間でささやかれる噂に過ぎないのですが」

 どうにもギリアムは話しづらそうだった。


「あの中之島には……〝獣人〟が住んでいるらしいと……」

「獣人?」

 これにはユニだけでなく、アスカも驚いた。

「どのような種類の獣人なのだ?」


      *       *


 獣人は幻獣としてなら別であるが、この世界では極めて稀な種族だった。はるか南方の諸国には獣人の住む村があると言われているが、少なくとも王国内で獣人の存在は確認されていない。


 ただ、サーカスなどの巡業で、そうした獣人が見世物にされることがあり、人々はその存在自体は認識していた。


 獣人の種類はさまざまで、虎、獅子、熊といった強大な獣の要素を受け継ぐ種族もいれば、ウサギやネズミなどの獣人も存在していた。


 一般に獣人は、人間よりも優れた身体能力を持ちながら、人の言葉を話し、人間と同程度の知能や文明を持つとされていた。


      *       *


「そこまではわからんのだ」

 ギリアムは悔しそうに話す。


「奴らは異常に用心深く、人目につくことを避けているらしい。

 ただ、帝国軍が自国内に襲撃をかけるために、協定を破ってまで特殊部隊を動かしたのだ。

 相手が獣人だとしたら、ある程度の説明がつく。


 ――獣人は人間と同じように武器を扱えるが、牙や爪がそれ以上の武器だとされている。

 喉笛を食いちぎるのは、獣人がよく使う襲撃手段だ。

 帝国兵が金属製の首輪をしていたのは、それを防ぐためではないかと考えられる」


「つまり中之島に獣人が住むのは事実かどうか、彼らを帝国軍が襲おうとしたのはなぜか、それを私たちは探れということですね」

「そういうことだ」


 ユニとアスカは顔を見合わせて小さな溜め息をつく。

 言うは易し、行うは難しだ。

「それで中之島へ潜入する手立ては?」


 ユニの問いにギリアムは再び地図のカシルを指し示す。

「お二人にはカシルに向かってもらいます。

 そこでわが軍の協力者に接触していただきます。

 彼が船を用意していますので、それに乗って島に上陸、撤退も同じ手順となります」


「なぜわざわざカシルまでいくの?

 どうせ闇夜に紛れて島に侵入するのでしょう?

