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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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3.無能の檻

「嫌だ!どうして俺がお前の家になんて!まだ婚姻だって結んでいないんだぞ!」

「あら。オーウェン様はスノー公爵家の婿になるのよ?我が家の教育を受けるのは当然でしょう?」


 すぐに父と王家に確認を取り、申請をした上で受理された。父曰く、オーウェンは王城で無能扱いされているようで、陛下からは見放されているとのこと。おかげで学校にも通っていないらしい。


 王家の男児で学校へ通わないなんて、ありえないわ。どれだけ勉強嫌いなの…。


 そのオーウェンは我が家の玄関前で往生際が悪く叫んでいる。荷物は既に運び終え、あとは当事者を屋敷に入れるだけだというのに。


「ふざけるな!おい、トロイ!何か言ってやってくれ」

「陛下の許可が出ているので、私では何とも…。しかし、ベアトリス様。できれば私もご一緒したいのですが、許可していただけないでしょうか?」

「ごめんなさいね、トロイ様。今回はオーウェン様をビシバシと教育したいの!あなたがいると頼ってしまうでしょう?」

「ですが…。オーウェン様お一人ではどうも心配で」


 不安げな視線でオーウェンを捉える。


「心配いらないわ!ね、オーウェン様?」

「いや、お前とずっと一緒にいたら精神が参ってしまう!俺はトロイといたい!」


 トロイに抱きつこうとするオーウェンの右腕を掴み、そのまま屋敷の中へと引きずる。


「おい!やめろ!」

「その脆弱な精神を鍛えてあげるわ!じゃあね、トロイ様。心配しないで。このベアトリス様がついているんですもの!」

「それが一番心配だ!」


 バタンと勢いよくドアが閉まる。玄関の前でぽつんと残されたトロイは、助けを求めるオーウェンを見送ることしかできなかった。




 オーウェンの実力を計るべく、まずは試験を受けさせる。その結果、オーウェンは同学年の子に比べ、明らかに知識が不足していることが分かった。

 しかし二週間みっちり叩き込むと、ぐんぐんと内容を吸収し、文法学、幾何学、天文学などの基本的な学問は既に同学年の知識量を越した。


 これには父ジャックも驚きを隠せない様子で、思わず二人で目を見合わせる。

 常識と社会性の著しい欠如は置いておくとして、能力の高さは疑いようがなかった。


「お疲れ様、オーウェン!お茶にしましょう」

「疲れた…」


 天を仰いだまま、両手足を投げ出しソファに全身を預けている。


「朝から晩まで勉強、勉強、勉強。もう嫌だ」


 うわ言のように呟く。


「頑張ったご褒美に、ベアトリス様が直々にお茶を淹れてあげるわ」

「いや、執事に頼みたい」

「遠慮しないで!」


 遠慮じゃない、という気力もない。ベアトリスの淹れる紅茶は薄い時と濃い時の差が激しい。今日は濃い日だった。


「オーウェン、あなたすごいじゃない!お父様も驚いていたわ」

「別に。こんなの大したことじゃない。兄上はもっとすごい」


 出た!兄上コンプレックス!


「それ止めなさいよ。言っとくけど、私が褒めるなんて滅多にないんだから!私がすごいって言ったらすごいのよ!」

「…なんだよ、それ」


 無茶苦茶な理論に、フッと笑ってしまう。


「本当よ」


 ベアトリスの真剣な声音に、思わず振り向く。真摯な瞳とぶつかった。


「はっ。何だよ、急に。もう分かったよ」

「全然分かっていないわ」


 外からの強い日差しを背にしたベアトリスの表情が見えにくくなった。彼女のこんな雰囲気は初めてで戸惑う。


「あなた、自分が思っているより、ずっと有能よ」

「今度は褒めて伸ばそうってか」


 笑ったつもりが途中で乾いてしまった。少し間を空けられただけで居心地が悪くなる。

 たっぷりと時間を取って、ベアトリスが尋ねた。


「ねえ、オーウェン。あなた、どうして学校へ行っていないの?」

「は?そんなの家庭教師で十分だからだよ」

「レオ殿下は通っていたわよ?」


 エリートになるには幼少期から学校へ通い、最先端の授業を受け、幅広い人脈を持つことが重要だ。


「俺は良いんだよ」


 授業についていけなくて王家の恥を晒すくらいなら行くな、という父の言葉を思い出して胸に靄がかかる。

 もうこの話は避けたいのに、ベアトリスはそれを許さない。


「では、そんなに高い能力を持ちながら、自分を出来損ないだと思っているのはなぜなの?」

「…は?何が言いたい?」

「そのままよ」


 怪訝そうな顔で黙り込んだオーウェンを、じっと観察する。


 ずっと違和感があった。


 王家で英才教育を施されたはずなのに、彼の思考はあまりに幼()()()。知識量が同学年より少なかったのも不自然だ。

 十三歳だから?違う。十三歳はもうすぐ成人だ。

 では次男だから?それも違う。妹のイザベラですら家で何かあれば武器を持って駆けつけるだろう。

『兄上がいれば王家は安泰なんだから』

 やっと力を取り戻し始めた王家が、安泰なはずがない。歴史教育を受けていればすぐに分かるはずだ。


 オーウェンの無責任さ、危機感のなさは明らかにおかしい。


 そもそも、これ程に優秀なオーウェンがここまで卑屈になる理由がどこにある?たった二週間でも彼の吸収スピードの速さが尋常でないことは私でも分かる。


 オーウェンは天才だ!


「最近の学習内容は、あなたの年齢よりずっと高度なものよ。そもそも解けなくて当然なの。それなのにあなたは簡単に吸収した」

「…馬鹿にすんなよ。俺は王族だぞ?お前らとは違うんだよ」


 右手で顔を覆う。ベアトリスの言葉を聞いてはいけない気がした。


「あなたこそ、馬鹿にしないでよね。我がスノー公爵家の学習内容は、海外で学んだ父が用意したエリート用の教育内容なの。王家でここまで学べなかったでしょう」


 グッと言葉に詰まる。確かに王家で受けた内容より難しいものだった。


「ねえ、オーウェン。あなたを間近で見ていた人間が、その優秀さに気づかないはずないわ。あなたを無能の檻に閉じ込めたのは、一体誰?」


 オーウェンはぞわりと体が揺れるのを感じた。

 ベアトリスはそんな彼を視線で捉え、答え合わせをするかのように続けた。


「その人物はあなたを無能だと思い込ませ、あなたが発言するより前にあなたの言葉を奪い、あなたを甘やかすことで、あなたの自主性を失わせた」


 聞き終わる前に、ドン、と机に手をついて立ち上がった。


「うるさい!俺は無能なんだよ!いい加減なこと言うな!」


 そのまま乱暴に部屋を出ていく。


「帰る!馬車を用意しろ!」


 スノー公爵家の紋章が入った馬車に荒々しく乗り込んだ。念の為、騎士を二名同乗させる。オーウェンは馬車の外に立つベアトリスから目を背ける。


「オーウェン、よく考えて!それから――」



 ベアトリスの最後の言葉は、オーウェンの胸に重く沈んでいった。


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