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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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35/41

35.全てを仕組んだのは

「ここ、カミラの屋敷じゃないの?」


 どんと構えた門の向こうには左右対称の真っ白い三階建ての屋敷が見える。王領の中にポツンとあるキャンベル領の飛び地で、何度かお茶会に招かれたことがある。


「そうです。本日はキャンベル伯爵家でお世話になりましょう」

「は?嫌よ!カミラに貸しを作るなんて絶対に嫌!」


 やっぱり嫌がると思った…。


 だからラースは行き先を告げず連れてきたのだ。短く切りそろえたオリーブの髪を風が撫でる。


「宿でもいいじゃない!」

「キャンベル伯爵家の屋敷の方がずっと安全です。ジャック様の指示ですので」


 門番に告げるとすぐに中へと入れてもらえた。応接室で椅子に座って待っていると、真っ赤なドレスを着こんだカミラが顔を出すなり、バサッと扇子を広げる。


「ベアトリスじゃないの。招いた覚えはないけれど、ゆっくりしていくといいわ」


 その言葉通り広い部屋とドレスを用意され、出された食事はサラダ、テリーヌ、鹿肉の赤ワイン煮込み等、悔しいがどれも絶品だった。

 赤ワインを飲み干し、ベアトリスが宣言する。


「この借りは必ず返すわ」

「いらないわ。…あなたが投獄された時の件の貸しがあるもの。何があったのかは聞かないけど、言っとくけど、これでチャラよ」


 ツンとカミラが横を向いてグラスを口につけた。


「あったわね!そんなこと。あなたもあれ以来、独り身だものねぇ」

「あら、田舎娘に盗られるよりはマシだと思うけど?」


 お互いにピクリと片眉を引き上げた後、顔を見合わせてフッと笑った。



 ☆



 オーウェンは地下牢へと一人向かった。長い廊下を蝋燭の心許ない灯りが照らす。薄暗い通路は閉塞感で溢れ、どこか息苦しい。

 見張りをしていたマットがオーウェンに気づき、一瞬視線だけ寄こした。すぐに腕を組んでウノに視線を戻す。

 オーウェンは鉄格子の前で立ち止まり、地面にあぐらをかいて座り込んでいるウノを、見下ろして嗤う。


「残念だったな。あと一歩で俺を殺せたのに」

「…なあ、お前が別の女に入れ込んだのを見てベアトリス様は何て言ったと思う?」


 ウノが試すような視線を送ると、オーウェンの左眉が僅かに上に動いた。


「『一番良いのはオーウェンを殺すこと』だってさ。ベアトリス様にとってお前はその程度なんだよ」


 俯き加減のオーウェンの顔は髪に隠れて見えない。が、暫くして低い笑い声が聞こえた。


「だから何だ?」


 オーウェンはウノの目をはっきりと捉え、面白そうに笑った。がしゃっと右手で鉄格子を掴む。


「領地のことを真っ先に考えるベアトリスなら当然そう言う。後継ぎの問題があるからな。俺はそんなはっきりとした彼女だから好きなんだ」


 それに領地が一番だからこそ、彼女を引き留められた。愛を求める人ならば捨てられていただろう。


 ウノはチッと舌打ちして、頬杖をついて横を向いた。

 オーウェンがその横顔に話しかける。


「ベアトリスを攫った時、お前を手伝ったのは誰だ?」

「誰もいないよ」

「一人が囮として門番を惹きつけている間に、もう一人が外へ運んだと聞いたが?」

「違う、違う。松明に紐を付けて、内側から壁の外へ垂らしたんだ。門番に見えるようにな。門番が追って来たら角を曲がったように見せて、壁の内側に松明を引き上げた。数十メートル先にもう一つの松明を事前に置いてあったから、そこまで移動したと勝手に勘違いしただけ。最初から俺一人」

「なるほど」


 オーウェンは感心したように腕を組んで、上を見た。


「ウノ、どうして俺を直接殺さなかった?いつでも殺せただろうに」

「シャーロットに殺させるつもりで毒薬を渡したのに、あの女が自分で飲んだんだよ」


 ウノがくしゃくしゃとミルクティー色の髪を掻くと、オーウェンの目が光った。


「ああ、やっぱり。お前は自分で手は下さないよな。では、レオを殺したのは誰だ?」


 自分で飲んだシャーロットと違い、レオは明らかに無理やり飲まされていた。

 無言になったウノに、さらに質問を重ねる。


「ところで先程の話、セージという男はどうやって薬を売りさばく気だったんだ?買い手は貴族だろう?お前たちでは貴族相手に売るのは無理だ。それに惚れ薬を売る為に開いた仮面舞踏会だが、その屋敷は所有者が売りに出したばかりだった。そんな情報をすぐに仕入れられたのはなぜだ?お前だけでは無理だ。貴族の誰かが協力者にいないと。それは誰だ?」

「…………」


「まだおかしな点がある。薬草を手に入れたお前がまだスノー家に留まっていた理由だ。お前たちの最終目標は王に薬を飲ませる事。それだけの腕なら王家でも雇って貰えただろう?その方が王家の人間に手を下しやすい。でもしなかった。なぜなら王家には既にそいつが入り込んでいたからだ。つまり騎士よりずっと王の近くにいける人物だ」