 川上の港から向かった方が楽だと思うけど……」

「それでは情報が帝国に筒抜けとなります」


「カシルだとその恐れがないってこと?」

「はい」


 ギリアムはカシルの特殊性について語り始めた。


      *       *


 カシル自治領は港町カシルが首都であり、唯一の領土という都市国家である。

 ボルゾ川河口の両岸に、それぞれ北カシル、南カシルの都市が発展し、各国との外洋貿易、それに帝国、王国を相手にした河川貿易で巨額の富を蓄積していた。


 そして、形の上では帝国、王国、それぞれの支配下となり、両国に相応の冥加金を納める代わりに自治権を認めさせている。


 すなわち、カシルは名目上は王国領でもあり、帝国領でもありながら、両国から独立した統治を行っていることになる。

 カシルは別名〝自由都市カシル〟と呼ばれるように、封建制・絶対君主制が多いこの世界において珍しい、自由主義的な政治体制をとっている。


 具体的には、市民の選挙によってえらばれる〝十二選衆〟の合議制によって国政が運営されていた。

 政策の基本は経済第一主義である。


 カシルは経済を発展させるためには、自由であることが重要だと考えていた。

 長年にわたり既得権益の否定、規制の撤廃を目指して戦ってきた歴史があるため、その考えは徹底していた。


 そのため、帝国・王国に莫大な冥加金を拠出しながら、政治的な支配は一切拒否してきた。


 両国もそれを受け入れてきた。もちろん強大な武力を行使すれば、一都市にすぎないカシルを制圧することは容易いだろう。

 しかし、鶏は生かしておけば毎日卵を産む。殺してしまっては、一時肉を食うことができても、その先に卵を得ることは不可能となるのだ。


 したがって、カシル自治領内での帝国・王国の諜報活動は極めて低調なものにならざるを得なかった。

 市民意識が両国の国民とまったく異なっていたためである。


 まず彼らカシル市民、一人ひとりがカシルを支えているという誇りを持っていたため、協力者を得るのが非常に難しかった。

 そのうえ、諜報活動をする者はすぐさま密告された。それも強制されてではなく、市民が自主的に密告するのだから始末が悪い。


 結局、両国とも何か知りたければ、直接カシルに自国民を送って調べるしかなかったのである(当然成果は乏しかった)。

 どうにか育てあげた協力者は、文字どおりの協力者に過ぎず、下手をするとこちらの情報をカシル政府に流しかねないため、諜報戦ではまったく役に立たなかった。


 幸い、今回のような作戦では、問題なく協力は得られるのだから、まったく無駄な存在ではないということになる。


      *       *


 ユニとアスカは、カシルで協力者と連絡する方法を教えられた。事前に相手側との交渉が行われていたらしく、二人のカシル入りは三日後と決められた。


 カシルまでは陸路でも二日で着く。そのため明日一日はこの防人村に滞在することになった。

「まぁ、何もないがゆっくりすればいいだろう」

 ギリアムは鷹揚に笑って言った。


      *       *


 二人は指揮所から解放されると、自分たちの宿舎にいったん戻った。

 アスカはさっそく自分の部下だった兵たちを訪ねると言って出ていったので、ユニは一人で休むことにした。


 久しぶりのベッドは心地よく、アスカの帰りを待とうとしたユニの決心をゴミ箱に放り込み、あっという間に夢の中へと引きずり込んでいった。


 翌日は丸一日の休日となった。

 ずっと旅を続けてきた二人にとってはよい骨休めだ。


 アスカは昨夜会った元部下から得た情報で、特に会いたい部下のいる監視所へ行ってみると言い、朝早くに出かけて行った。


 ユニは特にすることがない。

 ライガは〝体がなまった〟と言って、群れのオオカミたちを引き連れて狩りに行くという。

 ジェシカとシェンカの姉妹はユニと遊びたがったので、留守番となった。


 ユニは朝食を済ますと、オオカミ姉妹を連れて村の外へ散歩に出かけた。

 村の周囲もだいぶ様変わりをしていた。

 村の中は手狭なのだろう、新しい兵舎の建設が始まっており、畑も作られていた。


 火山灰の積もった大地でも生育する作物はある。十分な肥料さえ与えれば、水はけのよい地質は芋類などの栽培に適していた。

 そうした建築現場や耕作地で働いているのは大半が兵士だったが、ちらほらと民間人も混じっていた。


 村の中にもすでに商店や食堂が出来ていたし、人間というのは逞しいものだと感心させられる。


 村から少し離れると、途端に静かになる。

 樹木はまばらで、荒れて寂しい雰囲気に包まれていた。

 ユニを挟むように両脇を歩いている、ジェシカとシェンカの首筋の毛がチリチリと逆立っていた。


『ユニ姉、誰かつけているよー』

『やな感じー』


 ユニは素知らぬ顔で答える。

「わかってるわ。

