表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/41

31.ユーゴとロジャーの一騎打ち

「大将戦?面白そう!」


 ユーゴが余裕の表情で剣を手に取った。それを見て、双方の騎士たちが同時に剣を下ろす。

 ユーゴ側の騎士たちがロジャーを認識し、野次を飛ばした。


「おい、あいつ、槍試合でユーゴ様に負けた奴じゃねーか?」

「あいつが大将?あんなチビじゃ話にならないぜ!スノー騎士団も大したことないな」

「楽勝だ!自分から不利な提案してくるなんて馬鹿じゃねーの!」


 嘲る声にロジャーがにっこりと目を細めた。


「じゃあ決まりだね」


 人気(ひとけ)がなく足場の整備されてない荒れ地で、二人は剣を構えた。二人の距離は五メートルほど。それを他の騎士たちがぐるりと囲って見守る。


「時間制限なし。どちらかが降参、もしくは死ぬまで行う。それでいい?」


 鎧を付けていないユーゴに合わせ、ロジャーも外す。しかも今回は槍試合用の鈍い刃先ではない。刀身は九十センチ、両刃で剣先が鋭く光っている。


「ああ!いいよ。でも君、大将じゃないんでしょ?大丈夫?」

「俺で十分だよ」


 ロジャーが流し目を送ると、ユーゴは「ふーん」と舌なめずりした。

 冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。

 間合いを測るよう、互いを見つめ、じりじりと円を描くように移動していく。見守る騎士たちは息を呑んでそれを目に焼き付けた。


 先に切り込んだのはロジャーだった。一瞬で間合いを詰め、ユーゴの首筋を目掛けて剣を斜めに振り下ろす。

 ユーゴはすんでの所でそれを躱した。


「おしいっ!」


 挑発するように声を上げても、ロジャーは相変わらず狐のような目をして、口元に笑みを湛えたままだ。そのロジャーの緩い三つ編みが風で靡くのが目に映る。

 どちらからともなく切りかかり、ギンッギンッという音を立て刃が数度交わる。グッと力を込めてユーゴが押し返すと、ロジャーは一歩後ろに下がった。

 ユーゴが薄笑いを浮かべる。


 まあ、力じゃ俺に勝てないよね。小柄だし。身長が高い僕の方が有利に決まっている。それに仕掛けるのが早いところを見ると、持久力もなさそうだ。


「もし殺しちゃったらごめんね」

「お気遣いなく」


 全く表情を崩さないロジャーに、つまらなくなったのかユーゴが笑みを消した。


「本気で行くね」


 ユーゴが攻め、ロジャーが受ける。その度にキン、キンという音が響く。一瞬たりとも逃さまいと、応援する騎士たちの首が左右に同時に動く。


 今度はロジャーが反撃の態勢に移り、攻撃を仕掛けた。何度も切りかかるがユーゴはそれを上手く交わし、ロジャーの腹に蹴りを入れた。


「うっ」


 ロジャーの体が後ろに倒れ掛かる。態勢を低くして後ろ足にグッと力を入れ、何とか持ち直した。剣を構え直し、再びユーゴと睨み合う。

 それを繰り返し、一瞬、ロジャーの重心が右後方へとぶれた。


 いまだ!


「これで終わり!」


 ユーゴがロジャーの首筋を狙って思い切り剣を振り下ろした。


「おお!」と騎士からどよめきが起こる。


 カキンと金属音が鳴り、ユーゴの手に痺れる程の衝撃が伝わった。


「ぐっ」


 ロジャーが剣を斜めにして、ユーゴの剣を受け止めている。狐のような目が笑っているように見え、ユーゴの脳に警鐘が鳴り響いた。


 誘われた?いや、大丈夫だ!力なら俺の方が強い!


 ユーゴは気にせずそのまま力任せに上から剣を押し込んだ。


「なっ」


 ロジャーがありったけの力でユーゴの剣を押し返し、反動でユーゴの剣が大きく上へと弾かれる。


「しまった!」と思った瞬間には、首元に剣が当たっていた。そのままブシャーッと首から血が飛び散り、ユーゴは膝から崩れ落ちて死んだ。


 そう、ユーゴの頭の中では確実に彼は死んでいた。ツーッと一筋、剣が当たったままの首から血が垂れる。このまま剣を引かれれば脳内の映像と同じことが起こったはずだ。


「…どうして殺さない?」


 ユーゴは剣を地面に落とし、降参と両手を上げた。冷汗が幾筋も流れ落ちる。手足が震え、全身の毛が逆立っている。心臓がバクバクとうるさい。体中が危機を訴えていた。


「殺したら意味ないでしょ。せっかく上等の捕虜なんだから」

「…槍試合での負けは芝居か?」


 顔を歪めてユーゴが問うと、ロジャーはうーん、と考える振りをする。


「芝居というか、やる気がおきないんだ。槍試合(おあそび)なんて」


 騎士が大金を稼ぐには、馬上槍試合で賞金を稼ぐ他に、戦争で敵将を捕虜にして身代金を奪うことがある。

 槍試合で勝てずとも、スノー騎士団で一番稼いでいるのはロジャーだった。


「次やる時は絶対に倒す!」


 負け惜しみのようにユーゴが叫ぶと、ロジャーが今までで一番の笑みを見せた。


「次なんてないよ。これは戦争なんだから」


 ロジャーはユーゴを捕らえるよう指示を出し、馬へと歩き出した。特注した自慢の剣が刃こぼれしているのを確認する。


 確かに君の方が強いよ。それは間違いない。


 ではなぜユーゴが負けたのか。それは「情報」の差に他ならない。


 馬上槍試合の二回戦、三回戦ともユーゴはロジャーの頭を執拗に狙ってきた。一回戦でロジャーが頭を狙ったからだ。それは傲慢で自信家な証拠。

 そんなユーゴが大将戦を断るわけがなかった。

 今日の戦いでも同じだ。首を狙えば同じところを狙ってくることも、力勝負に持ち込んだなら絶対に引かないことも読んでいた。だから態勢を崩す振りをして誘った。


 相手のタイプを読めれば勝率はぐっと上がる。


 だから君がいくら強くても僕に勝てることはないんだよ。


 戦い終えたロジャーの三つ編みを、爽やかな風が揺らした。 



 ☆



「ねえ、ラース。ここはどこ?」


 ベアトリスは左右に首を振って景色を確認する。街中から離れ、どんどん人通りが少なくなっていく。細い道には雑草が茂り、かろうじて道という体面を保っているだけだ。


「この先は森しかないんじゃない?」

「ええ。追手が来ないよう森に隠れます。道が悪いですし、枝などで怪我をしてはいけません。手は出されませんよう」

「ええ」


 ラースが後ろからベアトリスを包み込むように、綱を持った。背中と腕にラースの熱を感じる。

 春だというのに山自体が光を拒んでいるかのように暗い。ついには道らしきものもなくなり、盛り上がった木の根を避けながら、ゆっくりと進んでいく。手入れを全くしていない山は雑草が伸び放題で、ラースの腕に当たっては葉が揺れた。


 人ごみに紛れていた方が安全なんじゃないかしら?


「ねえ、ラース。やっぱり屋敷に戻りましょう!きっと皆、心配しているわ」

「いけません。それでは敵に捕まってしまいます。私が必ずあなたを守って見せます。どうぞご安心を」


 口元だけで微笑んだラースの後ろで、木々がざわついたように音を立てた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