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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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36.誘拐の狙い

 屋敷の前でベアトリスが馬車から降りるや否や、オーウェンが抱きついてくる。


「ベアトリス!良かった。本当に」


 ベアトリスをぎゅうと抱きしめ、すぐにあちこちを確認する。


「あいつに何もされてない?変なこととか」

「大丈夫よ。ラースたちがすぐに助けに来てくれたから。それよりユーゴはどこ?」


 ベアトリスの目が据わっている。休む間もなく地下へと向かった。入ってみると、こちらは牢というよりは個室という感じの部屋でベッドだけでなくテーブルや椅子まで用意されている上に、ユーゴは何の拘束もされていない。チョコレート色の髪は何の乱れもなく、捕虜とは想えない程だ。


「ユーゴ!あなた、どういうつもりよ?」


 足を組んで椅子に座っていたユーゴは、嬉しそうにベアトリスを迎えた。そのベアトリスの両脇をオーウェンとラースが固めている。


「ベアトリス!会いに来てくれたの?」

「私を誘拐するなんて覚悟はできているんでしょうね?」

「でも誘拐は令嬢にとって醜聞になるから、表には出せないでしょ?」

「お前…!」


 ベアトリスの隣に立つオーウェンがカッとして鼻に皺を作り睨みつける。

 ベアトリスは気にした様子もなく、腰に手を当てる。


「あなた、何が目的なのよ?」

「ベアトリスとの結婚」


 蝋燭の灯りだけでは壁に背をつけたユーゴの顔が良く見えない。けれど声は楽しそうだ。


「ふざけるな!ベアトリスは俺の妻だ!」

「でもシャーロット嬢の為にベアトリスを追い出したじゃないか」

「お前たちの薬のせいでな!俺の意思じゃない」

「ベアトリスはあんなことされても、この男を許せるの?」


 ビクリとオーウェンの体が反応した。ベアトリスの顔を見られない。ユーゴはそれを確認し、遊ぶような声音で続ける。


「僕は学生時代からずっと君が好きだった。君の強さも弱さも僕は知っているし、受け止められる」


 ユーゴは音もなく立ち上がり、ベアトリスに少し近づく。ゆっくりとその顔が灯りに照らされた。相変わらず元気そうな表情をしているのが不気味だった。

 ラースが後ろ手に剣を持ち、殺気を消してベアトリスの前に立つ。


「ねえ、今からでも遅くないからさ。僕を選んでよ。ポール公爵家とスノー公爵家が揃えばこの国を統一できる。お飾りの王太子妃なんかよりずっと権力を持てるよ。僕と君でこの国を治めるんだ」


 歯ぎしりするオーウェンの目の前で、ベアトリスに微笑みかける。


「どう?悪い話じゃないでしょ?」


 ベアトリスは悩んでから、微笑み返した。


「そうね。悪くないわ」


 オーウェンの体が冷たくなりかけた時、ベアトリスが眉を吊り上げて続ける。


「相手があなたじゃなければね!私、昔からあなたのことが嫌いなの。あなたの無邪気さって全部演技でしょう?気づいていたわよ。それにね、惚れ薬に誘拐って、あなたどうかしているわ。そんな卑怯な手しか使えないなんて、とてもトップの器じゃない。私を口説くなんて十年早いのよ!」

「はは。辛辣だな。でもそういう強気な所が好きだよ」

「そんなふざけていられる立場じゃないわよ。これからポール公爵家に身代金の要求をしに行くの。莫大な額を請求するわ」

「父は払わないかもね」

「その場合、あなたは生きて帰れないことになるけど?」

「それってずっと君と一緒にいられるってこと?」


 あくまで茶化してくるユーゴに、ベアトリスは眉根を寄せる。


「…どうしてこんな勝算の低いことをやったのよ?」

「君が欲しかったから。領地にさえ連れ帰れば易々と手は出せないと思ったんだけど、もうちょっとの所で邪魔されたよ」

「馬鹿馬鹿しい。我が家の騎士は優秀なの。残念だわ」


 ベアトリスはユーゴの顔を見ることなく、薄暗い廊下を歩き出した。オーウェンがちらりとユーゴを目に入れ、後を追う。本心の分からない視線とぶつかった。





 地上に上がると、騎士たちが慌ただしく動いている。鎧を着る者、馬を連れ出す者、武器を持った者がぞろぞろと早足で駆けて行く。


「何事だ!」


 ラースの叫びに気づき、一人が足を止めた。


「ラース団長、大変です!王家がポール公爵家に侵略されました!」

「何だと!」


 駆け出したラースを、ベアトリスとオーウェンも追う。着いたのは騎士棟の会議室で、ジャックも騎士団の団長たちと向かい合ってそこにいた。


「お父様!」

「ベアトリス。オーウェンも一緒か。どうやらベアトリスの誘拐は撒き餌だったようだ。その間にポール公爵家が王家を乗っ取った。オーウェン、お前の父が捕虜になっている」


 あの男!何が目的はベアトリスとの結婚だ!


