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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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34.生い立ち

 一気に話終えたウノは、「おしまい」とでも言うように首を竦めた。


「それで、お前とそのセージと言う男はどういう関係なんだ?」


 オーウェンの問いにウノの表情が消える。数秒待って、重い口を開いた。


「俺は孤児だった」


 回想するように瞼を下に落とす。


 その日は大雪で仲間が二人凍死し、次の日も雪は止まなかった。人がいないから食べ物も盗めず、穴の開いたボロ着では寒さに耐えることもできない。日中で吹き付ける雪は収まりつつあった。赤く膨れた手足で、人が見つかるまでとにかく歩いた。

 殺してでも服と食べ物を奪おうと思った。そうしないと自分が死ぬ。その時、セージに会った。

 ウノを見つけるなりセージは足を止める。


「ああ、孤児か。そんな服で外を歩くと死んでしまうよ。君一人なら家に連れて行ってあげるけど」

「俺一人だ!誰もいない。だから助けて」


 嘘を吐いた。罪悪感などない。この状況なら誰だってそうする。


 セージに連れて来られたのは街はずれの、木々に囲まれた薄暗い家。

 独特の臭いに顔を顰めたが、小さな暖炉が目に飛び込んだ瞬間に火へと向かって走った。温かい。助かった!

 男が蝋燭に火をつけると、動物の骨や死骸が部屋に散乱していているのが目に飛び込んでくる。


「うわぁ!」


 慌てて飛び退いた。臭いの正体はこれだ。


「ああ、驚かせたね。実験に使う用だから気にしないで。それよりパンとスープがあるんだ。一緒に食べよう」


 籠から取り出されたパンに、ごくりと喉が鳴った。殆ど具のないスープも人生で一番美味しいと感じた。温かかったからだ。喉を通ってお腹へと温かさが移動していく。臭いのことなどすぐに気にならなくなった。


「君が望むなら、いつまでだっていていいよ」

「本当?」

「ああ。本当さ。僕の息子になればいい」


 一番欲しい言葉だった。セージの目に光がない事なんて気にならなかった。

 初めて寒さと飢えに苦しまない場所を手に入れた。何より家族ができたのだ。


 朝から晩までセージと一緒に薬を作った。仕事をしている様子はなく、遺産で暮らしているという。裏で薬を売って儲けていると知ったのは何年も経ってからだった。


「僕は人を傷つけてはいけない。ルナがそう言ったから。僕はただ薬を作っただけ。他の誰かの悪意によって不幸が勝手に広がっていくだけ。まずは王家に近い人間で試そう。王家がいなければウノ、君が孤児になることもなかったんだよ。僕の可愛い息子。奴らは悪魔だ。根絶やしにしないといけない。きっと神が味方してくれる」


 それが男の口癖だった。女の最後の言葉がまるで檻のように男を囲っていた。復讐に身を焦がせれば、もっと生き生きと毎日を送れただろうに。


 十五歳になった頃。


「ウノ、スノー騎士団って知っているか?」

「知っているよ。強いって有名だもん。それがどうしたの?」

「入団する気はないか?」


 聞けば、惚れ薬の完成にはスノー公爵家が温室で育てている珍しい薬草が必要で、管理が厳しくて入手できないという。


「騎士団に入れば美味しいご飯も食べられて、お金もたんまりと手に入る。ウノの将来にとってもいいことだ。どうだ?」


 セージの死んだ目に見つめられ、「いいよ」と瞼を閉じた。





「お前の結婚式の日に完成して、その後すぐセージは死んだ。それまで気力で生きていたんだろうな」

「なるほど。だから王家の血筋である俺を恨んでいるわけか」


 ウノがオーウェンに焦点を合わせ、きょとんとした後、吹き出す。


「違う。恨んでないし、憎んでもない。むしろ感謝しているくらいだ」


 オーウェンが怪訝そうな顔をした。


「だって、王家が女と子どもを殺してくれなかったら、俺は死んでいたんだから。彼らがいたら俺が拾われることはなかった」


 ラッキーだった。きっと俺が見捨てた他の奴らは凍死しただろう。


「もし恨んでいるとすれば、お前がベアトリス様と結婚したことくらいかな。それがなければスノー公爵家を巻き込まずに済んだ。お前のせいで」


 ウノは首を横に振って、その考えを打ち消した。


「さあ、そろそろ終わりにする時間だ。俺だってイザベラ様を殺したくない」

「ウノ、止めて!どうしてこんなことをするの?オーウェンは何も悪くないわ!イザベラを放して!」


 アイリスが取り乱したように叫びながら手を伸ばそうとするのを、ジャックが止める。その拍子に机の上のティーカップに当たり、カチャンと金属音を立てて倒れた。お茶が机に流れ出す。


「悪くない?じゃあこの国で子どもが凍死しているのは誰のせいだ?王家のせいだろ。俺たちが寒さで凍えている間、お前は温かい部屋で腹いっぱい飯食ってたんだろ?生まれで全てが決まるなら、その責任だって負うべきだ」


