5.打破
ベアトリスは父ジャックとともに王城へと乗り込んだ。数分と待たず国王との謁見が叶う。
「我が息子が迷惑をかけたようだ」
王がため息交じりに右手で頭を押さえると、ジャックが首を横に振った。
「とんでもない。オーウェン殿下の優秀さには感心しました。さすが陛下のご子息であらせられる」
「途中で投げ出したと聞いたが?」
「いいえ?弁証法の授業において、より解釈を深めたくなったと王家の詳しい方に尋ねに戻られたのですよ。お聞きになっていませんか?」
変ですねぇ、とジャックが目線を上にやる。
「おお、そうか。いや、どうやら行き違いがあったようだ。それなら良かった。どうかな、ベアトリス嬢。息子のオーウェンは?」
「はい。オーウェン殿下の熱心さには心を打たれました。ただ、年齢差もありますし、殿下がどう思っているか不安で…。二人でお話をさせていただくことは可能でしょうか?」
「勿論だとも!部屋まで案内させよう」
メイドに案内され、北棟にある円形の応接間に通された。縦長に三つ並んだ窓から眩しい光が射し込み、若葉色の部屋を照らしている。
メイドがお茶の用意をしている間に、オーウェンが静かに入って来た。
「何しに来た?」
ベアトリスの向かいに座るも、視線は下げたままだ。
「愛しいあなたに会いに来たのよ」
あとは私がやるわ、とメイドを部屋から退出させる。
「あれから何も言ってこないんですもの。そりゃあ、こっちから行くわよ。待つのは嫌いなの」
入って来た時の目の赤さから、何があったのかは想像できた。深くソファに凭れかかり、だらしない姿勢のまま意味なく絨毯に視線を送っている。
「私なら自分を裏切った人間は絶対に許さないわ」
核心に迫る言葉にオーウェンは奥歯を噛んだ。
「……お前に何が分かる」
「あなたのことは分からないわ。でも一つだけ、はっきりと分かっていることがあるの」
「…何だ?」
勿体ぶった言い方に苛つく。
「なぜ、あなたが良いように操られたかってこと」
今度こそベアトリスを睨みつけるが、一向に意に介した様子がなく、彼女は美味しそうに紅茶を飲んでいる。ゆっくりとカップを置いた彼女と視線が絡まる。顔を背けたいのに、鋭利な彼女の声がそれを許さなかった。
「それはね、あなたに意思がなかったからよ、オーウェン」
「意思…?」
「そう、意思よ!自分の人生を生きる為には意思がいるの。あなた、今まで言われたことだけやってきたでしょう?生き方が言葉に現れているわ。だから簡単に操り人形にされた」
「うるさい!」
怒鳴りながら視線を逸らす。ベアトリスの真っすぐな瞳が恐かった。
「でもこれからは違う」
ベアトリスは立ち上がり、そっと近寄る。無理やり視線を合わせた。
「いい?これからあなたは自分の意思で生きるの!何をすべきか、何をしたいか、あなたが選ぶのよ、オーウェン」
ヘーゼル色の瞳に吸い込まれそうになり、不思議と激情が落ち着いていく事に気づいた。
俺が、選ぶ…?
「ラッキーなことに、あなたには二つの選択肢があるわ。それはつまり、私と結婚するか、しないかってことよ。する気があるのなら、私の手を取りなさい!」
右手を差し出し見下ろしてくるベアトリスが、陽光を受けてまるで女神のようだった。
今この手を掴まなかったら、俺はきっと後悔する…!
パシッと強く右手でベアトリスの手を取った。
手を握ったまま立ち上がり、しばらくして、きっぱりと言い放つ。
「今から俺は生まれ変わる…!」
睨みつけるようなオーウェンの瞳に、光が戻っている。
「ええ。できるわ、あなたなら。このベアトリス様が付いているんですもの」
「はっ。どうせお前も俺を利用したいだけだろ」
「ええ、そうね。その為にも利用価値を高めてちょうだい。今のあなたには何もなさすぎるわ」
利用価値がないと言われるのも、それはそれで腹が立つ。
「上等だ!やってやるよ!」
「楽しみにしているわ。私はあなたを利用するし、あなたは私を利用する。でも裏切ったりはしないわ!あなたが私を裏切らない限りね」
それは一番欲しい言葉だったのかもしれない。涙が溢れそうになるのを、拳を握って食い止めた。
「自信を持ちなさい、オーウェン。あなたは我がスノー公爵家の婿になるのだから。言ったでしょ、王家よりスノー公爵家の方が上なの。つまり私を選んだ時点であなたはレオより上なのよ!」
「…俺はまだその理屈には納得していない」
顔を見合わせ、フッとどちらからともなく笑い出す。
「まあいいわ。じゃあ早速だけど陛下に婚約発表のお願いに行きましょう!」
「は?」
「善は急げよ!」
陛下は喜んで発表を許してくれた。ついでにどれだけオーウェンがすごいかも、ジャックと二人で吹き込んでおく。その間真っ赤になって下を向くオーウェンが面白かった。
これでレオも簡単にオーウェンを消すことはできないだろう。