 内心で舌を出していただろうユーゴに、オーウェンの怒りがこみ上げる。


「王位の簒奪とはな」


 ステンが口元に手を当てた。下を向いた拍子に、黒髪が胸まで垂れる。

 他の騎士たちも一様に渋い顔をしている。

 歴史上でも王位の簒奪はあった。一度、力での奪い合いに発展すると戦争が長年続き、国が不安定になる。


「またあの歴史を繰り返すのか」


 うんざりしたようにエイジが呟いた。


「いや、まだ俺がいる」


 全員がオーウェンに視線を送った。オーウェンはすっと顔を上げ、全員の顔を見回す。


「例え父が捕虜として捕まっても正当な王位継承者は俺だ」


 これ以上、ロベールの思い通りにさせてたまるか!


「オーウェン」


 頼もしいオーウェンに、全員の顔に希望が灯った。


「武力行使もいいが、それだと他国に攻め入られる可能性がある。ポール公爵家は外交でも手腕を発揮し、他国との繋がりも強い」


 腕を組んだジャックに、ステンが提言する。


「なら後継者にはオーウェン様こそ相応しいと、世論を誘導しましょう」



 ☆



「聞いた?王位が息子に移るって」

「父親とは違って堅実で国民想いだというけど本当かしら」

「彼が領主を務めるマクレル公爵領は、うんといい街になったというよ。犯罪も減って観光客も増えているし」


 人々がそんな風に噂している間を、馬車が通り抜けていく。馬車には白鳥のマークが描かれていた。中ではジャックとオーウェンが無言のまま斜めに向かい合っている。

 門番によって開けられた門を通り、五つのアーチの下をくぐって城の前に着いた。


 応接室のソファに座っていると、ポール公爵がゆったりと現れた。ジャックが立ち上がり、にこやかに手を差し出す。


「話し合いに応じる気になってくれて良かった」


 ポール公爵がその手を握り返す。ギラリとした目が印象的な野心家だ。同様にオーウェンとも握手を交わした。


「当たり前だ。私たちはともにこの国を支える諸侯なのだから」


 ポール公爵はにこやかに返したが、本音を言えば王家の乗っ取りでお金を使い、スノー公爵家と対峙する余力がない。それに、ここ一カ月間プロパガンダで世論を誘導しようと試みたが、圧倒的な支持を得るには至っていない。

 つまりポール公爵家としてはスノー公爵家を味方につけるしか方法がない。


「さて本題だが、捕虜である君の子息と陛下を交換しないか?」


 少しの雑談を交わした後で、ジャックが切り出した。ポール公爵は眉尻を下げ、神妙な声を作る。


「息子のしたことは誠に遺憾に思っている。しかし、さすがに陛下と息子が同等ということはないだろう。ただし、オーウェン殿下が王位継承権を放棄するというのならば受け入れないこともない」


 試すように視線を投げかけると、オーウェンは好意的な笑みで返した。


「父が助かるのならば息子として何でもしたい」

「おお!では」

「しかし私は王太子です。父より国のことを一番に考える必要がある。そして国を考えた結果、継承権の放棄などあり得ない。そもそも放棄したところであなたが王になるのは無理ですよ」


 ポール公爵はそれを笑い飛ばす。


「私は公爵だぞ?支配するだけの金と力がある!君よりずっと国民の支持を得られる!スノー公爵、あなたには一番王に近い役職を用意しよう。私の右腕となりともに国を支えてくれないか?できる限りのことはする」

「なるほど。この私を駒扱いするか」


 ジャックが足を組んで、面白そうに目を細める。しかし相手も引かない。


「我々は揉めている場合ではない。近隣諸国が力をつけ始め、いつ攻め込まれてもおかしくないのだ!王家を制圧した以上、私が王に相応しいだろう。私なら諸外国にも顔がきく」


 国王の座を間近に捉え興奮するポール公爵を、ジャックが両掌を上下させて抑える。


「まあまあ。落ち着いて。まずは話を聞いてください。実は惚れ薬を飲まされた者たちから訴状が届いていましてね。調べたところ運よく薬の開発者に行きついたんですよ。依頼人は誰だと言ったと思います?」