 あそこに灌木があるでしょ。

 そこの手前でシェンカに飛び乗るから、右手に走って。

 ジェシカは左へ。茂みを迂回してつけている奴を抑えてちょうだい」


『あいあいー』

『ジェシカばっかりずるいー。あたしもやりたいー』

 ぶうたれるシェンカをなだめ、ジェシカにはくれぐれも敵を殺さないよう注意を与える。


 打ち合わせた灌木の手前、数メートルのところで、いきなりユニはシェンカの背中に飛び乗った。


 シェンカはそのまま横っ飛びに跳躍する。

 ジェシカも同時に左へ飛んだ。

 少し遅れて「カッ」という音が響き、灌木に一本の矢が突き立った。


 ユニは姿勢を低くしたままシェンカとともに茂みの中に突っ込む。

 枝葉が彼女の白い肌を切り裂き、いくつかの切り傷からは血が玉となって吹き出すが、彼女は気にもしない。


 再び矢羽根が空気を引き裂く音がして矢が飛んできたが、ユニたちが飛び込んだ茂みとは見当違いの方向へ飛んでいく。

 敵は完全にユニの姿を見失ったようだった。


 それから一呼吸も置かないうちに、男の小さな悲鳴が聞こえてきた。

 ユニはシェンカの肩をぽんぽんと叩く。オオカミは心得たように茂みを飛び出し、声のした方向へ急いだ。


 そこには仰向けにされジェシカに抑えつけられた男がもがいていた。

 傍らには短弓が転がっている。


 ユニが近寄り、男の腰の矢壺から矢を引き抜き、しげしげとやじりを調べる。

 鏃には茶色いネバネバとした液体が付着していた。

「毒か……。ありがちな暗殺者ね」


 ユニは仰向けにされた男の顔に、自分の顔を近づける。

 手にはいつの間に抜いたのかナガサが握られ、鈍い光を放っている。


「さて、暗殺者君。

 この刃物で首を切り裂かれて死ぬのと、オオカミに喉笛を噛み潰されて死ぬのと、どちらかを選ばせてやろう。

 どっちが希望かな?」


 そう言ってユニは男の顔をナガサの切っ先でぴたぴたと叩く。

 そのすぐ側では、シェンカが牙をむき出して恐ろしい唸り声をあげている。


「たっ、助けてくれ!

 あんたに恨みはないんだ。俺は……」

 男は目に涙を浮かべて、必死で命乞いをする。


「俺は何? 金を貰って殺しを請け負ったんでしょ?

 それとも何、失敗したら殺される覚悟もなかったの?」

 男はブンブンと顔を左右に振る。


「情けないわねー。死にたくないの?」

 こんどはブンブンと顔を縦に振る。


「だったらせめて依頼主を白状なさい。

 嫌ならあんたはオオカミのおやつね」


『ユニ姉ー、こいつマズそうだから食べたくないー』

 ユニは男に気づかれないようにシェンカの脚を踏んづける。

「まっ、待て! 言う! 言うから命だけは助けてくれ!」


 男は辺境から流れてきたやくざ者だった。

 軍の駐屯所には、つきもののように遊女屋が出来た。

 男だらけ(若干の女性兵士もいるが、ごく少数だ)で数百人が過ごすのである。


 そこに欲望の捌け口となる女性がいなければ、兵士の不満が爆発することが目に見えている。

 したがって、軍は必要悪として遊女屋を黙認していた。

 男はその従業員、兼用心棒として働いていた。


 数日前、男は昼間から酒を引っかけていい気分になっていた。

 彼の仕事時間は夜更けから夜明けまでだから、それを非難できない。

 男は小用をたそうと、建物の物陰に入った。


 気持ちよく放尿し、「さて」と立ち去ろうとすると、その目の前に仮面の男が立っていた。


「何だ、てめえ!」

 男はドスの効いた声を放つ。この稼業は舐められたらしまいなのだ。

「金儲けの話があるのだが、乗らぬか?」


 仮面の男はそう言って懐から革袋を取り出す。手の上で軽く放り上げるとジャリンと重たげな音を立て、そこそこの金額が入っていることを示していた。

 仮面の男の後ろには、やはり仮面を被った体格のよい男が二人控えている。


「……何をやれって言うんだ?」

 男は警戒を解かぬまま尋ねる。


「何日かしたら、ここにユニ・ドルイディアという二級召喚士の女がやってくる。

 その娘を殺してもらいたい」


「召喚士を? おいおい、そりゃリスクが大き過ぎる話じゃないか」

「召喚士と言っても所詮は二級。幻獣もただでかいだけのオオカミだ。

 火を吹いたりするわけじゃない。

 後ろから毒矢で暗殺してくれればいいのだ。礼ははずむぞ?」

 仮面の男の表情はわからぬが、にやりと笑ったような気がした。


「――それで、相手の正体はわからないって言うの?」

 ユニがナガサの切っ先を男の鼻に押しつける。

 ぷつりと刃先が鼻の頭に沈み込み、小さな血の玉が浮かんできた。


「いやいやいや、そいつら、仮面をしていたが法衣を着ていた。

 そんなもん着ているのは神舎の連中以外いねえさ」


 法衣を着たままって……バカか? ユニは呆れて物も言えない。

 それにしても何で神舎に命を狙われるのだろうか?