 ウノが少し興奮したようにナイフを持つ手に力を入れた。


「ウノ!お願いよ。考え直して!」


 何度もアイリスが叫ぶ。

 オーウェンが瓶の蓋を開けた。


「オーウェン、駄目よ!」


 イザベラがウノから逃れようと身を捩るがビクともしない。

 オーウェンが穏やかに毒入りの瓶を見つめる。


「ベアトリスに言われたことがあるんだ。自分の人生を生きろって。自分の意思で生きていれば他人に操られることはないって。お前はどうだ?自分の人生を生きているか?」


 ウノは自虐のような、諦めたような虚ろな目を細めた。


「それは選択肢がある貴族(お前ら)だから言えるんだ」

 家、食べ物、衣服、時折撫でてくれる温かい手。何もない人間に選択肢なんてものはそもそも存在しない。


 セージにいいように使われただけだという事は理解している。あんな吹雪になぜセージが外にいたのか。俺のような限界ギリギリの孤児を探していたからだ。自分の復讐を代わりに行ってくれる人間に育てる為に。


 この復讐を成しえないとセージが俺を拾った意味がなくなってしまう。


 薬の臭いをかぐオーウェンに、ウノが満足気な顔をする。

 オーウェンが瓶を口の上で傾けるような仕草をした。


「止めなさい!ウノ、今のあなたなら幾らだって選択肢があるはずよ!私たちも騎士団の皆も、あなたのことを大切な家族だと思っているわ。あなたにはいっぱい味方がいるの。あなたは何だってできるのよ!」


 アイリスの主張に、わずかにウノが動揺した。それを察知したイザベラが右足を振り上げ、尖ったヒールでウノの足を思い切り刺す。


「っ」

「動くな」


 ドアから侵入していたマットがウノの首筋にナイフを当てた。


「イザベラ様を放せ」


 イザベラの首筋に当てていたナイフは、先程のはずみで鎖骨にずれていた。これでは致命傷にならない。

 大人しく両手を広げてイザベラを解放する。アイリスが駆けだし、彼女を抱きしめた。


「マットか。なぜここにいる?」


 両手を上げたまま目だけ後ろへ動かす。


「嫌な予感がしたんでな」

「気配に全く気付かなかったよ」

「第四騎士団の人間は気配を消すのは得意だ。おい、入って来ていいぞ」


 ステンとエイジが揃って顔を出した。神妙な面持ちの彼らは腕を組んでウノを見据える。


「ウノ、どんな理由があるにせよ、残念だ」


 ウノは彼らから視線を外し、足元を見つめた。縄で縛られる間も何も言わない。ただただ終わったのだという事実を噛み締めていた。

 駆けつけた騎士たちに連れられ部屋を出る。


「イザベラ!大丈夫?怪我はない?」

「ええ。何ともないわ」


 アイリスがイザベラを抱きしめた。その横でステンが頭を下げ、エイジが続く。


「イザベラ様。遅くなり申し訳ございませんでした」

「止めて。大したことじゃないわ」


 誰の手も借りず、すくっと立ち上がり、ドレスの埃を払う。いつものイザベラに全員が胸を撫で下ろした。


「マットがいて助かった。俺らじゃ絶対に侵入に気づかれたからさ」


 エイジがマットの肩に手を置いた。ステンとエイジでは体格からして存在感が強すぎる。


「アイリス様とジャック様が音を立てて気を逸らしてくれたので無事に侵入できました」

「ええ。大声を上げるなら私が適任でしょう?」

「さすが我が妻だ」


 ジャックがアイリスの頬にキスをすると、ふふふ、と嬉しそうに頬を両手で押さえた。


「あれ演技だったんですか?」

「ええ。ジャックが騎士たちに指示していたから、侵入しやすいようにね」

「指示?」


 オーウェンが眉を寄せる。


「これだよ」


 ジャケットの内側から小さな鏡を取り出し、窓の外へ光を反射させた。


 なるほど。光で部屋の異変を伝えたのか。


「オーウェン様。外で傭兵を捕まえたところ、あなたが一人で飛び出した所を殺すよう指示されていたとのこと」


 エイジが場を弁え、敬語で話す。オーウェンが目を伏せ、「そうか」と頷いた。


「それを知っていたから俺がベアトリスを助けに行くのを止めたのですか?」


 オーウェンに問われ、ジャックが首を竦める。


「まさか。ただ冷静でないお前が出て行けば統率された現場が乱れると思っただけだ。ラースとロジャーに任せた方がより確実に救出できる」


 確かにその自覚がある。自分の底の浅さにグッと拳を握った。


「ただいま戻りました。あれ、皆さんお揃いですね。攻め込んでこなかったんだ」


 ロジャーが陽気に顔を出した。室内を見回し、不思議そうな顔をする。顔の向きを変える度に、三つ編みの先がくるんと動いた。


「ロジャー!ベアトリスは?」


 オーウェンが詰め寄ると、狐のような目を見開いた。


「え、まだ着いてないです?おかしいな」

「おい!どういう」


 ロジャーに掴みかかろうとするオーウェンをジャックが肩に手を置き止める。


「落ち着け、オーウェン。ベアトリスならキャンベル伯爵家にいるはずだ」

「…は?」

「ラースにそう伝えてある。あそこならばそう簡単に手が出せないからな」


 オーウェンの体から力が一気に抜け、しゃがみ込んだ。


 それならそうと…。


「内部犯の可能性がある以上、口にできなかったのだ。悪かったな」



 

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