「はっ。さすがだな。と言いたいところだけど、……知らないんだ」

「知らない?お前たちの計画においいて、そいつが担った役割は大きいはずだぞ?知らないなんて」


 ウノは壁を見つめ、思案しているようだった。オーウェンに指摘され、やっと不自然さに気づいたようにも見える。


「俺はほとんどそいつの事を知らない。俺が知っているのはダリルという名前と、商人であることと、そいつも魔女狩りで妻を殺されて王家を恨んでいるってこと。だからセージもそいつに心を許したんだ」

「魔女狩りにあったのは(もっぱ)ら金のない庶民だ。つまりそいつは貴族御用達の店の人間ではない。そんな奴が王族に近づけると思うか?」

「……貴族に伝手があると言っていた。そいつに頼むと」


 セージがあまりにもダリルを信頼していたから、疑わなかった。分け前も綺麗に分配されたし、裏切られたこともなかった。

 さわっとウノの胸がざわついた。


「それは誰だ?」

「…………」

「もう気づいているだろう。騙されていたんだよ。そいつの事を吐け。庇う必要はないはずだ」

「…六十代くらいで、白髪に長い白髭、赤褐色の肌。年の割には大柄でがっしりとした体の男だ」


 王家に近く、その外見に似た人物が一人、オーウェンの脳裏に浮かぶ。それと同時に額に手を当て笑い出した。


「ハハハハハッ。あのクソじじい。そんなことまでしてたのか」

「…知っているのか?」

「ああ。よーく知っているとも。金の懐中時計を首からぶら下げていなかったか?」

「いいや?いつも黒いローブを着込んでいる他は何も…。いや、そういえば右手の親指にシルバーの指輪を嵌めていたな。アクセサリーといえばそれくらいだ」

「ハハッ。庶民の設定だから金の懐中時計はさすがに外していたか。シルバーじゃない。あれはプラチナだ」


 オーウェンの笑いがそこで急に止まった。口元を押さえ、黙り込む。


 そうだ、あれはプラチナだ…!どうして気づかなかったんだ!


「で、誰なんだよ。ダリルも偽名なんだろ?」

「男の正体は博学者ロベール。現王の側近にして、先代の王の時代に薬の資格制を唱えた男だ」

「…何だって?」


 さすがのウノも顔を上げて、オーウェンを凝視した。


「最初から全部仕組まれていたんだよ。試験で良い点を取り過ぎたのさ。だから目を付けられた」 


 男を操る為だけに村に魔女狩りを仕掛け、身重の妻を殺し、絶望したところへ味方の振りをして近づく。反吐の出るようなこのやり方には覚えがある。

 ふはははは、とウノが笑い出した。


「何だよ、それ。哀れな男だと思っていたけど、ここまで哀れだと笑えてくるぜ」


 最後までダリルを信じ彼に薬を託して死んでいったセージのことを思う。唯一の家族だった。

 ウノの笑い声が次第に小さくなり、薄暗い牢で彼は顔を隠して蹲った。


「焼死体で見つかった男だろ?生きていたら殺してやれたのに」

「いや。あの男は生きている」


 オーウェンの低い声が独房に響いた。


「…何で分かるんだよ?」

「プラチナだ。少し前に大富豪の屋敷で火災があっただろ。あの大火事でも焼失しなかった二種類の宝石。それが金と――プラチナだ。焼死体の指にはそれがなかった」


 ウノが顔を上げた。刮目し、オーウェンの方を向く。


「金の懐中時計はフェイク。死んだと思わせる為に後から置いたんだ。あの男は長く権力に寄り添ってきた。次の寄生先も権力者の所に決まっている。スノー家、キャンベル家は先の一件で無理だ。となると、残る可能性はポール公爵家しかない」

「…ポール公爵家」

「そうだ。そういや、ロベールに紹介されたのではないなら、お前はどうやってポール公爵家と繋がったんだ?」

「馬上槍試合でユーゴに声をかけられて…」

「それを指示したのもロベールだろう。情報部隊が聞いて呆れるぜ」


 ウノは無言でやり過ごした。

 無能さ故ではないことはオーウェンも承知している。騎士団の任務、薬づくりに受け渡し、オーウェンの見張り、ユーゴとのやりとり。全てを一度にしようとしたからだ。忙殺させて意識を奪うのは常套手段である。全てはロベールの手の内。


「ロベールは薬を手に入れ、今も悠々と過ごしているだろうな。なのに、ウノ。お前はうまく使われた上に全ての罪をかぶって死刑になる。こんな馬鹿馬鹿しい人生はないな」


 薄暗さの中、揺れる蝋燭がオーウェンの顔に影を落とす。燃えるような右目だけがくっきりと浮かび上がっていた。


 マットは存在感を消してそのやり取りを見守るうちに、一つの疑念が沸いた。


 ここまで想像力を行使できる男が、シャーロットが自殺する可能性に思い至らないなんてことがあるだろうか。

 シャーロットが死んだ時、オーウェンは確かに驚いていた。しかしそれは自殺に対してではなく、その方法に対してではなかっただろうか。


 スーッと冷たいものが背中を伝った気がした。

 マットの騒ぎ出した胸の内に気づいたように、オーウェンが振り返る。


「終わったよ。ありがとう」

「あ、ああ」


 薄笑いの目が共犯者を見るような目に見えたのは、きっと思い過ごしだ。


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