「さあ?」

「博学者ロベールだというんです」


 反応を伺うジャックに、ポール公爵は白を切るようにふんぞり返った。


「ハッ。何を馬鹿なことを。ロベールは死んだじゃないか。記録にも残っているだろう。そもそも薬の開発者が本物なのかも疑わしい」

「ほお?しかしね、あなたの子息が隠し持っていた裏帳簿に書かれた薬の数と開発者の帳簿がぴったり合うんですよ」

「…帳簿だと?」

「ええ。あなたのご子息は、あなたが自分を切り捨てる可能性もあると考えていたのでしょうね」


 初めて動揺が見えた。ジャックはその隙につけ込む。


「惚れ薬、ベアトリスの誘拐未遂、王家の乗っ取り、元王太子レオの暗殺。我々は()()()()この問題を解決しないといけない。犯人検挙に手を貸していただけますね?」


 相手はそこでやっと気づいた。ロベールを売れば自分は助かるのだと。


「あ、ああ。我が家にやって来たあの男、言われればロベールに似ている。別人だと思っていたよ。息子が持っていた帳簿はきっとロベールが我が家に忘れていったものだろう。犯人は彼かもしれないな」

「話が早くて助かります」


 ジャックが破顔する。ロベールは何重にも保険をかけているだろうが、ポール公爵家がこちらにつくなら潰せる。


「ところで王位の件なのですがね、こちらをご覧ください」


 その書状にはキャンベル伯爵家の紋章が入っていた。ポール公爵がそれを読む。


「王家への侵略は反逆行為とみなし、退陣しない場合は即座に攻め込む…。これは?なぜだ。王家を乗っ取ってもキャンベル家に文句を言われる筋合いはない!」


 驚いて持っていた書状から目を離すとジャックと目が合った。


「キャンベル伯爵と話し合ったのですよ。我々は殆ど国という体裁を取らず、個別に領土を治めてきた。言わば小国が四つ集まっているような状態です。しかし他国が力をつけてきた以上は小国のまま、という訳にはいかない。一つになる時がきたのですよ」


 ジャックの鋭い眼光にポール公爵も息を呑む。


「その際、やはり王家の存在は大きい。どうです?今回の王家侵略、並びにベアトリスの誘拐事件はなかったということで。盛大な軍事訓練ということにしましょう。訓練なのだから陛下を即座に解放、同時にあなたのご子息も解放しましょう」

「…つまり王家に国全土を支配させると?」

「ええ。国民を納得させるためにも現王の方が都合が良い。まあ別に、あなたが話に乗らないというのなら、それでも構いませんが」


 ジャックが足を組みかえ、白い歯をこぼした。すでにキャンベル伯爵家を後ろにつけ、王家の跡取りであるオーウェンがジャックの隣を陣取っている。

 考える余地などなかった。



 明るい空にオレンジ色が混ざり始めるのを、オーウェンは馬車の中から眺めた。意を決したようにジャックに問う。


「なぜポール公爵家を潰さなかったのです?いい機会だったのに」

「お前はまだ若いな、オーウェン」


 フッとジャックが鼻で笑った。


「潰してはいけない。潰すと必ず反動がくる。うまく使う事を考えろ。それにポール公爵家が外交に長けているのは事実。対外的に彼の存在はまだ大きい。もし邪な考えを持つようなら人脈を奪った後で徐々に弱体化させていけばいいさ。ベアトリスの誘拐が表に出ても困るしな」

「…確かに」


 最後が一番大きい。怒りで潰すことしか考えていなかった。


 まだまだだ…。



 ☆



「釈放してくれるんだ?ありがとう」


 嬉しそうに顔全体を使って笑うユーゴに、オーウェンは殴りたい気分になった。


 何が「父は払わないかもね」だ。王と捕虜交換になることを最初から分かっていたな、こいつ!


「誘拐が成功していたらスノー公爵家も手を出してこられないし、王家は没落し君の価値もなくなる。ベアトリスは自分の意思で僕と結婚してくれるはずだったのにな。見たかったな、その時の君の顔」


 ユーゴはすれ違いざまにそんなことをオーウェンに囁く。オーウェンは今にも掴みかかりそうな勢いでユーゴに近づいた。


「誘拐なんてしてベアトリスに醜聞が付きまとったら、どうする気だ!」

「その時はスノー公爵が無理やりにでも俺との結婚を推し進めてくれたさ。結婚相手のところへ行っても醜聞にはならないからな」


 こいつ!


 怒りで沸騰しそうな体を抑え、余裕ぶった表情を作った。


「はっ。残念だったな。実際は失敗してベアトリスにも嫌われた。ざまぁみろ。お前が捕虜になってくれたおかげで、全てこちらの望み通りになったよ。礼を言わなきゃな」


 ユーゴが裏帳簿など持っていなかったことを、ポール公爵が知るのもそう遠くないだろう。


「おい」


 オーウェンが左手を握りしめて何かを差し出している。ユーゴは不審そうにそれを受け取った。開くと中には深い蒼のサファイアの指輪が箱ごと置かれている。 


「持って帰れ。ベアトリスはサファイアよりルビーの方が好きだとよ」

「そうなんだ!じゃあ次は君のよりも大きなルビーの指輪を用意するよ!」


 相変わらずイラっとさせてくるユーゴを、目を細めて睨みつけた。


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