 心当たりなど……。


「あ、あった」

 思わず声が出てしまう。

 きょとんとしている男を腹立ちまぎれに蹴飛ばして、ユニは判決を下した。


「いいわ。今回だけは見逃してあげる。

 その代わり、あんたはこの村からさっさと逃げなさい。

 どうせ暗殺が失敗したとわかれば、口封じに殺されるでしょうからね。

 あんたが見た、体格のいい男って多分武僧よ。

 坊主のくせに人殺しをためらわない連中だわ」

 (実際こんなチンピラ雇わないで武僧に襲わせた方がよかったんじゃないのかしら?)


 ユニがうなずき、ジェシカがのしかかっていた両前足をどかすと、男は後ずさりしながら起き上がり、ブンブンと頭を縦に振ってから逃げ出していった。


 さて、どうしたものか……。

 男が立ち去った後、ユニは少し考え込んだ。

 今すぐ神舎に乗り込むか、あるいは……。


 結局ユニは直接対決の道を選ばなかった。

 どうせ明日にはここを出る。そうすればもうこの村に来ることもないだろう。


 無駄なエネルギーを費やすのは割に合わない。

 だが、相手にはそれなりの償いをさせなくては……。

 ユニの顔に意地の悪い笑いが浮かんだ。


 ユニはいったん村に戻り、指令所のギリアムを訪ねた。

 用件はすぐに済み、宿舎で昼食をとった後、午後はジェシカとシェンカを相手に思う存分遊びまわった。


 夕方に宿舎に戻って汗を流し、ベッドに寝転がってのんびりしていると、アスカが戻ってきた。

 彼女は久しぶりに会った元部下たちと楽しい時を過ごしたようで、とても機嫌がよかった。


 夕食の後も、寡黙な彼女にしては珍しく、元部下たちから聞いた面白い噂話を話して聞かせてくれた。

「そうそう、今この村で噂になっている話なのだがな」

 アスカは面白そうに話す。


「この村にやけに立派な神舎があるだろう?

 そこの司祭というのが、白城市の神宮で権祭ごんさいを務めていた人物なのだそうだ。

 皆、そんな偉い坊さんが何でこんな最果ての地に派遣されたのか首をひねっていたんだがな」

 ここでアスカはちょっと眉をしかめる。


「実はこの坊主、白城市で年端もいかぬ少女を手籠めにしようとしたらしい。

 それをどこぞの召喚士に見つかって、したたかに打ち据えられたそうだ。

 その召喚士は参謀本部の仕事をしていたそうでな、神舎庁の祭司が怒鳴り込んできたらしい。

 ところが召喚士が用意していた動かぬ証拠を目の前に突きつけられて、祭司は茹で蛸みたいに真っ赤になって退散したそうだ。


 ――結局事件をうやむやにする代わりに、その生臭坊主はこの僻地まで左遷されたということらしい。

 今、兵士や民間人の間では、この噂でもちきりだそうだよ」


 アスカは愉快そうに笑う。

 さすがは参謀本部の人間だ。仕事が早い。

 ユニは心の中で舌を巻いた。午前中に事の次第をギリアムに相談したばかりだというのに、もうそこまで噂が広がっているとは。


 神舎は賽銭、寄付金、祈祷料を主な収入源としている。

 住民に信頼されない神舎――神が信頼されないということはないので、要はその神舎を統べる僧侶が信頼されなければ、収入が激減してしまうのだ。


 この村には遊女だけではなく、飯炊き女や洗濯女など、多くの女性も入っている。

 女たちに支持されない神舎は簡単に潰れるのだ。

 ――あの坊主、さぞかし慌てることだろうな……。

 ユニは笑いを噛み殺した。


 そのユニの目の前に、ずいとアスカが顔を近づける。

 目がすっと細くなっている。


「……ところでこの噂、今日になって一気に広まったそうだ。

 白城市や参謀本部で内輪に処理された話が、どうして今頃になってここで広まるのかな?」

「さ、さあ……どうしてでしょうね」

 ユニは白々しくとぼけてみせる。


「まあ、詳しいことは聞かないでおこう。

 その噂に出てくる召喚士とやらは、ずいぶんと無茶をする上に、頭も切れるようだな」

 アスカは楽しそうに笑いながら、ユニの背中を大きな手でバンバンと叩いた。


 哀れな召喚士は、ケホケホと咳き込んでしまった。

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