31.ユーゴとロジャーの一騎打ち
「大将戦?面白そう!」
ユーゴが余裕の表情で剣を手に取った。それを見て、双方の騎士たちが同時に剣を下ろす。
ユーゴ側の騎士たちがロジャーを認識し、野次を飛ばした。
「おい、あいつ、槍試合でユーゴ様に負けた奴じゃねーか?」
「あいつが大将?あんなチビじゃ話にならないぜ!スノー騎士団も大したことないな」
「楽勝だ!自分から不利な提案してくるなんて馬鹿じゃねーの!」
嘲る声にロジャーがにっこりと目を細めた。
「じゃあ決まりだね」
人気がなく足場の整備されてない荒れ地で、二人は剣を構えた。二人の距離は五メートルほど。それを他の騎士たちがぐるりと囲って見守る。
「時間制限なし。どちらかが降参、もしくは死ぬまで行う。それでいい?」
鎧を付けていないユーゴに合わせ、ロジャーも外す。しかも今回は槍試合用の鈍い刃先ではない。刀身は九十センチ、両刃で剣先が鋭く光っている。
「ああ!いいよ。でも君、大将じゃないんでしょ?大丈夫?」
「俺で十分だよ」
ロジャーが流し目を送ると、ユーゴは「ふーん」と舌なめずりした。
冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。
間合いを測るよう、互いを見つめ、じりじりと円を描くように移動していく。見守る騎士たちは息を呑んでそれを目に焼き付けた。
先に切り込んだのはロジャーだった。一瞬で間合いを詰め、ユーゴの首筋を目掛けて剣を斜めに振り下ろす。
ユーゴはすんでの所でそれを躱した。
「おしいっ!」
挑発するように声を上げても、ロジャーは相変わらず狐のような目をして、口元に笑みを湛えたままだ。そのロジャーの緩い三つ編みが風で靡くのが目に映る。
どちらからともなく切りかかり、ギンッギンッという音を立て刃が数度交わる。グッと力を込めてユーゴが押し返すと、ロジャーは一歩後ろに下がった。
ユーゴが薄笑いを浮かべる。
まあ、力じゃ俺に勝てないよね。小柄だし。身長が高い僕の方が有利に決まっている。それに仕掛けるのが早いところを見ると、持久力もなさそうだ。
「もし殺しちゃったらごめんね」
「お気遣いなく」
全く表情を崩さないロジャーに、つまらなくなったのかユーゴが笑みを消した。
「本気で行くね」
ユーゴが攻め、ロジャーが受ける。その度にキン、キンという音が響く。一瞬たりとも逃さまいと、応援する騎士たちの首が左右に同時に動く。
今度はロジャーが反撃の態勢に移り、攻撃を仕掛けた。何度も切りかかるがユーゴはそれを上手く交わし、ロジャーの腹に蹴りを入れた。
「うっ」
ロジャーの体が後ろに倒れ掛かる。態勢を低くして後ろ足にグッと力を入れ、何とか持ち直した。剣を構え直し、再びユーゴと睨み合う。
それを繰り返し、一瞬、ロジャーの重心が右後方へとぶれた。
いまだ!
「これで終わり!」
ユーゴがロジャーの首筋を狙って思い切り剣を振り下ろした。
「おお!」と騎士からどよめきが起こる。
カキンと金属音が鳴り、ユーゴの手に痺れる程の衝撃が伝わった。
「ぐっ」
ロジャーが剣を斜めにして、ユーゴの剣を受け止めている。狐のような目が笑っているように見え、ユーゴの脳に警鐘が鳴り響いた。
誘われた?いや、大丈夫だ!力なら俺の方が強い!
ユーゴは気にせずそのまま力任せに上から剣を押し込んだ。
「なっ」
ロジャーがありったけの力でユーゴの剣を押し返し、反動でユーゴの剣が大きく上へと弾かれる。
「しまった!」と思った瞬間には、首元に剣が当たっていた。そのままブシャーッと首から血が飛び散り、ユーゴは膝から崩れ落ちて死んだ。
そう、ユーゴの頭の中では確実に彼は死んでいた。ツーッと一筋、剣が当たったままの首から血が垂れる。このまま剣を引かれれば脳内の映像と同じことが起こったはずだ。
「…どうして殺さない?」
ユーゴは剣を地面に落とし、降参と両手を上げた。冷汗が幾筋も流れ落ちる。手足が震え、全身の毛が逆立っている。心臓がバクバクとうるさい。体中が危機を訴えていた。
「殺したら意味ないでしょ。せっかく上等の捕虜なんだから」
「…槍試合での負けは芝居か?」
顔を歪めてユーゴが問うと、ロジャーはうーん、と考える振りをする。
「芝居というか、やる気がおきないんだ。槍試合なんて」
騎士が大金を稼ぐには、馬上槍試合で賞金を稼ぐ他に、戦争で敵将を捕虜にして身代金を奪うことがある。
槍試合で勝てずとも、スノー騎士団で一番稼いでいるのはロジャーだった。
「次やる時は絶対に倒す!」
負け惜しみのようにユーゴが叫ぶと、ロジャーが今までで一番の笑みを見せた。
「次なんてないよ。これは戦争なんだから」
ロジャーはユーゴを捕らえるよう指示を出し、馬へと歩き出した。特注した自慢の剣が刃こぼれしているのを確認する。
確かに君の方が強いよ。それは間違いない。
ではなぜユーゴが負けたのか。それは「情報」の差に他ならない。
馬上槍試合の二回戦、三回戦ともユーゴはロジャーの頭を執拗に狙ってきた。一回戦でロジャーが頭を狙ったからだ。それは傲慢で自信家な証拠。
そんなユーゴが大将戦を断るわけがなかった。
今日の戦いでも同じだ。首を狙えば同じところを狙ってくることも、力勝負に持ち込んだなら絶対に引かないことも読んでいた。だから態勢を崩す振りをして誘った。
相手のタイプを読めれば勝率はぐっと上がる。
だから君がいくら強くても僕に勝てることはないんだよ。
戦い終えたロジャーの三つ編みを、爽やかな風が揺らした。
☆
「ねえ、ラース。ここはどこ?」
ベアトリスは左右に首を振って景色を確認する。街中から離れ、どんどん人通りが少なくなっていく。細い道には雑草が茂り、かろうじて道という体面を保っているだけだ。
「この先は森しかないんじゃない?」
「ええ。追手が来ないよう森に隠れます。道が悪いですし、枝などで怪我をしてはいけません。手は出されませんよう」
「ええ」
ラースが後ろからベアトリスを包み込むように、綱を持った。背中と腕にラースの熱を感じる。
春だというのに山自体が光を拒んでいるかのように暗い。ついには道らしきものもなくなり、盛り上がった木の根を避けながら、ゆっくりと進んでいく。手入れを全くしていない山は雑草が伸び放題で、ラースの腕に当たっては葉が揺れた。
人ごみに紛れていた方が安全なんじゃないかしら?
「ねえ、ラース。やっぱり屋敷に戻りましょう!きっと皆、心配しているわ」
「いけません。それでは敵に捕まってしまいます。私が必ずあなたを守って見せます。どうぞご安心を」
口元だけで微笑んだラースの後ろで、木々がざわついたように音を立てた。




